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マカオ情勢と日本・マカオ関係

平成25年5月

1.一般事情

(1)地理

 中国広東省南部、珠江河口の西南岸に位置し、マカオ半島、タイパ島、コロアネ島、両島をつなぐ埋立地コタイより構成
 面積:29.9平方キロメートル
 人口:約58万2千人(2012年)

(2)歴史

(ア)1513年、ポルトガル人が海路で中国に到達。1557年、マカオでの居住権を獲得。中国、日本とヨーロッパとの中継貿易港、キリスト教布教活動の拠点として発展。

(イ)1845年、ポルトガルはマカオを自由港と宣言。1848年、中国人による総督殺害事件を機に清朝税関等の官吏を追放し、地租の支払いを停止し、マカオの行政権を取得。

(ウ)1888年、ポルトガルは、清朝との間で香港からの阿片密輸の防止に協力する見返りとして「友好通商条約」を締結し、ポルトガルのマカオに対する行政権が法的に確立。清朝はポルトガルがマカオを永久に占領し、第三国へ譲渡しないことを承認。

(エ)1951年、マカオはポルトガルの海外県となるが、1966年、中国文化大革命の影響により左翼系の中国系住民が反ポルトガル闘争を組織。マカオ政府はデモを鎮圧できず、中国政府の影響力を借りることにより事態を収拾し、以後、マカオにおける中国の影響力が拡大したといわれている。

(オ)1974年4月、ポルトガル革命後、ポルトガルの新社会主義政権は、植民地主義を放棄。1976年、新憲法においてマカオの特別の地位(「ポルトガル海外県」から「ポルトガル行政下にある領域」)を認め、「マカオ組織章程」を制定、立法会も設置。

2.中国への返還までの経緯

(1)中国・ポルトガル外交関係樹立

 1979年2月、中ポ外交関係樹立時に、両国は、マカオの主権は本来中国にあり、その将来の問題を適当な時期に解決することで一致し、1986年より返還交渉を開始。以後、マカオ返還問題は、香港返還問題を後追いする形で進展。激しい中英間の対立があった香港返還と比べ、マカオ返還を巡る中ポ関係は、ポルトガル側の慎重な姿勢もあり、平穏に推移。

(2)中ポ共同声明

 1987年4月、中ポ両国は「中葡共同声明」に仮署名(1988年1月批准)し、マカオは中国の領土であり、ポルトガルは1999年12月19日までマカオの行政管理責任を有し、中国は翌20日にマカオに対し主権を回復する旨宣言。

(3)マカオ基本法

 返還後のマカオ特別行政区(SAR:Special Administrative Region)の憲法とも言えるマカオ基本法は、1993年3月、中国全国人民代表大会(全人代、日本の国会に相当)において採択。

(4)中国への返還

 1999年12月20日、マカオは中国に返還され、香港同様「一国二制度」の下で、外交・国防を除き、高度の自治権を有すマカオ特別行政区として、現行の社会制度、生活様式を返還後50年間維持。

3.マカオ特別行政区機構

(1)行政長官

 崔世安(Fernando Chui Sai On)。2009年12月に初代行政長官であるエドモンド・ホー(Edmund Ho Hau Wah)の後を継ぎ第2代行政長官に就任。任期は5年。

(2)行政組織

 主要高官としては、行政法務、経済財政、保安、社会文化、運輸・公共事業の5長官。

閣僚名簿
氏名 役職
陳麗敏(Florinda CHAN) 行政法務庁長官
譚伯源(Francis TAM) 経済財政庁長官
張国華(CHEONG Kuoc Va) 保安庁長官
張裕(Cheong U) 社会文化庁長官
劉仕堯(LAU Si Io) 運輸・公共事業庁長官
白英偉(Jose Proenca BRANCO) 警察総局長官
何超明(HO Chio Meng) 検事総長
馮文莊(FONG Man Chong) 汚職取締局長官
何永安(HO Veng On) 会計監査院長
徐禮恒(CHIO Lai Hang) 税関長官

