○国際連合第十二回総会本会議における藤山外務大臣(首席代表)の一般討論演説

議長閣下、代表各位

まず私は、第十二回総会議長に選挙されたニュージーランド代表サー・レスリー・マンローに対し、わが代表団よりのお喜びを申し上げたいと思います。われわれ日本にとつて太平洋の隣国であるニュージーランドの代表が名誉あるこの地位に選ばれたことに対し、特に祝辞をのべるとともに、議長がその卓越せる識見と国連における輝かしい経歴により、その困難な重責を必ず立派に果されることを確信するものであります。同時に、われわれは、今会期の総会議長選挙にさいし、マリク・レバノン外務大臣が示された雅量に対して深甚なる敬意を表するものであります。

議長閣下

国連憲章の原則と精神の尊重は、わが国是であり、日本国民は、国連の基礎がこんごますます強固となつて、名実ともに真の世界平和の維持機構に成長発展することを願望してやまないものであります。

わが国は右の基本方針に則り、加盟国の一員として、またアジア諸国の一員として、国連の各機関とその事業に積極的に参画することにより、ますます国連協力の実をあげ、世界平和の維持促進にできる限り貢献せんとするものであります。

議長閣下

私は、第十二回総会へき頭にあたり、国連の当面する諸問題に関し、わが代表団の所見をのべたいと思います。

われわれは緊急総会に引続く第十一回総会で中近東における戦闘行為の停止に成功し、いまやスエズ運河が自由な航行に再び開放されたことは、国際連合の権威と威信を著しく高めたものと考えるのでありますが、国際連合の努力により回復されたこの平和は、こんごも国際連合により恒久的に維持されるよう努力が払われねばなりません。

議長閣下

わが代表団は、中近東における事態拾収のため事務総長が払われた多大の努力に対し、この機会に賛辞を呈するとともに、緊急国連軍派遣を提案されたカナダ代表団および右派遣に貢献せられた国々の代表団に対し満腔の敬意を表するものであります。

議長閣下

わが代表団は、自由と正義が民主的諸原則に基いて確立されない限り、国際社会における平和は確保されないと確信しており、まずこの点に関連して、私はあの最も不幸な事件、すなわちハンガリー問題を想起せざるを得ないのであります。総会は昨年の秋いらい本年にかけ、ハンガリー問題の処理のため、多くの決議を採択し、憲章の精神により、公正妥当な措置を関係当事国に勧告しましたが、けつきょくわれわれは所期した結果を突現し得なかつたのであります。国連総会における勧告が強制力を有せず、その実施が関係当事国の意思如何に委ねられていることは、一応現在における総会の限界を示すものとしてやむをえないことではありますが、われわれはこの不幸な経験を忘却すべきではなく、総会強化のための良き教訓として真剣に検討すべき問題であると考えます。わが代表団は、この点に関する事務総長報告の趣旨に賛同するものであり、こんご憲章の改正等の機会に、この問題が加盟国全体の平和維持への熱意と良識とにより改善されることを期待するものであります。

議長閣下

国際平和の問題は国際安全の問題と不可分のものであります。この意味において、すべてり国家は、国際迎合を通じて、実行可能にしてかつ、有効な国際管理の下に軍備縮少、特に核兵器の廃止を実現するために協力すべきであると考えるものであります。日本政府および国民は、前総会の後に再開された軍縮少委員会のなりゆきを、多大の希望と重大な開心をもつて見守つて来たのであります。この軍縮小委員会においては、戦後はじめて関係国間に目立つた歩み寄りの機運が動き、世界各国民は、こんどこそは国際の安全を保障するに足る一般的または部分的軍縮協定の成立により、核兵器戦争の悪夢より逃れるものと強い期待を寄せていたのであります。しかしながら、かかる期待にもかかわらず、小委員会における審議が本総会までに具体的な成果を得られなかつたことに対し、われわれは強い失望の念を禁じ得ないのであります。日本国民は核兵器戦争のもたらす惨禍を他のいかなる国民よりも身近かに知つております。しかも、かかる不幸な経験を将来いかなる国民にもまたと経験させないために、全人類に向つて純粋に人道的見地から、解決の方策を提唱する義務があると信ずるものであります。われわれは、国際連合が当面する最も重要な課題である軍縮問題が、人類の将来を破滅または繁栄の岐路に立たしめる重大要素であることを深く認識する要があります。軍縮問題は、その意味において、決して少数の関係当事国のみの問題ではなく、全加盟国、いな全人類の日夜念頭を去らぬ問題であります。本問題の解決策は決して、関係大国間の戦術、戦略的考慮によつてのみ律せられるべきものではなく、ましてや軍縮交渉を一国の政治的宣伝に利用するが如き試みは断乎として排撃されねばなりません。われわれは、本件解決の成否が真に人類の現在および将来にわたる運命を握るものであることを深く心に銘じ、関係大国が真に謙虚な気持をもつて、あらゆる政治的困難を克服しつつ、和解と相互信頼の上に速かにその解決策を見出されんことを特にここに訴えるものであります。

