各  説

一 国際連合における活動と科学面の国際協力

(一) 国際連合における活動

1 安全保障理事会

昨年一月に行われた最初の安保理事会会議において、わが松平代表は、議長の歓迎の辞に答え、わが国が安保理事会の一員となる責任を自覚している旨を述べた上で、世界の現状に鑑み、今こそ理事会が国連憲章の理想を達成するために尽力すべき時であることを強調するとともに、わが国はアジアの平和と安全に寄与することを念願していると述べて、安保理事会に参加するわが国の決意を披瀝した。

昨年一年間に、安保理事会は、イスラエル・ジョルダン紛争、テュニジア問題、エジプト・スーダン国境紛争、原水爆搭載機北極圏飛行問題、レバノン問題、ジョルダン問題、イスラエル・シリア紛争およびギニアの加盟問題等を議題として取上げたが、わが国は、これらすべての問題につき右の基本方針にしたがつて誠意をもつて対処したことは、国連各加盟国の信用を獲得し、日本の国際的地位を高めることともなつた。

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2 国際連合第十三回総会

国連第十三回総会は、昨年九月十六日に始まり一応同十二月十三日に終了したが、これに臨むわが国代表団の構成は左のとおりであつた。

代表(首席)  藤 山 愛一郎  外務大臣

〃      松 平 康 東  国連常駐代表

〃      萩 原 徹 駐  カナダ大使

〃      島   重 信  駐スウェーデン大使

〃      藤 田 た き  日本婦人有権者同盟会長

代表代理   宮 崎   章  外務省国際連合局長

〃      柿 坪 正 義  国連代表部公使

〃      藤 崎 万 里  外務省条約局参事官

〃      卜 部 敏 男  国連代表部参事官

〃      小 川 平四郎  在米大使館参事官

藤山首席代表は、九月十八日の総会本会議において一般討論演説を行い、国連を中心とするわが国外交の基本方針および台湾海峡問題、中近東問題、軍縮問題等当面の重要問題に対するわが国の態度をせん(、、)明するとともに世界経済の安定と拡大、とくに後進国開発に対するわが国の強い関心を披瀝し、最後に、国連は各種の対立を積極的に克服するため、寛容と理解に基く建設的な解決のための場、すなわち「世界の議場」とならねばならないと述べ、この目的のためにわが国も積極的に努力する用意がある旨を表明した。

このようなわが国の希望にもかかわらず、第十三回総会では、軍縮問題、大気圏外平和利用問題等に関して、共産圏諸国と自由主義諸国とのきびしい対立が露呈された。すなわち共産圏諸国は、国連総会は米国等が自己の主張を合法化するための投票機械に堕していると主張して、総会の決定に対する非協力の態度を一層露骨に現わすに至つた。他方、植民地問題、信託統治問題等に関しては、アジア・アフリカ地域諸国、とくにアフリカ地域諸国の勢力増大により、これら諸国と西欧諸国との対立が一段と注目される結果となつた。

この間にあつて、わが代表団は、各種の対立を克服するためには寛容の精神と理解とが必要なことを説いて斡旋に努力した。このようなわが国の努力がただちに具体的成果をともなわなかつた場合もあるが、国際平和を念願するわが国の誠意は、国連加盟諸国の代表はもとより、広く国際世論の認めるところとなつたように見受けられる。とくに、わが国がアジア・アフリカ地域諸国の輿望を担つて安全保障理事会および総会の双方において新興国ギニアの加盟を承認するために力を尽したことは、この総会における明るい話題の一つであつた。

経済問題に関しては、わが萩原代表が第二委員会委員長に選出され、その公正かつ能率的な司会振りによつて各国代表団の賞讃を博したが、とくに国連特別基金設置のため加盟諸国の意向を取りまとめる上に大きな寄与をなしたことは特筆すべきことであろう。

またわが国は、特別基金に多額の拠出を申し出でることによつて後進国援助に対する熱意を披瀝するとともに、同基金の管理理事会に経済先進国側のメンバーとして当選し、国連を通ずる後進国経済開発の一環としての技術援助に直接貢献する道を開いた。

