二 わが国と各地域との間の諸問題

アジア関係

1 アジア諸国との経済協力

経済協力の基本的態度とその方式

東南アジア諸国に対するわが国の経済協力は、これら諸国の社会的安定および経済的繁栄がわが国経済の発展と緊密な相互関連の関係にあるという認識から出発するものである。

もともと東南アジア諸国は、その経済構造の近代化のため、それぞれ経済開発工業化への計画と熱意とを有するにもかかわらず、これに必要な資本および技術が不足しているため、急速な経済開発を阻まれている現状にあり、この困難を打開するために、外国からの経済協力を必要としているのである。他方わが国は、わが国産業構造の重化学工業化へのテンポを一層早める上に、これら諸国の資本財需要増進に期待するところが少くないのである。このような観点から、わが国としては賠償関係国に対する賠償の実施に当つても、これが当該諸国の経済的発展に直接貢献する方向に向けられるようにとくに配慮しているものであり、東南アジア諸国からの要望に応じ、国の財政の許す範囲内において、これら諸国との経済協力を促進するために努力している。

しかしながらわが国の経済力を全般的に考慮すれば、国家財政による対外経済援助の規模には自ら限度があり、かつ東南アジア諸国の経済開発のためには、外資導入の前提条件である開発計画の作成およびその実施等に不可欠な技術の不足を補うことが当面の急務であることに鑑み、現在わが国としては技術研修生の受入、技術者の派遣、技術センター設置等の技術協力の分野に力を注いでいる状況である。また政府としては技術協力を推進するとともに、民間資本のこれら諸国への進出についても、双方にとつてもつとも好ましい形で、かつ最大の成果を挙げうるように側面からの支援、協力を行う方針をとつている。

目次へ

技 術 協 力

技術協力については、わが国は引続きコロンボ計画をはじめ、米国ICA技術援助計画、ならびに国連およびその専門機関による技術援助計画に積極的に協力しているが、これらの計画によつてわが国に受入れられる研修生の数は年々増加し、しかもほとんど例外なく所期の成果を収めている。なかんずくコロンボ計画(第一号二四頁参照)に基く技術援助については、わが国が同計画に加盟(一九五四年)以来すでに満四年を経ており、昨年末までに各関係国に派遣された技術者、専門家の数は一四八名、わが国に受入れられた研修生の数は二〇七名に達し、いずれも内外においてその効果が具体的に認められるようになつた。

発足当初コロンボ計画は、とかく英連邦諸国に重点を置くような印象を持たれていたが、その後、域内非英連邦諸国が次第に加盟し、現在では東南アジアのすべての国を網羅する唯一の現実的な経済協力機構となり、また各国も積極的にこの計画による援助を求めるようになりつゝあるものとみられる。

一方わが国の進歩した技術水準が次第に諸国に認識されるにつれて、コロンボ計画に基く援助の要請の件数が増加しているばかりでなく、要請の分野も農水産、土木建設からアイソトープの応用部門に至るまで、極めて多様となつてきた。また技術協力に対する国内の認識が深まるにつれて、関係予算も年々増加しているが、限られた予算の範囲内で、いかにすれば激増する各国の要請に応じ、かつこれを効果的に実施することができるかに最大の苦心が存するのである。コロンボ計画、ICA、国連等の諸計画を通ずる技術協力の昨年末までの実績は次のとおりである。

専門家の派遣

研修生の受入

目次へ

ラオスおよびカンボディアに対する経済技術援助

かねて両国政府の間で進められてきた「日本国とラオスとの間の経済及び技術協力協定」締結のための交渉は、その後両国間の完全な合意に達したので、昨年十月十五日、東京で藤山外務大臣とカマオ・チアオ在京ラオス大使との間に署名が行われた。この協定は、第三十臨時国会で衆参両院の承認を得た後十二月二十三日の閣議決定を経て、わが国の批准手続を了した。ついでラオス側の批准手続の完了を俟ち、本年一月二十三日ヴィエンチァンで、在タイ渋沢大使(在ラオス大使兼任)パンヤ・ラオス外務大臣との間で批准書交換を了し、同協定は同日発効した。また、同協定の実施細目に関する公文も同時に交換され、両政府間において直ちに実施計画作成のための協議が開始された。

わが国は、同協定に基き、ラオスに対し生産物および役務の形で、十億円の援助を行うこととなつている。なおカンボディアとの間の経済技術協力協定は引続き交渉中であるが、近く妥結する見込みである。

目次へ

メコン河下流地域綜合開発調査に参加

メコン河下流は、カンボディア、ラオス、タイ、ヴィエトナムを貫流しており、その綜合開発は、関係諸国に大きな経済的利益をもたらすので、従来国連・エカフェもその開発調査方を勧告してきた経緯がある。わが国はメコン河下流地域の前記四カ国の共同要請に応じ、国連調査団報告書に記載の「主要支流の踏査」を三カ年に亘つて行うこととし、本年一月、その第一回踏査団が現地に赴いた。