さらに本問題の包蔵する問題の重要性および複雑性にかんがみ、その解決方式としては、軍縮の各分野におけるバランスを考慮した包括的協定が望ましいことは申すまでもなく、西欧側提案が右の点を重視しつつ核実験停止を包含した点は、わが代表団と致しましては満足して歓迎するところであります。日本国民および政府は、その体験とそれから演繹する人道的見地から、核爆発の実験停止の実施を最も重視し、これは軍縮の他の分野に比し格段に緊切な必要性をもつものと確信しております。日本政府と致しましては、実験の停止が、管理・査察制度の如き合意せられたる必要なる条件の下に関係当事国の善意と信義の下に実施せられた場合には、必ずや軍縮全般の推進に好影響を与えることを信じて疑わないものであります。従つて、わが代表団としては、本問題に関し、今次総会がなんらかの解決策に到達し得るようあらゆる努力を致したいと思います。

私は、軍縮の面においては核物質の管理に関し未だに解決に到達し得ないにもかかわらず、平和利用の面に於てはすでに国連の下に国際原子力機関により核物質の管理制度が確立されたことをまことに力強く感ずる次第であります。国際原子力機関の事業の発展がまさに核兵器の生産禁止への努力を側面より援助することなることを期待するものであります。

議長閣下

わが代表団は、他の代表団とともに、この総会に、新たな加盟国としてガナについでマラヤ連邦を迎えたことに対して心から歓迎の意を表明したいと思います。私はマラヤ連邦が光栄ある独立の下に進歩と繁栄の道を歩まれることを確信し、またさらに国際連合の一員として世界の平和と民主的自由の確立のため、重要な役割を果すであろうことを信じて疑いません。今日アジア・アフリカ地域の諸民族が持つている共通の課題は、民族の独立と、その政治的独立を裏付けるための社会的、経済的進歩に対する欲求であります。自由と独立とより良き生活水準の達成のため、自らの手によつて自らの将来を形成して行こうとするこれ等諸民族の決意と努力に対し、日本国民は多大の敬意を払うものであり、またアジアの国民としての日本国民は、かかる希望と欲求に対して共感を覚えるものであります。かかる独立の達成は、民族自決の原則と精神に則り達成せられねばならぬことは申すまでもありませんが、わが代表団といたしましては、民族自決の原則をめぐる紛争の処理にあたりましては、当該地域住民の願望を尊重しつつその基本的人権および自由の確保と福祉の増進を第一義としなければならないと考えるものであります。住民の願望と相反する体制は永続性を欠き、必らずや破綻を来し、ひいては平和を撹乱する原因となりましよう。この原則が尊重される限り、具体的な解決方式については、それぞれの歴史的背景および事情に応じ個別的に検討されるべきものと考えます。同時に、独立達成の過程にある諸民族の側においても、偏狭と独断を排し、寛容と信頼の上に政治的、経済的、社会的進歩を達成する要あることを確信するものであります。

議長閣下

新独立国マラヤの国連加盟にさいし、私は、分裂国家の問題を想起せざるを得ないのであります。戦後十二カ年を経た今日、なお国家分裂の事態が継続している韓国、ヴィエトナムおよびドイツに対してわれわれは深甚の同情を禁じ得ないものがあります。われわれは、これ等の国家が平和のうちに自由な民主的方法により一日も速やかに統合の成果をあげるとともに国連の加盟国として近くこの議場に参加することを祈る次第であります。