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3 軍縮および核実験中止問題

一昨年十一月国連第十二回総会において、ソ連が軍縮委員会および小委員会のボイコットを宣言して以来、国連における軍縮問題の審議は、事実上行詰りに逢着した。

わが国は、ソ連のボイコット宣言のあと、総会本会議において軍縮委員会拡大を通じてソ連の復帰を実現することに努力したが、この試みが不成功に終つてからも、軍縮審議行詰り打開のため積極的な努力を続けた。すなわち、適当な時期に第十二回総会で採択された決議の履行を目的として軍縮委員会の招集を求め、多数委員国の出席を確保することによつてソ連の復帰に対する強い国際世論を示すとともに、軍縮審議の円滑な進展のために意見交換の機会を捉えるという方針をもつて、二月上旬まずソ連以外の軍縮小委員会構成国(米、英、仏、加)の意向を打診した。

これに対し、米国よりは、一応軍縮委員会の招集には努力するが、ソ連がこれに応じない場合には、軍縮委員会の招集を避けて安全保障理事会を招集し、軍縮審議に関する手続事項を関係大国間の協議に委ねるという趣旨の決議を成立せしめるとの具体的構想を提示してきた。この米国の構想は、わが国の狙いとも合致するものであつたので、わが国は、採択されるべき決議の中で軍縮問題に対する国連の責任を明確にすること等の希望も表明しつゝ、米国のソ連に対する働きかけを支持することとした。

しかしながら、ソ連は三月十四日この米国の構想に反対する旨を公表するにいたつたので、この線で局面を打開することは、一応不可能と見られることとなつた。このあと、わが国は、各種軍縮措置の査察管理方法を専門家によつて技術的に検討せしめることが望ましいと主張し、この種専門家グループの設置が軍縮委員会によつて行われうることなどを指摘した外務大臣書簡を、四月三十日付で国連事務総長および軍縮委員会委員長に送付した。わが国は右書簡によつてわが国の態度を明らかにし、行詰り打開の方策を示唆するとともに、「適当な情勢となり次第、軍縮委員会を招集することが望ましいこと」についてさらに国際世論の喚起を図つた。軍縮問題の推進のためまず技術的検討から始めようとするわが国のこの考え方は、その後七月のジュネーヴ会議に実現されたが、第十三回総会においてハマーショルド事務総長は、その演説の中でこのやり方を「機能的接近方法」と呼ぶに至つた。

この間、原水爆搭載の米軍用機の北極圏飛行に関する新聞報道に基き、ソ連は四月十八日この種飛行の中止問題を安保理事会に提起したが、わが国代表は、この問題を根本的に解決するためには、奇襲攻撃防止を目的とする査察を含む軍縮問題の審議が再開されることが急務である旨を指摘する発言を行つた。安保理事会における討議の大勢も、ほぼわが国の考え方に沿つて進み、飛行中止を要求するソ連決議案を否決したあと、四月二十九日米国は、奇襲攻撃防止のための査察制度を北極圏に設けることに関する決議案を提出した。わが国は、この米国案が当面の問題を建設的に解決するに役立つのみならず、軍縮問題全般の行詰り状態を打開するきつかけとなることを希望して、ソ連の歩み寄りを得るため議場の内外で種々の努力を重ねた。しかしながら、ソ連の反対の態度は固く、事務総長が米案支持に関する異例の発言を行つたのを始め、各理事国代表の勧奨にもかかわらず、米国案はソ連の拒否権行使によつて否決された。

以上のごとく、軍縮審議の行詰りを打開するためのわが国の努力は、具体的な成果をもつて報われるには至らなかつたが、わが国が、終始軍縮問題に対する国連の責任を強調しつゝ、軍縮委員会および安保理事会の構成国としてその責務を果そうとして行つた努力は、関係国の十分に認めるところであつた。(なお軍縮委員会は、昨年り第十三回総会決議により、全国連加盟国により構成されることが決議され、これには、ソ連も参加するものと見られている。)

核実験の停止は、従来これを一般軍縮措置の一環として実施しようとする西方側と、他の措置から切離して単独に実施すべきであると主張するソ連側が相対立したまゝ推移してきたが、三月三十一日ソ連は、核実験の一方的停止を宣言するとともに、核実験停止に関し国際査察を受け入れる用意がある旨を表明した。