目次へ

一九五八年度コロンボ計画協議委員会年次会議

一九五八年度コロンボ計画協議委員会年次会議は、昨十月二十日から十一月十三日までアメリカ合衆国シアトルにおいて開催され、加盟二十一カ国代表(シンガポール、サラワク、北ボルネオ代表を含む)が出席した。同会議は例年どおり、過去一カ年間におけるコロンボ計画地域(南および東南アジア地域)の経済開発の進捗状況を討議し、あわせて同地域に対して加盟国が供与した援助の実施状況を検討した上、年次報告書を採択した。

なお十一月十日から十三日まで開催された閣僚会議には、池田国務大臣が政府代表として出席し、過去一年間に顕著な進展を示したわが国のこの地域に対する経済技術援助の実績について報告し、かつ将来の展望についての見解を明かにした。

目次へ

民間企業による経済協力の援助

わが国民間企業の東南アジアに対する経済協力は、合弁事業、事業提携および技術協力の三つの協力形態によつて進められており、目下実施中のこれら各形態別経済協力件数は、いずれも漸増の傾向にある。将来実施確定している海外投資を除いても、昨年九月末現在東南アジア向投資は約七五億円で、わが国海外投資総額約四〇〇億円中二〇%を占めている(北米約一七〇億円、中南米約一四〇億円)。またわが国民間企業が東南アジア各国の提携相手と話合いを行い、近く実現の見込みにある協力案件もかなりの数にのぼつている。

目下相手国側と折衝中の経済協力案件中重要なものの一例としては、インドのルールケラ地区の中で鉄鉱山を日印共同で開発する計画がある。この計画は、わが国が同鉱山の開発に協力し、年間生産予定鉱量五百万トンのうち年間二百万トンをいわゆるベース・オアとしてわが国に輸入しようとするものである。右計画に対する協力の手初めとして、わが国鉄鉱業界の代表等からなる調査団は、一昨年十二月から政府の全面的支持の下に、現地調査に着手した。この計画の特徴は、開発所要資金約五千万米ドルのうち、約二千二百万ドルを米国の「アジア経済開発のための大統領基金」からの融資に俟つ点にあり、わが国と東南アジアの経済協力のなかに第三国の援助が加わる最初の例として注目されるものである。この計画によりわが国がインドに対して行う協力としては鉱石輸送用機関車など、約八百万米ドル相当額を長期繰延払いの条件で供給することが考えられているほか、鉱山の開発、鉱石輸送線の新設、鉱石積出港湾設備の拡充など種々の分野で、わが国技術陣が貢献することが予想されている。

なおわが国の民間企業が、現に東南アジアで実施中の主な経済協力の内訳は、本年二月一日現在大要左の通りである。

一、合弁事業(計三一件) タイ 鉱業二、貿易一、 インド 漁業二、工業四、 パキスタン 金融業一、 セイロン 漁業一、工業三、貿易一、 台湾 工業四、 インドネシア 金融業一、 マラヤ 鉱業三、 ラオス 貿易一、 香港 漁業二、貿易一、倉庫業一、船舶仲介業一、 ビルマ 漁業一、貿易一、

二、事業提携(計九件) フィリピン 鉱業三、森林業一、 マラヤ 鉱業一、 インドネシア 金融業二、 ポ領ゴア 鉱業一、 シンガポール セメント貯蔵一、

三、技術協力(計六二件) タイ 建設工業一、 インド 工業一八、鉱業二、 セイロン 工業一、貿易一、 台湾 漁業一、工業一七、 インドネシア 工業一、 マラヤ 鉱業一、 シンガポール 漁業三、沈船引揚一、 ヴィエトナム 漁業一、工業一、建設工事一、香港漁業一、鉱業一、 フィリピン 鉱業三、工業一、建設工事一、 ビルマ 漁業二、建設工事二、 カンボディア 漁業一、

目次へ

2 賠償の実施状況

賠償実施の基本的考え方

賠償実施に関するわが国の基本的な考え方は、賠償問題解決の精神に即し、賠償の誠意ある履行を通じて求償国の経済の回復および発展にできるだけ寄与することにより求償国々民の対日感情の好転をはかり、よつて生まれるべき正しい対日理解を基礎として、今後における彼我国民間の友好関係および経済交流の緊密化に資することである(「わが外交の近況」第一号二九二頁、および第二号四一頁参照)。また経済的に見れば、賠償の履行は、わが国の機械、設備等の資本財ないし耐久消費財および技術が、通常貿易の外枠として求償国に紹介されることを意味する点で重要な意義を持つものである。