議長閣下

次に最近の世界経済の動向と低開発地域の問題について、わが代表団の所信を述べたいと思います。世界貿易全体としてみればここ数年らいかなり大きな伸張が見られたとはいえ、先進工業国と低開発諸国とでは、その伸張に相当大きな開きがあり、なかんずく食糧および農産原料の輸出に大きく依存する低開発国においては、その先進工業国に対する輸出が停滞ないし減少の傾向にあることを見逃し得いのであります。こうした傾向が今後も続くならば、先進国と後進国との経済発展のテンポの較差はますます大きくなり、ひいてはそれが世界の政治経済の不安定要因にならざるを得ないでありましょう。右のような傾向と関連してさらに注目しなければならないのは、最近世界の大部分の国の対ドル収支が再び悪化してきたことであり、そして、それが東南アジア等の低開発地域において著しいことであります。この根本的な原因は戦後の世界貿易構造の変化に帰せられるのでありましようが、低開発国がこうした変化に適応するのには相当の期間を要するものと見なければなりません。従つて、この間に不均衡のますます増大することを避けようとするならば、この際先進国が自ら積極的に調整に乗出すことが必要であります。その調整手段は、先進国が輸入上の諸制限を極力撤廃するとともに、低開発国に対する政府および民間資本の流出を推進するよりほかないと考えますが、わが代表団といたしましては、特に貿易収支が巨額の出超を続け、外貨の準備に十分な余裕のある国が、この点に関して認識を深められんことを切望してやまない次第であります。

さらにわが代表団といたしましては、低開発地域の開発に必要な資本、技術の導入が、ややもすれば、種々の政治的理由により満足に進展していない事実を看過し得ません。世界平和の維持促進のためには、目前の政治的要因のために低開発地域の発展進歩を等閑に付してはならないのであります。その意味において、私は国連が数年来国連経済開発特別基金(SUNFED)の設置に真剣な努力を重ねて来たことに敬意を表するものであります。

わが代表団としては、関係国が十分にその議を尽し、発足の暁には真に有効な成果をあげ得るようあらじめ万全の準備を完了し、その発足の喜びを見るよう期待するものであります。

議長閣下

世界の平和はアジアの平和なくしては期待できず、アジアの平和の確保はこの地域の経済的繁栄と社会的福祉の招来なくしては期待し難いと思います。わが国はこの意味においてアジア諸国のみならず、他の地域の友好諸国とも手をたずさえてアジアの繁栄と福祉を実現することにまい進する覚悟を有するものであります。

次に、通商の自由化すなわち人為的かつ偏狭な利己的立場による貿易上の制限の撤廃は、世界経済の繁栄と安定のための不可欠の条件であり、われわれは、この面における国連の事業に対し深い関心と熱意とを有するものであります。われわれは、貿易を通ずる各国間の協力が世界の国民生活を維持するための唯一の方法であることを全加盟国代表に強く訴えたいのであります。

議長閣下

最後に人口問題につき一言したいと思います。今日の世界には国内を開発し尽してなお人口の過剰に悩む国と、未開発の土地と資源を有しながら開発のための人的資源を必要とし、そのため移民の受入れを希望している国とがあります。私は、国際連合がこの二つの種類の国々の間に立つて調整の役割を果し得るものと考えます。これら人的資源を必要とする地域のために、国際連合がその種々の機関を通じ、関係国の同意の下に過剰な労働力、技術及び資本を利用し得るようあつせんに当ることを希望するものであります。さらに将来は移住が世界各国間に一そう自由となることを希望せざるを得ません。わが代表団がこれらの希望を表明するのは、世界の人口問題の解決は決して関係国のみの利害でなく、世界全体の福祉をもたらすと確信するからであります。

議長閣下

以上、私は今次総会の最も重要な議題についてのわが代表団の基本的態度と希望についてのべました。私は今次総会が貴議長の下に多大の成果を収めることを希望するとともに、わが代表団も右希望達成にあらゆる努力を捧げたいと考えるものであります。

目次へ