わが国は、従来から、米、英、ソ三国が核実験を実施するごとに、これに抗議し、その中止を申入れてきたのであるが、このソ連の声明のあとただちにソ連に対し、ソ連以外の原爆所有国が実験を行うと否とにかかわらず停止を継続するよう申し入れる一方、米、英両国に対して、すみやかに実験停止のための措置をとることを要請した。このわが国の要請は、受け入れられずに終つたが、七月一日からジュネーヴで開催された核実験停止協定の管理査察に関する専門家会議が成功裡に終幕した翌日(八月二十二日)、米、英両国は、ソ連が同意すれば、十月三十一日からジュネーヴにおいて核実験の停止と査察機構の設置に関する協定のための交渉を三週間で行う用意があり、かつ右交渉を容易にするため、交渉開始後一年間、ソ連が核実験を再開しないかぎり核実験を停止することを明らかにするとともに、より実質的な他の軍縮措置につき進展があること、および管理査察組織が有効に運営されているということを条件として、さらに毎年核実験停止を延長する用意がある旨を声明した。この声明に基き、ソ連も核実験中止協定締結のための米英ソ三国会議を十月三十一日からジュネーヴで開催することに同意するに至つたので、わが国政府および国民の多年の念願であつた核実験中止はようやく実現の気配を示し始めたのである。

しかしながら、会議の開催に先立ち、ソ連は、米英両国が核実験停止更新のために付している前述の条件を受諾しえないとして核実験の即時かつ恒久的中止を要求しており、また管理査察機関の構成、運営等に関しても双方の見解に食違いがあるので、両陣営の間に合意が成立することはなお疑問視されていた。その後ソ連がさきに声明した核実験の一方的停止を十月上旬撤回し、一連の核実験を実施する等の動きもあつたが、わが国としては、でき得れば国連総会における軍縮問題の審議を通じて米英とソ連との間に予想される対立点を解決し、核実験中止協定成立のための道を開くことを主眼として国連第十三回総会に臨んだ。

同総会の軍縮問題審議においては、予想どおり、核実験を即時かつ恒久的に中止することを主張するソ連側と、核実験停止期間を一年毎に条件付で更新することを主張する西方側とが対立した。ソ連側は、総会は単にジュネーヴの三国会議に問題の解決を委ねるのみでなく、より積極的な措置をとるべきであると主張したのに対し、西方側は、核実験中止の態様は、管理機関設置の問題とともにジュネーヴ会議において討議されるべきであるとして、ジュネーヴ会議に先立つて総会が恒久的中止を勧告することは適当でないと反駁した。

この間にあつて、わが国のほか、スウェーデン、オーストリア、ユーゴ、インド等の諸国は、総会における対立がジュネーヴ会議に悪影響を及ぼすことを怖れ、満場一致の決議を成立せしめるためにそれぞれの立場から妥協に努力した。結局これらの妥協工作は失敗に終り、西方側十七カ国案およびインド等A・A十四カ国案(ソ連はこの決議案のために自国案を撤回した)が、そのまゝ表決に付される状況となつたので、わが国は、ジュネーヴ会議に悪影響を及ぼすような決議の成立には賛成しえないとの立場から、スウェーデン、オーストリアとともに、ジュネーヴ会議の成功に期待するという趣旨の決議案を共同提案し、他の諸案に関しては棄権した。なお、わが国等の三国案は、十一月四日、五五対九、棄権一二で採択された。かくして、国連総会における東西両陣営の激しい対立にもかかわらず、核実験中止協定締結のためジュネーヴ三国会議は、予定どおり昨年十月三十一日より開催されたが、すでに若干の条文について合意に達したと伝えられている。

協定成立までには、核実験の中止とその実施を査察する管理委員会において拒否権を行使することの可否、核実験中止の期間等を初めなお解決さるべき多くの困難はあるが、わが国としては、会議参加国の誠意ある交渉により会議が成功に終ることを期待するとともに、必要な場合には核実験中止を実現するために可能な協力を行い、さらにこれを契機として軍縮問題全般についても着実な進展が見られるように努力を続ける方針である。