目次へ

賠慣およびこれに伴う経済協力の概要

ビ ル マ

対ビルマ賠償は、一九五六年(昭和三十一年)一月からその調達が開始され、昨年十月よりすでに第四年度に入つているが、第三年度末(昨年九月末)までの賠償契約認証額は約二八五億円に達し、賠償第四年度(昨年十月-本年九月)では、昨年十二月末現在で約一〇億円の契約が認証されている。(注)

右により賠償実施開始いらい昨年末までの認証総額は二九五億円となり、これらの契約に基く実際の支払総額は、同年末で約二五九億円(約七、二〇〇万ドル)に達した。前記成約高を品目別に見ると、鋼材六二億円、鉄道車輌二七億円、重電気機械三五億円、自動車(自転車を含む)三五億円、舟艇一九億円、中小プラント類二七億円、電気器具材料三一億円、建設機械一八億円、建設資材七億円、役務供与一八億円その他一八億円である。最も注目されるのは賠償初年度より賠償を通じて建設されているハルーチャン水力発電所(出力八万四千KW、本年末に竣工の予定)で、これが竣工は、同じく賠償で行われているラングーン、マンダレーへの送電線の建設と相俟つてビルマ経済および民生に多大の寄与を為すことが予想される。バルーチャン関係の物資および役務の供与額は累計(昨年十二月末現在)約七七億円に達している。

前述した各種賠償供与物資のビルマにおける反響は、いずれも前年に引続いて好評であり、とくに自転車、ミシン、電気器具等のいわゆる耐久消費財の評判がよく、これらはわが国商品の販路の拡大と賠償の印象づけに大きな役割を果すと同時にビルマ経済の進展に著しく貢献している。今後の方針としてはわが国商品の新しい輸出市場の礎石をきづくという意味から、努めて良質の高級品を供与するとともに、アフターケアーの面にも十分考慮を払うことが必要であろう。

経済協力については、一九五六年末来日したビルマ工業大臣を長とする使節団との話合の線に沿つて交渉が進められ、とくに合弁事業として綿紡績工場を設立する計画の交渉が進展していたが、昨年六月のビルマ政変以来、同国の政策が転換したことおよび従来本計画を推進してきたウ・チョウ・ニエン副首相が下野したことにより、交渉は停頓している。このほか鉄鉱石およびアンチモニー等の開発計画等の交渉が進行していたが、これらも同様停頓状態にある。

フィリピン

対フィリピン賠償は、一九五六年(昭和三十一年)十二月から調達が開始され、昨年七月二十三日よりその第三年度に入つたが、第二年度末(昨年七月二十二日)までの賠償契約認証額は二二六億円に達した。第三年度(昨年七月二十三日-本年七月二十二日)の実施計画は、後述するマリキナ・ダム等に対する借款供与の問題との関連等もあり、昨年末現在未だ合意に至つていないが、第二年度実施計画の暫定延長により昨年十二月末現在で一〇億円弱の契約が認証されている。

右により賠償実施開始いらい昨年末までの認証総額は、約二三六億円となり、このほか契約認証を要しない沈船引揚等に対する支払を含め、同年末までの支払総額は約二二一億円(約六一四〇万ドル)に達した。前記成約高を品目別に見ると船舶八六億円、自動車一三億円、鉄道車輌一二億円、航空機一一億円、その他の機械類五四億円、鉄鋼三五億円、セメント九億円、送電線材料五億円その他である。なお日本政府が直接実施したため認証額には含まれていないが、沈船引揚に対する支払額は二四億円である。

フィリピンにおいてもわが国の賠償物資は概して評判がよく、その一例として消防車等は賠償の印象づけにも適切なものである。現に賠償物資がフィリピンに到着し始めてから、同国の対日感情は目に見えて好転している。

経済協力については、日比間の経済開発借款に関する交換公文には二十年間に二億五千万米ドルに及ぶ民間商業ベースによる長期貸付または類似のクレジットの供与が規定されているが、比政府はこの借款を利用すべき投資分野を昨年十月二十八日指定したのみであるので、この規定に基く供与の具体化はなお今後に残されている。ただし日本側業者がフィリピン業者に対して日本輸出入銀行の延払金融により物資または技術を供与した事実上の事例は、すでに相当数にのぼつている。

マリキナ河多目的ダム建設(注)に関しては、一昨年十二月岸総理大臣訪比の際、ガルシア大統領からこれに対するわが国の協力方について要請があり、岸総理大臣はこれを好意的に考慮すべきことを約したが、昨年九月、比側からマリキナ河多目的プロジェクトならびに電気通信拡張および改良プロジェクトについて正式にわが国の協力を要請して来た。

