二 わが国外交の基本的態度
昨年夏「わが外交の近況」第一号においてわが国外交の三原則が示されたのに対し、これら三原則は相互に矛盾するのではないかとの疑問、あるいはこれら三原則は実施不可能であるとの批判が多く聞かれた。この疑問ないし批判に答えるため、三原則の意味とその相互関連性について補足説明することとしたい。
わが国の国是が自由と正義に基く平和の確立と維持にあり、この国是に則つて、平和外交を推進し、国際正義を実現し、国際社会におけるデモクラシーを確立することが、わが国外交の根本精神であることは言をまたない。
「国際連合中心」、「自由主義諸国との協調」、「アジアの一員としての立場の堅持」という三つの原則は、この根本精神の外交活動における三つの大きな現われ方を示すものにほかならない。
国際連合は、その憲章が示す通り、国際の平和および安全を維持し、国際紛争の平和的かつ正義に基く解決を実現し、諸国間の友好関係を発展して世界平和を強化する措置を講ずる、等の目的を果すための国際機構であり、これらの目的は冒頭にのべたわが国外交の根本目標と完全に一致するものである。従つてわが国は、国際諸関係をすべてこの国際連合の精神に基いて規制し、国際連合がその権威を高め活動を強化し、その使命の達成にさらに前進するよう努力するものである。
しかしながら、国際連合がその崇高な目標にもかかわらず、所期の目的を十分に果すにいたつていないことは、国際政治の現実として遺憾ながらこれを認めざるを得ない。このようなさいに、わが国としては、一方において国際連合の理想を追求しつつも、他方において、このような現実を考慮に容れた措置として、自由と正義に基くデモクラシーの確立という目標においてわが国と志を一にする自由民主諸国との協調を強化し、もつてわが国の安全を確保し、ひいては世界平和の維持に貢献しようとするものである。
このようにして、世界平和の確立に努力するわが国にとつて、最も重要かつ緊切なことは、まず身近かなアジアにおいて平和を確保することであることはいうまでもない。そしてアジアに平和と繁栄をもたらすためには、アジアの諸国が共同した努力を払う必要がある。
わが国はアジアの一員であり、アジアはまたわが国と深い地理的、歴史的、文化的、精神的紐帯によつて結ばれている。かかるさい、わが国としては、アジアの諸国が当面する問題には深い同情を有するものであり、アジアの一員としての立場から、進んで協力の手をさしのべ、わが国を含めたアジア全体が自由と正義の原則の下に独立性と共同性を高め、一歩一歩繁栄をかち得るよう、貢献するとともに、国際社会においてアジアの立場を明らかにし、アジアの地位の向上をもたらすことに努め、かくしてアジアが自らの平和を確保するとともに、世界平和維持の大きな要素となることを念願するものである。
このように、わが外交の三原則は、三原則といつても、すべて等しく国際社会に自由と正義に基くデモクラシーを確立して平和を維持し、このような世界平和の中に自らの安全と発展を確保しようという、一つの根本精神に貫かれているのであつて、なんら相互矛盾するものではない。
ただ、現実の国際政治においては、必ずしも三原則をそのまま字義通りに適用し得ないような事態も起り得べきことは認めざるを得ない。特に問題とされるのは、アジアにある植民地またはかつて植民地であつた国における反植民地主義運動と、アジア地域において両陣営いずれにも属しないとの立場をとつている国をめぐる問題であろう。前者については、わが国としてこのような反植民地主義運動には十分な理解を持つものであり、その主張貫徹の方法があくまで穏健着実である限り、自由と正義の立場からできる限り目的の実現を期待するものであり、またもし方法が過激に傾くような場合があれば、善意の助言を与えるにやぶさかでない。また後者については、その立場はわが国と異なるとはいえ、それらの国の特殊事情にかんがみわが国としても理解し得るところであつて、それが自由諸国との間に無用の摩擦を起し、前にのべたようなアジアの平和と繁栄への阻害とならないよう、相互理解の促進に努めたい。このようにして、冒頭に述べた外交の根本精神に徹するとき、わが外交は一貫した方策をもつて進め得ることは明らかであろう。
「国際連合中心」の原則を実行に移すに当って、わが国は、次のような立場をとつてきた。
まず、国際連合が全世界の国家間の最大の話し合いの場所であることを念頭に置き、政治、経済、社会、文化、人道のあらゆる問題に対し積極的態度をとり、わが国の国際連合に対する熱意を示すことに努めてきた。国際連合への加盟は、必然的に、国際社会の一員としての国際社会への積極的貢献を伴わなければならない。この積極的貢献の意思なくして国際連合に加盟することは、無意味である。かかる決意を新たにして加盟したわが国は、実際に、この熱意を世界の前に実証する必要がある。国際連合は、周知のとおり、世界のあらゆる問題がとりあげられる唯一最大の話し合いの場所であるから、いかなる問題についても積極的に討議に参加し、理解と同情ある態度をもつてその解決のために建設的な努力をつくさなければならない。わが国は、かかる立場に立って行動した。