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4 大気圏外平和利用問題

大陸間弾道弾の発達、人工衛星の打上げ等により、大気圏外の利用が現実の問題となるにつれ、その利用を規制することの必要性が唱えられてきた。この問題は、当初軍縮問題の一環として取上げられた。すなわち、米国は、国連第十一および第十二回総会ならびに軍縮小委員会等において当面実施されるべき軍縮措置の一として、大気圏外の軍事利用禁止を掲げ、また、アイゼンハワー大統領は、東西巨頭会談の議題の一として「大気圏外を平和目的にのみ使用すること」を繰返し提案した。

これに対し、ソ連は、同国が米国等の戦略空軍基地および中距離弾道弾基地によつて包囲されることに対抗する手段として大陸間弾道弾を保有していると主張し、大陸間弾道弾のみを禁止することは軍事上ソ連を不利にするという根拠に基き、大気圏外の軍事利用を禁止すると同時に在外基地も撤廃さるべきであると主張した。かくてソ連は、昨年三月十五日「宇宙圏の軍事利用禁止、在外基地撤廃および宇宙圏研究における国際協力」問題を国連第十三回総会の議題とすることを提案した。

他方、米国は、九月二日「大気圏外の分野における国際協力計画」を総会の議題として提出し、その説明覚書において、総会が(1)大気圏外の平和利用問題を軍縮問題から切離す旨宣言すること、(2)大気圏外の平和利用の原則に支持を与えること、(3)適当な国際機関の設置に賛成すること、(4)大気圏外利用の進歩を促進し、かつその利用を平和目的に限定するために勧告を行う目的で特別委員会を設置すること等の措置をとるよう提案した。

わが国は、在外基地撤廃問題を、大気圏外利用規制の問題のみと関連せしめて取り扱うことは一面的であり、またこれは、通常兵器、兵力の削減等その他の軍縮および国際緊張緩和の措置とも関連していることにかんがみ、ソ連の主張に同調しえないとの態度をとつた。わが国としては、究極的には大気圏外の軍事利用の禁止が望ましいことはもちろんであるが、大気圏外平和利用のための協力の促進あるいは領空の範囲、大気圏外および天体の領有等の法的問題の解決は急を要すると考え、米、ソの対立によつて種々問題の生じている大気圏外の軍事利用の禁止とは一応切離しても、まずこれら大気圏外の諸問題を解決することに努力すべきであり、これら諸問題の研究を通じて軍事利用禁止の態様も自ら明らとなることを期待するという方針で国連第十三回総会に臨むこととした。

しかるところ、代表団の接触を通じて、米国の構想もわが国の方針とほぼ合致するものであることが明らかになつたので、わが国は、米国等十九カ国とともに、大気圏外平和利用促進に必要な準備を行うため国連内に特別委員会を設置するという趣旨の決議案の共同提案国となつた。これに対してソ連は、平和利用促進のほかに大気圏外軍事利用禁止および在外基地撤廃をも規定する決議案を提出したが、その後、加盟各国の間に決議案を一本化しようという要望の多いことにかんがみ、わが国の立場に歩み寄り、平和利用促進のみに関する改訂案を提出した。この結果、両案の間に妥協案が成立したが、準備委員会の構成について東西両陣営同数を主張するソ連側と、地域的配分の他にスペース・リサーチに関する実績を選定の基準としようとする二十カ国案共同提案国側とが対立した。わが国等は、各国が平等に均てん(、、)すべき大気圏外の平和利用の促進に関して東西両陣営の対立という政治的要因を導入することは不適当である旨を強調し、ソ連側の歩み寄りを求めたが、この点ソ連の同調するところとならず、二十カ国案は、ソ連圏諸国の反対のまゝ表決に付されて成立した。

わが国は、ロケットの打上げ、人工衛星の観測等、この分野で示してきた科学上の業績にかんがみ、準備委員会構成の十八カ国中の一として選出されたので、この新しい分野における国際協力促進のため積極的に協力しうることとなつた。ただしこの準備委員会は、ソ連がボイコットを声明しているためすでに前途の困難が予想されている。