フィリピン側の要請は、これら両計画に必要とされる日本からの機械設備、物品および役務の支払にあてるため、賠償を担保とする借款の供与を得たいというものであるが、両計画はいずれもフィリピンの経済的発展に寄与するものであり、また両国の友好関係を促進すべき好個の計画であるので、わが国としては、その実施に協力することとした。よつて昨年十二月来訪したガルシア・フィリピン大統領と岸総理大臣との会談において、「日本国政府は関係法令の範囲内で民間会社が所要の信用を供与することを容易にし、かつ供与した信用の償還を賠償協定の範囲内で確保することに同意」し、この旨を十二月五日岸総理大臣、ガルシア比国大統領の共同声明で発表した。さらにその細目につき同大統領の離日後も残留したフィリピン政府の代表者とで交渉が行われた後、十二月十八日日比両国政府の了解成立に関する共同新聞発表が行われた。その要旨は次のとおりである。

イ 両計画のための借款は、商業上の基礎により日本の民間業者とフィリピン政府との間で締結されることあるべき延払契約によつて行われるものとする。

ロ 各計画のための借款の供与および償還の期間は、据置期間を含み十年とする。

ハ 借款の金利は、フィリピン政府と関係日本民間業者との間で決定されるべきものであるが、日本政府は、世界銀行の金利に近い水準で決定されるよう努めるものとする。

ニ 両政府は、関係法令に妥当な考慮を払い、賠償協定の範囲内で借款の償還を確保するため必要な措置をとるものとする。

その後両国政府当局において、本件借款の基本条項をとり決める交換公文案の作成にとりかかり、現在に至つている。

インドネシア

インドネシアとの賠償協定は昨年四月十五日発効し、これに基きわが国は総額二億二千三百八万ドルを十二年にわたつて支払うこととなつた。右の中初年度としては同年同日より本年三月三十一日まで総額七十二億円(二、○○○万ドル相当)が支払われることとなつているが、昨年十二月末日現在約三十億円の契約が認証され、これに基き約二十六億円が支払われたにすぎない。その内訳は、二五〇〇ないし二六〇〇トン程度の島嶼間内航貨客船十隻およびその付帯役務である。このようにインドネシア側がその賠償年度額の大きな部分を船舶に充てていることは同国が多数の島嶼から成つており、その間の連絡を十分ならしめることが緊要であることによるものであり、この意味で、賠償によりわが国から供与されるこれらの船舶(本年一月現在このうちの四隻がすでにインドネシアに到着、残る六隻も近く引渡される)がインドネシアの発展に大いに貢献することが予想される。また現在までの支払額が少いことは賠償がまだ初年度であり、インドネシア側の賠償実施機構や事務が軌道に乗るために暫らく時日を要した故であるが、やがて同国に対しても、他の二カ国と同様、賠償の実施が円滑に進展することが期待されている。

インドネシアに対する経済協力については、同国とわが国との間に経済開発借款に関する公文交換が行われている。しかし発効後なお日が浅く、インドネシア側のこれに対する方針も確定していないので、まだ具体化をみるには至つていない。

賠償支払義務額および支払状況一覧表

目次へ

3 ヴィエトナムとの賠償交渉

旧仏領インドシナ三国のうち、カンボディアおよびラオスはそれぞれ一九五四年十一月二十七日および一九五六年十二月十九日に対日賠償請求権を放棄したが、ヴィエトナムは、戦争期間中戦闘行為または食糧の欠乏により相当数の死傷者を出したほか、工場、住宅等の破壊、物資の無対価徴発等による損害を蒙つたとの理由で、対日賠償を請求しつづけ、昨年一月二十日対インドネシア賠償協定が成立した後は、残された唯一の求償国となつている。

ヴィエトナムは、一九五一年のサン・フランシスコ対日平和会議に出席して対日平和条約に調印したのであるが、右会議に際しても、わが国からの賠償支払を期待する旨を公式に表明した。その後同国は、同条約第十四条(a)Iの規定に基いてわが国に賠償を請求し来たり、右に関しわが国と累次に渉る話合を続けてきた。その間、一九五三年九月わが国との間に沈船引揚に関する中間賠償協定(金額二千二百二十五万ドル)が仮調印されたが、ヴィエトナム側はその後これをご破算とし、一九五六年一月、あらためて二億五千万ドルの要求を提出してきた。わが国は、かかるヴィエトナム側の態度を、暫く静観していたが、同年八月にいたりヴィエトナム側に対し、同国が経済開発計画の一端として考慮しているダニム水力発電所建設計画の実現を援助するため、その一部を賠償としてわが国民の役務および資本財で支払い、その他を経済協力とすべき案を提示した。しかしながら、ヴィエトナム側はいぜん自案を固執してわが国の提案を拒否した。わが国としてはその後ともこの問題を早期解決する方針を捨てず、一昨年九-十月および十二月の二回にわたり、経済団体連合会副会長植村甲午郎氏をサイゴンに特派し、トー副大統領ほかヴィエトナム政府首脳部と交渉を行わしめた。その際、同年八月末わが国が提示した案の線に沿い、ダニム発電所建設計画を一部賠償、一部経済協力によつて援助することを中心とする案を先方に提示したが、両者の間にある程度の歩み寄りが見られたのみで、依然妥結には至らなかつた。