(3)行政会

 行政長官の諮問機関。行政会委員は長官や立法会議員等11名。

(4)司法機構

 終審法院、中級法院及び初級法院・行政法院の三審制。終審法院院長(最高裁判所に相当)は芩浩輝(SAM Hou Fai)。

(5)立法会会議

 議員は29名(直接選挙12名、間接選挙10名、行政長官任命7名)。立法会主席はLAU Cheok Va(LAU Cheok Va)、副主席は賀一誠(HO lat Seng)。立法会には、規約任期委員会と三つの常設委員会、行政委員会が設置されている。

(6)人民解放軍駐留

 マカオ基本法では、人民解放軍の駐留についての明文規定はないが、1999年6月、全人代常務委員会において、駐留軍経費の中央負担、マカオ内部事務不関与等を規定して駐軍法が成立。12月20日人民解放軍駐マカオSAR部隊が陸路進駐・駐留。

(7)中国との関係

(ア)マカオ基本法に基づき、1999年12月20日、中国外交部駐マカオSAR特派員公署を設立。現特派員は胡正躍(HU Zhengyue)。

(イ)2000年1月18日より、それまで中央との実質的な連絡窓口となっていた新華社マカオ分社が中央人民政府駐マカオSAR連絡弁公室(白志健主任、2001年10月就任)に改組。

(ウ)2000年1月、マカオSAR全国人民代表選挙により代表7名が選出され、全人代マカオSAR代表は返還前からの4名と合わせ計11名となった。2013年の第12期全人代マカオSAR代表は12名。

(エ)2003年10月18日、中国本土・マカオ経済連携緊密化取決め(中国本土・マカオCEPA)を締結。

4.経済・社会概況

(1)経済概況(1マカオ パタカ=0.12米ドル[2012年平均レート]で換算。)

(ア)主要経済指標(出所:マカオ経済局2012年)

 名目GDP:3,482億1,640万パタカ(約290億1803万米ドル)
 一人あたり名目GDP:61万1,930パタカ(7万6,588米ドル)

主要経済指標
2007 2008 2009 2010 2011 2012
名目GDP(百万パタカ) 145,084 166,265 170,171 226,940 295,046 348,216
実質経済成長率(%) 14.7 3.4 1.7 27.5 21.8 9.9
消費者物価上昇率(%) 5.6 8.6 1.2 2.8 5.8 6.1
失業率(年度末・%) 3.2 3.0 3.5 2.8 2.6 2.0
輸出(百万パタカ) 20,430 16,025 7,672 6,959 6,970 8,159
輸入(百万パタカ) 43,113 43,034 36,901 44,118 62,288 70,927
収支(百万パタカ) -22,683 -27,008 -29,229 -37,158 -55,317 -62,768

主要貿易相手国・地域(2012年)
  輸出:(1)香港(50.19%)(2)中国(16.78%)(3)米国(6.81%)…日本(1.99%)
  輸入:(1)中国(32.71%)(2)香港(11.58%)(3)日本(5.98%)

(イ)観光・カジノ産業

 従来より観光及びカジノ産業が大きな地位を占める(GDPの約8割、政府歳入の8割以上)。香港資本等により、1970年代より繊維産業が、1980年代に入り玩具、電気・電子産業が発展した。しかしその後、華南地域のより低廉な労働力との競争により、第2次産業の占めるシェアは低下。

 カジノは返還後も営業・存続。2002年2月マカオSAR政府はカジノ経営権の国際入札結果を発表し、従来より独占経営権を有していたマカオ旅游娯楽有限公司の他、新規企業2社(ギャラクシー(銀河)及びウィン(永利))が同経営権を獲得した。ギャラクシー及び同社から経営権の一部貸与を受けたサンズが2004年5月より、ウィンが2006年9月よりカジノ営業を開始。2007年8月にはベネチアンが、同年12月にはMGMが営業を開始した。2012年現在、マカオでは35ヶ所のカジノが運営されており、カジノ企業間の競争が激化している。2012年にはカジノ産業全体の売上げは約3,052億パタカ(約375億米ドル)に達し、ラスベガスの約4倍の規模に成長している。