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5 地域紛争関係諸問題

テュニジア問題

テュニジアはフランスより独立後なお日の浅い新興国家であり、独立以前よりすでに同国に駐留していた仏軍隊の地位についても紛争発生当時なお両国間に協定がなく、その撤兵につき仏政府と折衝中であつた。一方テュニジアと国境を接するアルジェリアにおいては民族主義者による反仏闘争が続けられており、フランス政府は、アルジェリア叛徒の多くはテュニジア内において装備訓練されてアルジェリアに送り込まれているとして、しばしばテュニジア政府に対して厳重な抗議を行つていた。加うるにテュニジア領内に逃亡しようとする叛徒を追う仏軍のテュニジア越境行為が頻発し、仏、テュニジア間の緊張が高まつていた。

かかる情勢の下に、二月八日仏空軍は、叛徒の集結点と見做されていた国境沿いのテュニジア村落サキエ・シデイ・ユーセフを爆撃し、その結果一般市民に多数の死傷者を生じた。テュニジア政府は本問題を安保理事会に提訴し、あわせてテュニジア駐留仏軍がテュニジアの独立を脅威している事態をも討議するよ要請したが、他方フランスもテュニジアのアルジェリア叛徒援助問題を提訴し、両国は安保理事会において対決する形勢となつた。このような事態に際し、わが国は、A・Aグループの一員として新興国がその独立を完成しようとする努力に十分同情の念を抱くとともに、この事件が自由陣営の結束を乱し、西欧との協調を外交の基本方針としているテュニジアをかえつて共産側の庇護の下に追いやる危険を考慮し、問題を極力両国間の話合いによつて解決せしめるべく奔走した。かくて仏・テュニジアが米英の斡旋を受諾するや、わが国は安保理事会において本件の討議を延期する動議を提案した。このわが国の提案は満場一致で可決された。

その後米マーフィーおよび英ピーリーの両特使は、仏・テュニジアの間を斡旋して調停案を作成したが、仏政府による同調停案受諾は、仏第四共和国を瓦解せしめる直接の原因とまでなり、さらにテュニジア政府はレマダにおける仏・テュニジア軍衝突事件を機会に本件を安保理事会に再提訴するに至つた。しかし六月に組閣に成功した仏ドゴール首相は、右斡旋案と大体同様の線に沿い、仏軍撤兵等を含む協定をテュニジアと結ぶことによつて、本件は一応落着し、テュニジアはその独立を一歩前進せしめうることとなつた。

スーダン・エジプト国境紛争問題

スーダン・エジプトの国境は、一八九九年の英埃協定により北緯二十二度線と規定されたが、その後行政の便宜上若干の行政上の変更が行われた。しかるに二月下旬エジプト・シリア合邦のための人民投票が行われ、またスーダンにおいては独立後始めて総選挙が行われるに至つて、右変更を加えた地域の帰属が問題となつた。かくて二月上旬以降両国間に交渉が行われたが不調に終り、エジプト側が同地域の投票参加を強行せしめようとするに至つてスーダンは本件を安保理事会に提訴した。

わが国は、共にA・Aグループに属する前記両国が安保理事会において対決するような事態を避けることが望ましいと考えたので、両国が一方的措置をとることを差し控え、両当事国間の話合いによつて事態を平和的に解決するよう勧奨すると同時に、双方の体面を維持しうるような解決策を得るために積極的に裏面活動を行つた。結局、エジプトは同地域における投票を強行せず、解決を後の話合いに委ねる旨言明し、理事会においては何等の決議案も提出されぬまゝに本件は一応落着した。

レバノン、ジョルダン問題

昨春以来シャムーン・レバノン大統領の再出馬をめぐつて、レバノン与野党間に激しい論争が行われていたが、五月初めごろからこの対立は漸次内乱の様相を呈するようになつた。レバノン政府は、この騒乱は外国の使嗾と援助とによるものであるとしてアラブ連合に提議を申し入れるとともに、本件を安保理事会に提訴した。安保理事会は六月十一日、レバノン領内に外国からの人員、武器等の浸透が行われぬよう確保するための国連監察団を派遣することを決議し、ハマーショールド国連事務総長は直ちに国連監察団を国境に配置した。わが国は右を提案したスウェーデン決議案を支持した。