かくする中、昨年二月対ヴィエトナム賠償問題がわが国の国会において激しく論議されるに及んで、ヴィエトナム側は、わが国世論の大勢が時とともにヴィエトナム側に不利に動くことを懸念し、三月三日にいたり前記植村試案を受諾する旨正式に通報してきた。よつてわが国は、同年五月の総選挙により第二次岸内閣が成立するや、新たに駐ヴィエトナム大使として任命された久保田大使をしてヴィエトナム側との交渉を再開せしめた。その際先方は、純賠償および借款の総額については前記植村案に同意することが確認されたが、借款の諸条件等で折合いがつかぬため、政府は、現地の久保田大使を補佐する目的で、同年九月二十七日より約三週間半にわたり交渉団を現地に派遣して交渉に当らしめた。しかしその結果、賠償協定等の技術的諸点の解決を見た程度で、結局最終的妥結には至らなかつた。

本件に関する交渉は、引続いて現地で行われているが、南ヴィエトナムの国際政治上の特殊な地位および対ヴィエトナム賠償問題に関するわが国の微妙な政情等に鑑み、わが政府は、速かに妥当な解決が見出されるよう慎重な努力をつゞけている。

目次へ

4 フィリピンとの取極および交渉

フィリピンとの入国滞在手続簡易化に関する取極の締結

邦人のフィリピンへの入国滞在に関し、フィリピン政府は従来より極めて制限的な立場をとつていた。一九五六年五月両国間賠償協定調印の際に発表をみた共同声明には両国が友好通商航海条約締結交渉を早期に開始することを期待する旨が謳われたのであるが、フィリピン側はその後ともわが国商社の駐在員等入国希望者の入国、滞在に関する極端な制限的立場を変えなかつたため、両国の貿易関係は十分な発展を妨げられていた。

このような状態を根本的に是正するためには、両国間に入国、滞在、経済活動等に関する最恵国待遇を保証する友好通商航海条約が一日も早く締結されることが望ましいのであるが、その実現にはなお相当の時日を要すると思われたので、政府は、このような本格的条約が締結されるまでの暫定措置として、入国査証の取得および滞在期間の延長許可手続を簡単かつ容易にするための取極を結ぶこととした。よつて一昨年十一月二十九日の閣議了解を得た上で、フィリピン政府と右の暫定取極交渉を開始した。その結果、昨年七月二十四日マニラにおいて在フィリピン湯川大使とセラノ・フィリピン外相との間に書簡交換が行われるにいたり、右取極は八月一日より発効した。

右取極により、一定時における滞在人員が三五〇名を超えない範囲内において、両国の商社駐在員等が相手国へ入国することが認められ、その査証下付手続が簡易かつ迅速化された他、旅行上の便宜と税関検査とについては最恵国待遇を供与すべきことが明文化される等、事態は急速に改善されるに至つた。

フィリピンとの航空業務行政取極締結のための交渉

フィリピン政府はかねてよりマニラ-東京間航空路線開設のための取極締結を希望していたが、昨年十月八日フィリピンからアレグラード公使ほか六名が来日し、十月十日より二十九日に至る二十日間、東京においてこのための交渉が行われた。その後引き続き在フイリピンの「湯川大使とフィリピン政府との間で交渉を行つており、近く交渉が妥結するものと期待される。

目次へ

5 日 韓 交 渉

一九五六年三月いらい在京韓国代表部との間で行われていた抑留者相互釈放および日韓全面会談再開のための交渉は、幾多の紆余曲折を経た後、ようやく一昨年十二月三十一日にいたつて、藤山外務大臣と在京韓国代表部金裕沢大使との間に関係取極文書が調印され、二十二カ月振りに妥結をみた。この日韓間取極の要旨はいうまでもなく、まず抑留者を相互に釈放し、両国間の空気を改善した上で、すみやかに諸懸案の解決ならびに国交の樹立を目的とする日韓全面会談を開催することであつた。そこで昨年初頭から両国事務当局の間で日韓連絡委員会を開催し、右取極に基く相互釈放を実施に移すための具体的細目について打合せを行い、その結果、わが方は取極所定の期限を待つことなく、二月十一日をもつて在日韓人刑余者四七四名全員の国内釈放を完了した。しかるに韓国側は、韓人不法入国者中の北鮮帰国希望者問題に対するわが国の態度を不満として、日韓間取極の対象となつていた日本人漁夫九二二名の釈放送還完了を遅延せしめたため、三月一日にその再開が予定されていた日韓全面会談は、韓国側による抑留漁夫送還完了の見透しがつくまで、しばらく延期せられるの己むなきに至つた。しかしその後日韓双方において全面会談の再開に努力し、漁夫の送還についての見透しも得られるに至つたので、四月十一日藤山外務大臣と金大使との会談において、四月十五日に全面会談を再開し、同日引続き抑留者問題解決のため日韓連絡委員会を再開することに正式に意見の一致をみた。