次に、わが国の立場、主張を国際連合を通じて広く世界に認識させることに努めてきた。国際連合は、大小各種の国家の集合体であり、各国の人種、言語の異なるように、多岐多様な国情、思想、立場を包摂している。国際連合のこの多様性は尊重せらるべきであり、各国は、この多様性を念頭に置いてあらゆる問題に理解と同情ある態度で対処することが要求される。わが国も、このような態度で世界の問題に対処する一方、わが国の立場、主張をよく世界各国に認識させる必要がある。今日ではいかなる主張も、国際世論の支持なくしては、その実現の困難なことは自明の理であり、その意味において、国際連合は、わが国の立場、主張を広く世界に認識させ、国際世論の支持をうるために最も適当な場である。わが国は、かかる立場に立つて行動してきた。
最後に、具体的な問題の解決に当つては、「自由主義諸国との協調」、「アジアの一員としての立場の堅持」というわが国外交の原則に考慮を払つて行動することに努めてきた。この原則については、すでにのべた通りであるが、国際連合における活動もわが外交活動の重要な一面である以上、この原則が国際連合におけるわが活動に反映することは当然である。かくして、わが国は、AAグループの一員としてアジア・アフリカ諸国の立場に同情と理解を示すとともに、西欧諸国との協調をはかり、国連憲章の目的と原則に従つて、つねに公正妥当かつ建設的な解決案を考慮し、各利害関係国の説得に努めた。その結果、西欧諸国とAA諸国の双方から信頼をかち得、もつて国連を通じてわが国の国際的地位を向上せしめた。
第十二回総会におけるわが国の活動が海外でもひろく認められたことは、ロンドン・エコノミスト(一九五七・一二・二八)の次の論評でも明らかである。
「国連内において達成された多くの妥協は、自然に生れたものではなく、努力の結果困難を克服して得られたものである。国連内においてこの妥協の使命のために貢献した国は、スカンディナヴィア諸国、カナダおよび加盟いらい注目すべき業績をあげている日本である。」
せまい国土に膨大な人口を擁し、大量の食糧並びに重要原材料の大部分を海外に仰がざるを得ないわが国にとり、その経済の維持、発展に貿易が死活的な重要性を持つことは、いまさら賛言を要しないが、優秀な技術と豊富な労働力をもち、高度に発達した産業を有するわが国にとつては、自由競争による物資と技術の国際的交流の機会がより多く与えられることが、貿易伸張のための先決問題である。
ところが国際貿易の現実を見ると、ごく少数の例外を除き世界各国は外貨不足のため為替管理を行うとともに、国内産業の育成、保護の要請から高率関税、輸入割当等の人為的な障壁を設け、政府が直接、間接に貿易を管理している状況で、戦後の世界貿易の自由化はOEEC(欧州経済協力機構)諸国間のそれを除き遅々として進んでいない。かかる一般的貿易障害に加え、多くの国は日本品の競争力に対する伝統的ともいえる危倶から、差別的制限を課しているので、わが国の貿易条件は、世界の主要貿易国に比べ一そう不利な地位に置かれている。従つてわが国としては、業界の自粛によつて過当競争による弊害を防止するとともに、あらゆる機会を捉えて世界的な貿易自由化、差別的制限の撤廃を主張すべきことはもとよりであるが、単に理想論を振りかざすのみではこの目的は容易に達成し得るものではなく、忍耐強く個々の貿易障害を政府間の外交折衝によつて、一歩一歩除去して行くことが、わが国の貿易振興施策の中で極めて重要であることはいうをまたない。これらの経済外交交渉においては、自国の主張を一方的に貫き得るものではなく、相手国の政治、経済事情を十分に把握し、綿密な計画、方針の下に相手にも与えるべきものは与え、また場合によつては一挙に懸案の解決をはかるより、多少なりとも現実的な利益を数回の交渉により積み重ねて行く心構えも必要である。なお、相手国の外貨事情等も考慮し、長期的な輸出入市場確保の見地から、海外投資、借款供与、技術協力等を推進して通商関係を補強する必要はこんごますます大きくなるものと考えられ、外国政府相手の経済交渉には、短期的、かつ直接的効果と長期的、間接的効果の双方を十分に勘案しなければならない。またこれらの二国間の交渉のほか、ガット等の国際機関を通じ多角的基礎の上に立つてわが国の貿易条件の改善をはかることが、戦後の経済外交の重要施策であることも看過し得ない。
次に経済外交の各分野について一言すれば、まず人、物資、技術、資本等の交流を安定した基礎の上におくために通商航海条約の締結が必要であり、現実の商取引を促進するためには、貿易支払取極の締結が大きな役割を果しているが、最近の傾向として各国の経済開発計画遂行のための国際入札や、金額も大きくかつ支払条件の複雑な取引等については、個々の民間取引にも各国とも政府が介入してくるのを例とするので、わが方においても政府が側面的に相手国政府と交渉して、これを支援する必要が増しつつある。さらに日本品の急激な進出によつて誘発される輸入制限運動や、不公正競争に基くクレームの発生等についても、外国政府が直接これを取上げ、その解決が政府間の外交折衝に委ねられる傾向が強まりつつある。かくて、各国との経済交渉案件は増加の一途をたどつているのが現状であり、それらの交渉の成否がわが国貿易の発展に与える大きな影響にかんがみ、外務省としては経済関係各省の講ずる対内的貿易振興諸施策と呼応し、ますます経済外交を強力に推進している。