しかるに、七月十四日イラクに勃発した革命は、現西欧のアラブ諸国に激しい衝撃を与え、レバノンおよびジョルダンはそれぞれ米英両国に派兵を要請したので、両国はこれに応じて軍隊を派遣した。右派兵に際し、米国は、その派兵がレバノン政府の要請に基くものであること、レバノン政府を支援し、その主権と領土保全とを擁護するためであること、国連憲章の集団的自衛権の規定の精神に従つてとつた措置であることおよび米国居留民の保護を目的とするものであることを大統領声明で明かにし、その派兵措置を安保理事会に通告した。英国もまたジョルダン派兵に関してほぼ同趣旨の声明を発した。

このような事態に際してわが国は、レバノンに対してはすでに国連によつて監察団派遣の措置がとられている以上、いかに緊急な事情があるにせよ、米国が国連による決定を待たずに派兵を行つたことは、政治的に見て、中近東をめぐる国際情勢に対して直接間接に望ましからぬ影響を及ぼすものであり、中近東全般における不安定な情勢はアラブ・ナショナリズムを十分理解した上で対策を講じるのでなければ改善される余地はないと考えたので、安保理事会において、米国の派兵に遺憾の意を表し、その速やかな撤退を期待する旨を明確に表明した。

本件に関する安保理事会では、この事態に対処し、国連軍を派遣する旨の米国決議案、米軍の即時撤退を要求するソ連決議案および国連監察団の機能を一時停止する旨のスウェーデン決議案が提出された。これに対しわが国は、叙上の立場より、米国の派兵には遺憾の意を表しつゝ、他面、問題の現実的解決という観点からは、国連が何らかの措置をとることによつて米軍の撤退を可能ならしめる以外に途のないことを確信し、かゝる信念の下に米国決議案には条件付きで賛成し、ソ連決議案には棄権し、スウェーデン決議案には反対の投票を行つた。

わが国は、右の表決に先だち、いずれの決議案も可決される可能性のないことを察知し、何とかして安保理事会として有効な措置をとり、国連を通ずる問題の解決により国連の権威を保つよう努力することは、安保理事会のメンバーーとして当然の責務であるとの信念に基き、わが国独自の決議案として、国連監察団を強化することによつて、米軍の撤退を可能にする趣旨の決議案を提出した。

前記三決議案は、いずれも予想通り否決された。わが国は、わが決議案を可決させる以外には、問題を解決し、安保理事会の権威を保つ方法がないことを信じ、まずスウェーデンをしてわが決議に賛成させるための努力を行い、ついでスウェーデンの修正意見をいれてわが決議案を修正すると同時に、ソ連に対し、わが国の真意を説明し、もし賛成が困難ならば棄権してほしい旨を、直接ソ連政府を通じて要請する措置をとつた。これらの努力にもかかわらず、わが決議案はソ連の反対にあい否決し去られたことは遺憾であつた。しかし米案に棄権したスウェーデンがわが決議案表決に当つて賛成した外、理事会外でインド、アラブ連合共和国等がわが案を支持したことは、注目に値する。

なお決議案表決の直前、ソ連はこれに対する修正案を提出し、監査団強化の範囲を限定する外、米国の派兵を非難してその即時撤退を要求する趣旨の規定を加えたが、前回のソ連案同様否決された(日本は棄権)。この修正案提出は、ソ連としても、いきなりわが案を拒否する態度に出ることができなかつたことを示すものと考えられる。

レバノン問題に関する日本決議案に関する外国紙の論調をみても、「ソ連が真に緊張緩和を望むならば日本案を支持すべきである」とし、「日本案はソ連の態度をみる上でよい材料になる」と説くもの、「日本案は否決はされたが、緊急総会が開かれた場合には当然同総会で考慮される一つの案である」と説くもの等一般に好評であつた。

前述のごとく安保理事会は、七月二十二日、わが国の決議案を否決し、レバノン、ジョルダン問題の解決に失敗したのであるが、その後ソ連の緊急特別総会招集の提案により、問題の審議は同総会に移されることとなつた。わが国は、同総会の重要性にかんがみ、藤山外務大臣を代表として派遣し、安保理事会において本問題に関しわが国がとつた立場を基礎として、問題解決のため努力した。