(ウ)航空関係

 1995年11月マカオ空港が開港。マカオ航空の他、中国、台湾、韓国、シンガポール、マレーシア等の航空各社がマカオ空港に乗り入れており、中国大陸各地や台湾を中心に定期航空路線がある。なお、日本との間では、2010年に日・マカオ航空協定が締結されており、現在、東京(成田)及び大阪(関空)との間で定期便が運航されている。

(2)治安問題

 1990年代は、地元マフィアによる抗争が激化するなど、治安問題上の問題があったが、返還後は改善。以降、マカオの犯罪発生件数は、2007年以降ほぼ横ばい状態で比較的安定している。

犯罪発生件数
2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012
犯罪発生件数 9,786 10,538 10,855 12,921 13,864 12,406 11,649 12,512 12,685

 2013年2月、保安庁長官はマカオの治安状況に関して、「安定した状況を保持している」と発表した。他方で、2012年の不法入境及び不法残留者は38,231名と前年比約13%増加していることから、出入境関連事案への厳罰化を検討するとしている。

 また、経済格差、失業、腐敗などの社会問題を巡りデモ等が発生している。2007年5月1日、マカオの労働6団体関係者(治安当局発表約2,400人、主催者発表約10,000人)が「失業、低賃金、政府の腐敗問題」に反発し大規模なデモを実施し、治安当局が警告のため発砲する事態に至った。デモ隊と治安当局は激しく衝突し、双方に多数の負傷者が出たほか、デモに参加した男女10名が逮捕された。

(3)施政方針演説

 2012年11月、崔行政長官は2013年度の施政報告を行った。同報告は2008年以降実施している全住民に対する現金給付のほか、民生対策を拡充する内容で、(1)住宅政策、(2)社会保障・医療サービス、(3)教育、(4)経済対策、環境保護の4分野への支出をうたっている。

5.日本との関係

(1)在留邦人の動向

 マカオ在留邦人は443名(2012年10月1日現在)で対前年比17%増。好調なマカオ経済を背景に企業関係者(観光業を含む)等が増加している。1973年にはマカオ日本会が発足。

(2)邦人渡航者の状況等

2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012
渡航者数(万人) 8.8 16.9 22.0 29.9 36.7 37.9 41.3 39.6 39.6

 2005年3月25日より、90日以内の短期滞在について相互査証免除を実施した。

 マカオは、2005年7月に22の歴史的建造物と8つの広場を含む地域が「マカオ歴史市街地区」としてユネスコ世界文化遺産に登録された。これにカジノ施設の集客力も加わり、日本人のマカオ渡航者は上記のとおりに急増し、近年は約40万人程度で推移している。

(3)日・マカオ租税情報交換協定

 2013年4月、国際的な脱税及び租税回避行為の防止を目的とした租税情報交換協定に基本合意した。今後双方の必要な手続きを経て、署名・発行の見込み。

(4)日本・マカオ経済関係

2007 2008 2009 2010 2011 2012
対日輸出(千パタカ) 232.811 212.870 105.730 109.478 144.041 162.184
対日輸入(千パタカ) 3,874.787 3,639.123 3,039.272 3.812,085 3,911.242 4.244,017

(4)要人往来(肩書きはすべて当時のもの)

(1)往訪
年月 要人名
1999年12月 橋本内閣総理大臣外交最高顧問(元総理)
2007年8月 自民党青年局(萩生田光一議員団長)
(2)来訪
年月 要人名
2000年6月 崔社会文化庁長官
2000年9月 何行政長官
2000年10月-11月 欧運輸・公共事業庁長官
2001年5月 崔社会文化庁長官
2002年3月 欧運輸・公共事業庁長官
2003年11月 張保安庁長官
2006年7月 欧運輸・公共事業庁長官
2012年3月 劉仕堯・運輸・公共事業庁長官
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