右の合意に基き、まず昨年四月十五日外務省において、日本側沢田廉三首席代表および韓国側林柄稷首席代表出席の下に、第四次日韓全面会談本会議第一回会合が開催され、また同日以降再開された日韓連絡委員会の話合いにより、韓国側は、同年五月十八日の第四次送還をもつて、取極の対象となつていた日本人漁夫九二二名全員の釈放送還を完了した。

第四次日韓全面会談は五月十四日までに九回の本会議会合を行つたが、その第六回会合において、今次会談の議題である五議題を討議するため、(一)基本関係委員会、(二)韓国請求権委員会、(三)漁業および「平和ライン」委員会および(四)在日韓人の法的地位に関する委員会、ならびに韓国請求権委員会の下に(イ)請求権小委員会、船舶小委員会の二小委員会を設けることにつき双方意見の一致をみ、五月第四週から各委員会の討議に入つた。しかしわが国が最も関心を有する漁業および「平和ライン」委員会は、わが政府の度重なる督促にもかかわらず、韓国側漁業代表が来日しなかつたため開催の運びに至らず、ために他の各委員会も実質的討議に入れなかつた。たまたまこの間、七月上旬わが政府が人道的見地から大村収容所に収容されていた北鮮帰国希望不法入国者中長期収容三年以上に及ぶ者二十五名を仮放免することを決定したため、これを不満とした韓国側は、八月十八日漸く漁業代表を来日せしめたにもかかわらず、漁業委員会の開催に応ぜず、このため他の委員会も事実上中絶状態に陥つた。しかしその後、右仮放免問題について日韓間に政治的了解が成立したので、一時中絶していた第四次日韓会談も十月一日の第十回本会議会合を契機としてようやく再開をみるに至つた。再開後の会談においても、わが政府は、十月二日から開催された漁業委員会の進捗状況と睨み合せつつ、他の委員会の討議を進めてきたが、韓国側は、十月二十八日の漁業委員会第五回会合の席上わが政府の提出した「日韓暫定漁業協定案の骨子」に対し、十二月十二日の第七回会合において、同案は韓国側の考えと余りにも隔りがあり、討議の基礎にならない、と全面的にこれを拒否してきた。このため、漁業委員会の進行状況と睨み合せつつ文化財、船舶等の他の諸懸案を綜合的に解決しようとするわが政府の立場と、まず船舶、文化財等の返還につき何等かのコミットメントを日本側からとりつけようとする韓国側の立場とが対立したまま、年末に近づいた。この間、日本側沢田首席代表と韓国側林、柳両代表との間で、会談全般の進め方について非公式話合いが重ねられ、その結果日韓全面会談は十二月二十日から年末年始の自然休会に入り、再開の予定日を本年一月二十六日と決めた。かくて、昨年四月十五日いらい約八カ月にわたり交渉が続けられた第四次全面会談の帰趨は本年に持越されることとなつた。

目次へ

6 中共とわが国との関係

第四次日中民間貿易協定

日中貿易は、両国間に国交関係がないので元来民間貿易協定を通じて行われていた。昨年三月五日北京で調印された第四次民間貿易協定に対しても、政府としては日中貿易を拡大することの必要性に基き、国内法とわが国が現在保持している他国との友好関係とを考慮して最大限の支持と協力を行つた。しかるに中共側は四月十三日にいたり、わが政府が民間三団体に対して行つた回答をもつて「偽りの支持と協力」であるとして協定の実施を拒否し、岸内閣非難を強めた。たまたま五月二日、当時長崎の某デパートで開催されていた中国切手・切り紙展示即売会会場に掲げられた中華人民共和国の国旗を無思慮の一日本人が引き降したいわゆる長崎国旗事件を契機として、わが政府に対する非難を激化した。ついで五月九日の陳毅外交部長声明によつて公式に岸内閣を非難攻撃し、五月十二日から全面貿易停止および人的交流、文化交流等を含む日中間の一切の関係を中断するに至つた。