わが代表団は、中近東問題が世界平和に繋がる重要な課題であるのにかんがみ、国連としては今次緊急総会において単に過渡的弥縫策としての解決を図るに止まらず、問題の由つて来る所以を探究かつ分析し、将来における恒久的解決策を可能ならしめる契機とすべきであるとの立場から、中近東問題の長期的解決策については引続き第十三回総会において審議を行うこととし、今次緊急総会では将来における問題の解決を容易ならしめるため、最も望ましい形において速かに米英軍の撤退を可能ならしめるための方式を案出することにその活動の主眼点を置いた。とくに藤山首席代表は、八月十四日国連到着以来、米、英、ソ連、アラブ連合をはじめとして、主要関係国の外務大臣、諸代表とできる限り密接に連絡し、各国の意向を聴取するとともに、前記のわが代表団の立場を説明したが、とくに米国のダレス長官とは二回、アラブ連合ファウジ外務大臣とは三回にわたり意見交換を行い、アラブ連合側の主張と総会において表明された各国の意見との間の調整に極力努力した。これは、アラブ諸国側が同調しうる決議を成立せしめることが今後における事務総長の任務を達成せしめうる鍵であると確信したことによるものであつた。八月十八日藤山代表がアテプ連合外相と会談した際、同外相はアラブ決議案の構想を説明した。この構想は、翌十九日アラブ諸国代表間において一応決議案の形で合意を見、その後正式に提出されたものであるが、右決議案の趣旨はその提案に至る経緯および内容からみても、わが国の基本的立場と揆を一にするので、わが国はこれに衷心から賛成した。右アラブ共同決議案は二十一日全会一致で採択され、総会の幕を閉じた。

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6 その他の政治問題

右の他に安保理事会においては一月にイスラエル・ジョルダン間の休戦境界線紛争、十二月にはイスラエル・シリア間の休戦境界線紛争が審議され、また第十三回総会においては、アルジェリア問題、キプロス問題、朝鮮問題、南阿における人種問題、パレスタイン避難民問題等が審議された。わが国は、つねに国連憲章の目的と原則とを尊重し、事態の平和的解決を希求するとともに、西欧諸国ことに米国との協調およびA・Aグループとの結束に意を用い、またA・A諸国と西欧諸国との間に意見の相違があるときは、これを調整して、両グループの間に協力関係を促進するように努力した。わが国のこのような努力は、国連の内外において広く認められるところとなり、西欧諸国およびA・Aグループ諸国双方の共通の友人としてのわが国の国際的地位はさらに確固たるものとなつた。

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7 経済問題

第十三回総会で、経済財政問題を取扱う第二委員会の委員長には、萩原代表が満場一致で選出された。萩原代表は前総会第二委員会において副委員長に選出されたのであるが、国連加盟三年目にしてすでにわが国の代表が委員長に選ばれたことは、国連におけるわが国の地位の向上を如実に示すものであつた。同委員長は、見事にその職責を果し、委員会全体の賞讃を博すとともに十分に加盟諸国の信任に応えた。

委員会は今次総会中十九件の決議を採択したが、特記すべきことは、本年以降から国連特別基金が発足を見るに至つたことである。

この特別基金は、年間資金一億ドル程度をもつて低開発国の経済社会開発の基礎的分野に対し技術援助を与えることを目的とする技術援助機関であつて、援助の対象としては、援助要請国にとつて緊要であり、要請国の経済社会開発と資本導入の促進に資し、かつ要請国の他の開発計画と総合調整し得るような天然資源、工業、農業、運輸通信、建築、住宅、教育、保健、統計および公共行政等各分野における開発計画が挙げられている。援助方法としては資金に限度あるので、さし当りは、調査、研究、訓練、デモンストレーション等を行う予定であり、具体的には専門家の派遣、施設やサーヴィスの提供等の外、研究所、訓練センター等の設置、フェローシップの授与などが考えられている。そしてこの基金の管理運営に当る最高機関としては、先進国および後進国各九カ国、計十八カ国で構成された管理理事会が設けられている。

しかしながら今次総会でこのような基金の性格が決定するまでには相当の波乱があつた。まず前総会の決議に基いて設立されたわが国を含む十六カ国の特別基金準備委員会が、昨年三、四月に会合し、基金の機構、援助対象および基金に対する各国の拠金見込を研究調査した上、その結論を同年七月開催された経済社会理事会の承認を得て今次総会へ報告した。

