総 説
一 国際情勢の推移
ソ連の人工衛星打揚げの影響
昨年八月二十五日ソ連のICBM実験の成功発表につづき、十月四日人工衛星の打揚げに成功したことは、西欧陣営に大きな衝撃を与えた。米英両国は十月二十三日から三日間両国首脳会談を開き、ソ連の軍事、科学攻勢に対する対策を協議し、核兵器並びに誘導弾、弾道弾等のいわゆるミサイル兵器等の分野における協力関係の強化と自由諸国間の科学総動員体制を打出す決意を明らかにした。
やがて十二月中旬この米英首脳会談の結果に基きNATO同盟諸国は、パリにおいて十五カ国首脳会談を開き、軍事、政治、経済、科学の各分野における団結と協力を強化する措置を協議した。
一方共産陣営のがわにおいても、これよりさき十一月中旬ソ連の革命四十周年記念をめぐつてモスクワに、社会主義十二カ国首脳会談と世界六十四カ国共産党代表者会議を開いて、ソ連の軍事、科学上の成功を背景に、共産世界の団結強化をはかつた。そのさい発表された十二カ国共産党および労働者党の宣言は、共産主義体制の優越性を誇示するとともに、共産勢力の団結の必要を強調するかたわら、イデオロギーの面におけるマルクス・レーニンいらいの伝統的闘争を拡大強化する方針を再確認した。
このような情勢を背景としてソ連は、十二月の国連総会において軍縮問題につき、国連加盟八十二カ国の全部が参加する世界的な軍縮会議の開催を要求し、従来の国連軍縮委員会に対しては、たとえその構成が二十五カ国に拡大されたのちにおいてもあくまでこれに反対し、事実上西欧がわとの軍縮討議を拒否する形となつた。
しかしソ連は同時に、西欧がわが前述のNATO首脳会議を開催する前後から、ブルガーニン首相の自由諸国首脳あて書簡あるいはフルシチョフ第一書記の最高会議における演説等の形で、核実験禁止、NATOとワルシャワ同盟参加国間の不可侵条約締結、米ソ友好条約締結、中欧(東西両ドイツ、ポーランド、チェッコスロヴァキア)核非武装化、さては両陣営間の首脳会談開催等、従来のソ連の主張にそつた各種の平和の呼びかけを、自由世界に向つて活発に展開した。それは自由諸国の世論の間に、ソ連の意図するところは、ICBMと人工衛星を背景に、原子戦争の脅威を織りまぜた平和の呼びかけを行うことによつて、自らは共産陣営の結束を固めつつ、自由世界の団結を弱め、自由諸国の防衛努力をにぶらせようとするにある、との警戒心を高めた。と同時に東西軍備競争の激化に伴う国際緊張の増大を緩和するため、ソ連の平和的意図を打診し、東西話し合いの可能性を検討すべきであるとの要望を強めることにもなった。
新事態下における東西間の競争
ソ連の人工衛星打揚げがもたらした国際情勢の新たな発展に直面した米国政府においては、まずアイゼンハワー大統領が十一月七日ラジオを通じ全国民に対し、ソ連の軍事、科学攻勢に対処する政府の決意と方針を明らかにするとともに、国民に挙国一致の努力を訴えた。大統領はまず第一着手として、人工衛星と長距離ロケット兵器の発展を促進するため、新たに科学、工学問題に関する大統領特別補佐官並びに国防長官直属のいわゆるミサイル総監を任命した。
やがてアイゼンハワー大統領は、一月早々米議会に送つた恒例の年頭一般教書において、前述のラジオ放送の線に従い、今後政府のとるべき諸施策に関する基本方針を正式に議会に示して、その支持と承認を要請した。この教書は、その内容がもつぱらソ連の新たな軍事、科学攻勢に対する政府の対策に集中されている点において、例年の教書の型と趣きを異にし、新情勢に対する米国政府の決意のほどを物語るものがあつた。