引揚問題

昨年十二月現在における邦人残留者は、いわゆる戦犯二十八名および一般邦人約七千名があり、また消息不明者約一万八千名となつている。

わが国は、一昨年五月在ジュネーヴ総領事を通じて中共側に対し大陸における邦人消息不明者の調査を依頼したが、その後も日赤等を通じ非公式に調査方を要請した。これに対し中共側は自己の希望により残留している者を除いては、消息不明の邦人なるものは存在しないとの態度をとつている。

中共の十二浬領海宣言

中共政府は昨年九月突如その領海を十二浬とする旨を宣言した。これに対しわが政府は、ただちに外務省情報文化局長談をもつて、右宣言は同国政府の一方的主張にすぎず、国際法上有効とは認められない旨を声明したが、政府としては、右宣言が実際上わが国の船舶、航空機、漁船等に及ぼす影響を注視している。

漁業問題

一九五五年以来、東海、黄海の漁業に関する日中民間漁業協定は毎年更新されてきたが、昨年六月中共側は期限の延長を拒否したので、爾後無協定状態のまま日本側とてしは操業に際して自主規制を行つている。

中共側は領海不法侵入、軍事機密を探つた罪等を理由としてわが国の漁船を拿捕しあるいはこれに発砲したが、昨年五月拿捕された十六隻一九四名、客年十一月に拿捕された四隻五十一名のうち、本年三月末現在未帰還のものは四隻、二名である。

目次へ

7 アジア諸国要人の訪日

スカルノ・インドシア大統領

スカルノ・インドネシア大統領は、ナジール海運大臣ほか随員十四名を伴い、昨年一月二十九日来日、同二月十五日まで滞在した。わが国では一行の到着後三日間を国賓待遇をもつて迎えた。同大統領は滞日中、天皇陛下、皇太子殿下と会見し、岸総理大臣および藤山外務大臣と懇談を重ねた後、わが国の産業、文化、社会関係諸施設を見学、関西地方をも視察した。同大統領は、インド、エジプト、ユーゴースラヴィア、シリア、パキスタン、セイロン、ビルマ、タイ等の諸国を歴訪した後訪日したものであるが、その主な目的としたところは、前記諸国の訪問を含めて医師の勧告による「静養」であり、各種の歓迎行事、国民大会等には出席を差し控えていた。同大統領とわが国政府首脳部との会談では、とくに訪日直前の一月二十日ジャカルタで調印された両国間の平和条約および賠償協定等の問題がとりあげられ、その早期批准、賠償の円滑な実施、経済協力の推進等が要望された。

ラーマン・マラヤ連邦首相

一昨年十一月岸総理大臣は、同年八月末英国より独立して英連邦内の独立国となつた新興マラヤ連邦を訪問し、「(わが外交の近況」特集四、箪三頁参照)ラーマン首相を始め、同国政府要路と有益な会談を行うことにより両国友好関係の基礎が築かれたが、昨年五月ラーマン・マラヤ連邦首相は、前記岸総理大臣訪問に対する答礼を兼ね、夫人のほか一行十一名とともに国賓として正式にわが国を訪問した。一行は五月二十一日から一週間本邦に滞在したが、その間ラーマン首相は、岸総理大臣、藤山外務大臣をはじめわが国の要人と懇談した他、主要な産業諸施設を視察し、また、たまたま東京において開催中のアジア競技大会をも参観した。

五月二十六日、東京において岸総理大臣とラーマン首相の共同声明が発表されたが、右声明には(イ)日本、マラヤ連邦両国は相互の協力をさらに増進し、(ロ)経済協力を促進し、通商貿易を発展せしめるとともに、(ハ)日本はマラヤの経済開発のため必要な投資および資本財の輸出を行い、マラヤは、日本に対し工業製品のための市場を提供する等の趣旨が謳われた。ラーマン首相のわが国正式訪問は、マラヤ連邦独立後同首相が行つた最初の外国訪国であり、この訪問によつて両国の友好関係は一層増進し、経済協力、通商経済関係の緊密化および文化交流の活発化等、両国にとつて好ましい雰囲気の醸成に資するところが少くなかつた。この意味で右訪問は、両国関係の将来の発展のためにも重要な意義を斎らしたのである。

プラサド・インド大統領

一昨年十月のネルー首相の訪「(わが外交の近況」第二号五一頁参照)」を契機として、各分野における日印協力の実は着々としてあげられてきたのである。右に引続いて行われたラジエンドラ・プラサド・インド大統領の訪日は、両国の親善関係をさらに推進するものとして意義深いものであつた。昨年九月二十六日から十月四日まで国賓としてわが国を訪問したプラサド大統領は、滞日中、天皇、皇后両陛下と会見し、岸総理大臣はじめ要路者と懇談したほか、産業、社会、文化関係諸施設を視察し、また各種歓迎行事にも出席した。とくに十月二日同大統領が国民歓迎大会に臨んで行つたガンディー精神に関する演説は、職衆に深い感銘を与えるものであつた。プラサド大統領はガンディー精神の祖述者かつ実践者として、一九五二年インド共和国初代大統領に就任以来、インド国民の敬愛の的となつているが、同大統領今回の訪日は、とくに日印両国民の精神的文化的つながりをさらに深める契機となつた。

