三 最近における通商、貿易上の諸問題
通商航海条約および通商に関する条約関係 |
交渉の経緯
昨年六月に派遣した日ソ交渉打合せ団(第一号一一七頁参照)は、在ソ日本大使館との連絡、ソ連側関係機関との接触、ソ連側事情の調査等に多大の成果を収め、七月に帰国した。これで日本側の準備も最終的に整つたので、八月中旬先方に対し、九月上旬から東京で、正式通商交渉開始方を申し入れたところ、ソ連側もこれを応諾の上、セミチャストノフ貿易次官を団長とするソ連政府代表団を東京に派遣し、わが方広瀬公使を代表とする代表団との間に、九月十二日から交渉が開始された。
わが方としては、さし当りまず両国貿易を軌道に乗せ、貿易を拡大することができるような実際的な協定を結ぶことを意図し、できれば交渉範囲を貿易および支払協定の締結に限定すべきことを意図していたが、ソ連側は、通商および海運に関する事項(通商代表部の地位に関する附属規定を含む。)を併せて審議することを提案した。わが方としても両国間貿易の基礎条件を明確に定めることは望ましいことであり、また国交回復に関する日ソ共同宣言第七項で、このような条約または協定をすみやかに締結すべきことを規定しているのにかんがみ、ソ連側提案に同意した。そして日ソ間貿易および支払に関する協定締結交渉と併行して、この日ソ間通商に関する条約の締結交渉に応ずることとした。
日ソ間通商に関する条約の締結交渉は、本会議のほか通商、海運、通商代表部等の諸分科委員会に分れて行われたが、十二月三日の最終本会議をもつて約三カ月にわたる交渉を終り、十二月六日に、わが方全権委員特命全権公使広瀬節男、先方全権委員セミチャストノフとの間で新条約の署名調印が行われた。(日ソ間貿易および支払に関する協定も同時に署名された。)この条約は、国会の承認を得た後、批准書の交換の日に効力を発生する。
条約の内容
この条約は、前文、本文十五カ条および末文、ならびに条約と不可分の一体をなす附属書から成つている。有効期間は五年であるが、その後も廃棄手続に従つて廃棄されない限りは、有効である。
内容としては、関税、関税事項に関する規則等に関する最恵国待遇、第三国を通過して来た産品に対しても直接に輸送された場合と同じ待遇を与える旨の規定、内国税、輸入産品の国内販売等に関する最恵国待遇、一時的輸出入品に対する関税免除の最恵国待遇、以上の諸事項についての特典、軽減等に関する最恵国待遇、輸出入禁止制限の無差別待遇(ただし、国際収支上の理由によるものの特例がある)、船舶の出入港、相手国港湾における取扱に関する最恵国待遇、沿岸貿易に関する留保、海難救助に関する内国民待遇、通商代表部の設置、法人の互認および自然人、法人の身体財産の保護に関する最恵国待遇、国家の重大な安全上の利益の保護措置に関する留保、仲裁判断の執行等の諸事項が規定されている。なお、通常の通商航海条約等に規定される出入国、滞在、事業活動、財産権の取得等に関する事項については規定されていないが、これは、日ソ両国の経済社会体制が根本的に相違し、これらの事項について、一定の待遇供与を約すことが困難なためである。また、この条約が通常の通商航海条約と相違している点として、海難救助の規定を除き、内国民待遇を規定せず、最恵国待遇だけを規定している点があるが、これも日ソの経済、社会体制の相違によるものである。
また、附属書は、日本に設置される通商代表部の権利、義務に関し詳細に規定したものである。
なお、この条約が批准書交換により発効すれぱ、日ソ両国間で締結される最初の通商に関する条約となる。すなわち、戦前でも、日ソ国交樹立後、数回にわたり通商に関する条約または協定を締結する交渉が行われたが、諸般の事情のため、発効したものはついに一つもなかつた。思うに日ソ両国は、海一つを距てた隣国であり、今後とも密接な関係が存続するものであるが、この条約の締結によつて、両国間の通商に関する基礎的事項が詳細に定められることは、今後の両国間通商の安定と発展のために、大きく貢献するであろう。
交渉経緯および取極内容
わが国とフィリピンとの貿易関係は、一九五〇年五月、当時のSCAP(連合国最高司令官)とフィリピン政府代表者の間で締結されたオープン・アカウントに基く貿易金融協定により律せられてきたが、昨年七月末、日比両国政府の希望によりこのオープン・アカウント協定を終了せしめたので、同年八月一日以降は無協定状態のまま、貿易そのものは、ドル現金決済ベースに切替えられ行われてきた。これよりさきわが国としてはこのような無協定状態をさけるため、昨年五月マニラで通商交渉を開始したが、交渉はフィリピン側の国内事情等もあつて、遷延を重さね、旧協定の有効期間中に妥結することが出来なかつた。ところが昨秋、岸総理のフィリピンの訪問を機会に交渉は急進展し、昨年末両国政府間に合意が成立した。そこでこれに基き本年一月七日わが湯川駐フィリピン大使とセラノ・フィリピン外相代理との間で書簡交換が行われ、同日これに伴う共同コミュニケが東京とマニラで同時発表された。