大統領はこの教書のなかで、現在米国は長距離弾道弾の分野でいくぶんソ連に遅れていることを認めた。しかし同時に、米国が必要な努力さえ行えば、数量的にも時間的にも、戦争阻止力を維持強化するために必要なだけのミサイル兵器を保有しうる確信を表明した。かくて大統領は議会に対し、まず本会計年度国防予算の追加として十二億六千万ドルを要請するとともに、来年度予算においては、四五八億ドルに及ぶ平時最大の国防予算を要請した。これは本年度に比べ十億ドルの増加であるが、それはもつぱらICBM、IRBMその他のミサイルの発展に向けられる予定である。
要するに、ソ連のICBMと人工衛星打揚げは、軍事、科学面における米国民の奮起を促す拍車の役割を演じることになつた。ダレス米国務長官は、最近ワシントンのナショナル・プレス・クラブで行つた外交演説で「スプートニクはフルシチョフ氏のブーメラングとして歴史に残るかもしれない。それは米国民を驚かせたが、同時に新たな決意を米国民の間にまき起した」とのべた。
このようにみてくると、今後米ソ間の軍事科学面における競争の激化は不可避とみねばなるまい。
しかしこのような競争は、全般的にみて、必ずしも戦争の危険が増大することを意味するものとは限らない。なぜならば、近代軍事力の発達により、破壊力は従来の観念を隔絶したものとなり、またその機動力の故にいかなる攻撃も同等の報復を蒙ることが不可避となつた結果、このような近代軍備はそれを保有する大国を相互に牽制するようになり、戦争抑止力として働く傾向が見られているからである。少くとも自由陣営側の大国はこの傾向をいち早く認め、戦争抑止力としての観点から軍備を整えているのであつて、このことは、アイゼンハワー大統領が前述のラジオ放送のなかでのべた、「われわれの防衛努力は大きいといつても、攻撃を阻止するに十分なだけである」という言葉に端的に示されている。
そればかりではない。今日の国際情勢においては、両陣営間の競争は、軍備競争の面だけではなく、そのほか政治、経済、思想、宣伝等各般の分野にわたつて、広範に行われている。自由陣営のがわにおいては、それぞれの国民の精神的、物質的資源を、軍事面ばかりでなく、前記各般の分野、とくに経済力の拡大と未開発諸国に対する経済援助に大きく配分し、共産陣営に対する自由陣営の立場を全般的に強化して、侵略の危険を未然に防ぎ、このような全体的な努力をもつて世界に平和を維持しようとしている。このことは、アイゼンハワー大統領が一般教書のなかで、安全保障の充実を説くかたわら、対外経済援助や米国貿易政策の一そうの自由化の重要性を、口を極めて強調していることにもよく示されている。
両陣営の話合いの可能性
このような事態のもとにあつて、今後予想される軍備競争の激化を少しでも抑え、国際緊張の悪化を防ぐことを目的として、西欧がわでもソ連との話合いに応ずるふんい気が強くなつている。
西欧がわはソ連に対し、巨頭会談の開催を拒否はしないが、前回のジュネーヴ巨頭会談のこともあり、かえつて国際緊張の悪化を招くような失敗に終らせないように、十分事前に準備をととのえる必要のある点を指摘した。
しかし今後かりに巨頭会談が開催されるようになつたとしても、果して重要懸案がどれだけ解決をみるかということになると、なお極めて楽観を許さないものがある。まずドイツ問題一つとつても、両陣営の歩みよりは容易でない。
また核実験停止、核兵器禁止、軍縮管理制度の創設等複雑微妙な多くの項目を含む軍縮問題にしても、今日のところ両陣営間にどのような歩みよりが可能であるか、ほとんど予測がつかない状況にある。
もちろん、両陣営間の話し合いが行われることは、それがどのような形式にせよ、歓迎されるべきである。しかしその場合最も肝要なことは、国連憲章の精神を基礎とし、人間の善意と友愛に基く両体制間の真の意味の平和共存を認め合うことと、民族の独立と自決の原則の誠実な尊重との上に立つて、真剣かつ忍耐強く、懸案解決への道が探求されねばならないということである。