総会で決定した基金は、全く準備委員会報告のままであつたが、後進国側は、基金を単なる技術援助機関に止めず、将来SUNFED(国連経済開発特別基金)が設置される場合の足がかりとして強く残すこと、および管理理事会の選出機関は準備委員会報告の十八カ国からなる経済社会理事会とせず、むしろ全加盟国からなる国連総会に変更することを主張した。

これに対し先進国側は、準備委員会報告の線を堅持して全く対立したので、わが萩原委員長は双方の面目をも考慮し、双方の案を棚上げにし、別個に双方の主張の相違を整理した委員長案を提出し、これによつて問題を審議させることに委員会を導いた。また管理理事会選出機関については、わが国が希望していたとおり経済社会理事会とし、SUNFEDとの関係はこれを将来検討させることに妥協せしめて、基金成立に貢献した。

その後特別基金と、等しく技術援助機関である拡大技術援助計画の双方に対する拠出金申出会議が開かれ、両事業に対する資金額を一応固め、次いで管理理事会十八カ国の選挙を行つた。わが国は拡大技術援助計画に十三万五千ドル、特別基金に四十八万ドル、計六十一万五干ドルを国会の承認を条件に拠出する旨申し出た。右金額六十一万五千ドルは全体としては十数番目に位するが、わが国の従来の拡大技術援助計画に対する拠出十三万五千ドルの四倍半に当り、これによつてわが国が後進国援助に熱意を有する点を印象づけたことと国連におけるわが代表団の活躍とが高く評価された結果、わが国は管理理事会の先進国側の一員として選出(抽せんの結果、任期は本年一カ年間)されるに至り、こゝに特別基金を通じて後進国の経済開発援助に寄与しうることとなつた。

なお第一回管理理事会は本年一月二十六、二十七日にわたり開催され、基金発足に伴う手続的準備を整えた。

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8 社会人権問題

社会人権問題は第三委員会において審議され、わが国からは藤田たき氏が昨年に引続き代表として同委員に出席上の、積極的に討議に参加した。

同代表は経済社会理事会報告の審議に際し、同報告が一般的に社会問題より経済問題に重点をおいているが、両問題はいわば車の両輪であり、その意味でむしろ前者を重視すべきはもちろん、経済社会理事会の事業としても社会的要因と経済的要因の相互関連の研究こそ、今後取上げるべき重要課題の一である旨を主張した。

この第三委員会では人権規約案のほか民族自決、報道の自由等の諸問題が審議された。人権規約案についてはたまたま世界人権宣言十周年にあたつていた関係もあり、数年来審議を行つてきた本規約案の審議の促進が大いに期待され、委員会の会期の半ばもこれに充当されたが、結局わずか条五カ条の審議を終了するに止まつた。

民族自決については、人権委員会の作成した規約案中、天然資源についての恒久的主権も自決権の基本的要件をなすものとしいる点に鑑み、この分野における各国の実情調査および当該権利の強化を図るための勧告を任務とする委員会を設置することが決議されたことが注目される。わが国は、同案に賛成するとともに、当該権利の行使に当つては国際社会の平和と協調を尊重すべき旨を指摘した。

報道の自由については関係条約案を次期総会で審議する決議が行われたが、本件についてはかねてから報道の絶対的自由を主張する米国その他の自由諸国と、戦争の誘発等一定の報道の禁止を主張するソ連圏諸国とが対立していた。わが国としては、報道の自由についての基本的な考え方の一致をみないまゝに条約案の審議に入ることは時期尚早であるとの立場から、右決議の表決に当つては棄権した。

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9 専門機関における活動

わが国は、国際労働機関(ILO)、国連食糧農業機関(FAO)、国際民間航空機関(ICAO)等八つの専門機関に理事国の地位を占め、それぞれの専門分野で国際協力の実を挙げてきている。

なお一九四八年ジュネーヴにおげる国連海事会議で作成され、未発効のまま十年を過していた政府間海事協議機関(IMCO)条約は、昨年三月わが国の加盟によつて条約上の発効要件が満たされたので発足の運びとなり、本年一月ロンドンで同機関創立総会が開催された。わが国は右総会において理事国に選出された。右新機関の発足により専門機関は合計十二となり、わが国はその総べてに加盟している。

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