交換書簡の主な内容は次の通りである。
(1) 輸入手続および規則ならびに関税およびこれに関連する手続に関し、無差別待遇の原則に従う。
(2) 無差別待遇の原則はフィリピンが米国の産品に対し与えている関税上の待遇には適用せず、また、サンフランシスコ平和条約第三条に掲げられた南西諸島およびその他の諸島の産品に対し、日本が与えている待遇には適用しない。
(3) 両国は、国際通貨基金協定の規定に基いて認められる為替に関する制限措置をとることを妨げられない。
(4) 両国は、相手国の輸出入管理、為替管理およびその他の貿易決済管理に従うよう努力する。
(5) 合同委員会を設置し、この取極の実施について協議するために少くとも三カ月に一回マニラまたは東京で会合する。
(6) この取極は、書簡交換の日すなわち一九五八年一月七日に効力を生じ、かつ、双方の合意により改正することができ、また、六十日の文書による予告をもつて終了させることができる。
交渉上の問題点および交渉妥結の意義
以上の通りこんどの交渉は昨年五月交渉開始いらい八カ月の長期間を要してようやく妥結を見た次第であるが、取極の内容は、前記の通り、関税および輸入手続事項等純貿易関係事項に限られた。
わが国としては、この貿易関係事項ばかりでなく、邦人の入国、滞在、支店設置、事業活動、海運等の各事項についても、早急に合意する必要を認めこんどの交渉にも最初からこれを規定することを主張したのであるが、フィリピン側は国内事情から、こんごの交渉を貿易関係事項のみに限定することを強く主張したので、わが方としてもやむなく、前記事項の交渉はこんどの交渉の終り次第速かに開始することを条件に交渉から落した経緯がある。
このほかこんどの交渉で一番問題になつた点は次の三点であつた。
(イ) 関税の最恵国待遇規定でわが方は無条件最恵国待遇を要求したのに対し、フィリピン側は、条件付を主張したため、けつきょく交渉最終段階では、最恵国待遇規定とせず無差別待遇の原則に従うという表現に変つた。
(ロ) 輸入手続および規則について無差別待遇の原則に従うことには、わが国としてももちろん異存ないが、わが国が国際通貨基金協定により認められている為替上の制限措置をとることが妨げられるものではないと主張したのに対し、フィリピン側はこのわが方の主張はこれを認めつつも、これによりフィリピン側物資の対日輸出に対し、著るしい影響を及ぼす場合には、フィリピン側も国内法の規定に基き対抗措置を講じ得ると反論した。わが方としては、この反論に対し最後まで反対した結果、フィリピン側が譲歩し、前記(3)のようにわが方原案に同意した。
(ハ) さらに対米特恵除外に関し、フィリピン側は関税ばかりでなく輸入手続および規則にまで将来対米特恵を認める場合、これを日本にはきんてんせしめないという主張であつたが、わが方としては対米特恵除外は関税事項に限るべしと反論し、けつきょくわが方反論通りの規定となつた。
こういうわけでわが国として最も関心の深い入国、滞在、支店設置、事業活動、海運事項等について、こんどの交渉で取極が成立しなかつたことはまことに残念である。しかし両国政府とも、こんどの交渉の過程で前記諸事項について最恵国待遇の許与を根幹とする通商航海条約の早期交渉開始および締結の希望を表明しているので、こんどの取極はこの目標に達する一つの段階として評価すべきであると同時に、昨年八月以降の無協定状態を脱し、両国の貿易関係をより強固なかつ拡大した基礎の上に置こうという両国の希望を表わしたものとして、さらにまた両国間の友好関係を一そう発展させる上の重要な要素となるものとして、そのもつ意義は大きいといえよう。
本年一月二十日調印された日本・インドネシア間平和条約は、その第三条で、両国が今後その経済関係の緊密化を希望することをうたうとともに、(a)両国間貿易、海運、航空その他の経済関係を安定したかつ友好的な基礎の上に置くために、条約または協定を締結するための交渉をできる限りすみやかに開始することおよび、(b)この締結までの期間中、両国は、相互間の貿易、海運その他の経済関係の分野でいかなる第三国に与える待遇に比較しても無差別な待遇を相互に与えることを規定している。
これにより、従来からわが国の貿易相手国として極めて重要な意味をもつ同国との通商関係の安定化の基礎が築かれたものと考えられるので、その意義は極めて大きい。