○第二十八回国会における岸内閣総理大臣施政方針演説(外交に関する部分)
現在、世界の平和は、東西両陣営の間の力の均衡によつて保たれておりますが、最近における軍事科学の進歩は、相互に相手を追い抜こうとする激しい競争を招いてとどまるところを知りません。このような、力による安全の保障が、一時的な平和維持の役割を果していることは事実でありますが、これによつては、決して、恒久の平和はもたらされないことも明らかであります。いかにすれば、真の平和を、もつと安定した、もつと恒久的な基礎の上に築くことができるか、これこそ、今日、全人類が当面している最大の課題であり、わが国にとつても、国家の安危にかかわる政治の眼目そのものであります。わたくしが、機会あるごとに、核実験の禁止を全世界に向つて強調し、また、このたび、わが代表が、国際連合安全保障理事会の席上において、大国間における拒否権発動の制限をうつたえたのもこのためであります。平和への途には、幾多の障害が横たわつておりますが、平和を求める全人類の要望は、今や無視することができない声となつております。こうした見地から、わたくしは、いわゆる東西最高首脳会談も、実現の機運を進めてゆく必要があると思います。
このような国際情勢にのぞむわが国の外交は、国際連合を中心とし、自由諸国との協調を図り、アジアの一国としての立場を堅持するという三原則を貫くことはもちろんであります。特に、国際連合安全保障理事会の一員としての地位と役割にふさわしい活動を展開し、わが国の安全を確保するとともに、すすんで世界の恒久平和の達成に最善を尽す覚悟であります。
当面する東西の緊張の中にあつて、アジアは、その歴史にかつてみない重要な地位と役割をもつにいたりました。いまや、アジアは、世界を動かす新しい原動力であります。これらの国国の大部分は、過ぐる大戦によつて、大きな痛手を受けたのであり、また、この戦争を契機として、永年にわたる隷属から解放されたのであります。
アジアへの関心の故に、わたくしは、二回にわたり、各国を訪問し、戦争中の出来事に対し、心から遺憾の意を表するとともに親善の復活に努めてまいりました。これによつて、アジア諸国民の間にわだかまる感情は、ぜんじ、やわらぎ、わが国に対する信頼と協力の念は、一段と深まつたことと信じます。
これらアジアの各国が、民族の希望を托した新しい国旗の下において、それぞれ真剣な努力を傾けているすがたをみて、わたくしは、深い感動を覚えました。しかしながら、反植民地主義の旗印の下に結集する民族主義運動は、ともすれば国際共産主義宣伝の場に利用されがちであり、その原因が、主として、経済基盤の弱さと、国民の生活水準の低さにあることを見逃がしてはなりません。わたくしが、多年の懸案であつたインドネシアとの賠償問題の早期解決を図り、また、東南アジア開発のための諸計画の早急な実現を提唱しておりますのは、このような見地に立つからであります。
韓国との間に恒久的な友好関係を熱意をもつて築こうとしているのも、アジア連帯の自覚によるのであります。新しきアジアが、その復興と繁栄を通じて、相互の連けいを強めることこそ、世界の平和を達成する途であります。
アジア外交は、特に力を注いでゆこうとするところでありますが、自由諸国、特に米国とは、昨年夏のわたくしとアイゼンハワー大統領との会談に基く日米共同宣言の趣旨にそつて、一貫して協調を保つてゆく方針であり、両国間における諸懸案についても、さらに、相互の立場の理解を深め、卒直な話合いを続けることにより、逐次合理的な解決を図るよう努力を続けたいと思います。
なお、繰り返し強調してまいりました外交の三原則の今後における展開については、その詳細を、外交演説にゆずります。