ガルシア・フィリピン大統領

一九五六年五月フィリピンとわが国との賠償協定が調印された結果、両国間にサン・フランシスコ平和条約が発効するに至り、賠償の実施が軌道に乗るにつれて、両国の関係は徐々に改善されてきた。しかしながら戦争によつて物質的、精神的に多大の被害を受けたフィリピン国民の対日感情はなかなか好転せず、同国政府の対日政策も、いきおいその国民感情を反映し、わが国にとつて必ずしも満足しうるものではなかつたし、貿易関係、あるいは入国、滞在問題でもわが国およびわが国国民に対して差別的な取扱が行われてきた。ところがやがてフィリピン側も、賠償を円滑に実施しようとするわが国の誠意を漸次理解するに至り、またわが国の側の積極的な努力もあつて、昨年一月七日には両国間の通商に関する書簡がマニラにおいて交換されるに至つた。また同年七月二十四日には「入国滞在手続簡易化に関する暫定取極」がマニラで結ばれ同年八月一日より発効し、十月にはフィリピン側の積極的な要望に従つて両国民間航空機の相互乗入れに関する行政取極締結のための交渉が東京において行われるようになり、最近にいたつてフィリピン側の対日感情の一段の緩和ないしは好転の徴がみえてきた。

カルロス・P・ガルシア比共和国大統領夫妻がわが国の招請に応じて国賓としてわが国を訪問することに決定をみたのは前述のような客観情勢にかんがみても、極めて時宜に適するものであつた。ガルシア大統領夫妻は、昨年十二月一日から六日までわが国に滞在したのであるが、この滞在中、同大統領は、皇室との交歓を行つたほか岸内閣総理大臣との間に日比両国が共通の利害関係を有する諸問題について懇談した。右会議において意見の一致をみた諸点は十二月五日発表の「日本国総理大臣、フィリピン共和国大統領共同声明」に述べられているが、その骨子は次のとおりである。

(イ) 日比両国は自由世界の一員としてこの上とも世界の平和と安全の維持に協力し、国際連合憲章の目的および平和的方法によつて国際間の諸問題の解決をはかる。

(ロ) 日比両国は、アジア諸国の経済的発展およびこれら諸国民の生活条件改善のため、一層友好関係を深め、かつ自由アジア地域の繁栄のため、あらゆる措置をとるよう努力する。

(ハ) 両国は、相互の利益のため、両国の通商関係をさらに促進せしめるよう相互に努力する。

(ニ) 両国は、賠償協定の忠実な実施が一方において日比両国民のの善意を回復するに役立つとともに、他方フィリピンの経済発展に役立つものであることを認める。

(ホ) マリキナ河多目的計画および電気通信施設拡張改善計画の二計画については、日本国政府は、関係法令の範囲内で、民間会社が、所要の信用を供与することを容易にし、かつ供与した信用を賠償協定の範囲内で確保する措置をとることに同意する。

(ヘ) 両国は、友好通商航海条約の作成を妥当な機会に討議することに意見の一致をみた。またこの条約締結までの間、相互に有益であると考えられる措置をとることにより、両国間の貿易および通商の増進に努力する。

(ト) 両国は、文化関係の交流を増進するよう相互に努力する。

右共同声明の内容に徴してもガルシア大統領夫妻の訪国が日比友好親善関係の増進に寄与するところが極めて大きかつたことがわかる。

目次へ


[注] 昭和三十四年二月二十六日ビルマ賠償第四年度実施計画につき両国間に正式の合意が成立した。この計画に掲げられている生産物および役務の価格の見積額の総額は約一七六億円、掲上品目の内訳としては、カテゴリーA(プロジェクトまたはプラント)ではバルーチャン発電所建設工事(約二八億円)、海運造船所建設工事(約三〇億円)、カテゴリーB(重機械類)ではビルマ鉄道の車輌等(約二八億円)、カテゴリーC(その他の生産物)では各種政府機関用の建設資材、電化計画の各種電気機械器具、国務省の建設資材等が主要なものである。

[注] マリキナ河多目的ダム建設計画とはマニラ北東約三〇キロにあるモンタルバン峡谷に大アーチダムを建設し、発電(年間一億四千百万KWH)、給水、潅慨および洪水調節を行おうとするもので、総経費は約五、四〇〇万ドルである。また電気通信拡張および改良計画とはフィリピンの主要都市および政治、経済の中心地に自動電話および自動電信設備を設け公共事務および取引の促進に資そうとするもので、総経費約二五〇〇万ドルである。