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アフガニスタン概況

平成15年2月20日

1.基本データ

(1)面積 652,225km2(日本の約1.7倍)
(2)人口 2510万人(出典:国連2002年推計)
(3)首都 カブール
(4)人種 パシュトゥーン人(約43%)、タジク人(約24%)、ハザラ人(約6%)、ウズベク人(約5%)等
(5)言語 パシュトゥー語、ダリー語(ペルシャ語方言)
(6)宗教 イスラム教(主にスンニー派であるが、ハザラ人はシーア派)
(7)対日貿易 平成12年版通商白書によれば、日本への輸出 91百万円、日本からの輸入 7,559百万円
(8)略史 長年の他民族による支配の後、1747年にドゥラーニー王朝成立。バラクザイ王朝(1826~1973年)下の1880年、英国の保護領となるが、1919年独立を達成。73年7月共和制に移行後、78年4月軍部クーデターにより人民民主党政権成立。79年12月ソ連の軍事介入のもとカルマル政権成立。86年5月、ナジブラが書記長就任。89年2月ジュネーブ合意に基づき、駐留ソ連軍の撤退完了。92年4月ムジャヒディーン・ゲリラ勢力の軍事攻勢によりナジブラ政権が崩壊し、ムジャヒディーン政権が成立するが、各派間の主導権争いにより内戦状態が継続。94年頃から、イスラムへの回帰を訴えるタリバーン(神学生の意)が勢力を伸ばし、96年9月に首都カブールを制圧。2001年10月より、米国同時多発テロ事件を機とする米・英のタリバーンに対する武力行使が行われ、12月には北部同盟等がタリバーン支配地域を奪還。同12月、アフガニスタン各派の代表は今後の和平プロセスに関する合意を達成し(ボン合意)、12月22日には暫定政権が発足。2002年6月には、ボン合意に基づき緊急ロヤ・ジェルガが開催され、カルザイ暫定政権議長を大統領とする移行政権が発足。


2.アフガニスタンの重要性

(1) アフガニスタンにおける平和と安定の実現は、日本が原油輸入の8割以上を依存する中東地域の平和と安定に寄与し、日本への石油の安定供給に繋がる事に加え、同国からテロの温床が排除されることは、世界の平和と安全に寄与し、日本の安全保障上の利益に繋がる

(2) 2001年9月11日の米国における同時多発テロ事件以降、国際社会はアフガニスタンを再びテロの温床にしないとの決意から一致団結して同国の和平・復興に取り組んでおり、また、アフガニスタンと同じアジアの一員であり歴史的に手を汚していない日本に対しては、アフガン各派や関係各国から強い期待感が高く、相応の貢献を行うことは日本に取り責務。

(3) また、いわゆる失敗国家(failed state)であるアフガニスタンの和平と復興に向け国際社会全体の取り組みにおいて、日本が積極的な貢献を果たすことは、国際社会における日本のプレゼンスや信頼を確保する上で極めて重要。


3.政治プロセスの動き

(1) 経緯

 2001年12月のボン合意以降、ボン合意に基づく暫定政権の設立(12月22日)等、和平プロセスは着実に進展。6月11日から19日までアフガニスタンにおいて開催された緊急ロヤ・ジェルガは、カルザイ暫定行政機構議長が民主的手続により移行政権大統領に選出され、移行政権の主要閣僚が承認される等、所要の目的が達成され、成功理に終了した。

 12月2日には、ドイツにて、ボン会合一周年記念閣僚会合が開催され、国軍の規模を七万人程度とし、今後一年以内に地方軍閥などの武装解除を進めていく旨のカルザイ大統領の布告が発表された。12月22日には、カブールにて「カブール善隣友好会議」が開催され、アフガニスタンと周辺諸国との善隣友好、相互不可侵を内容とするカブール宣言が署名・発表された。

(2) 今後の課題

地方軍閥が武装解除し、国家統一が促進されることが重要な課題。
次の目標である憲法制定ロヤ・ジェルガ(2004年12月までに開催)の成功に向け、国際社会は一致団結してカルザイ大統領、ブラヒミ国連事務総長特別代表を支援していくことが重要。


(参考1 ボン合意 2001年12月5日)

 国連の呼びかけで、ドイツのボン近郊にて開催されていたアフガニスタン各派代表者会議は、2002年12月6日に以下の合意に達した。

1) 暫定行政機構、緊急ロヤ・ジェルガ(国民大会議、伝統的な諮問機関)招集のための特別独立委員会(以下「独立委員会」)、最高裁判所からなる暫定政権を設立。
2) 暫定政権はアフガニスタンの主権を有し、対外的にアフガニスタンを代表する。
3) 暫定政権設立後6ヶ月以内に、緊急ロヤ・ジェルガが召集。移行政権を決定。
4) 移行政権設立後18ヶ月以内の憲法制定ロヤ・ジェルガ招集、緊急ロヤ・ジェルガ開催から2年以内の選挙を経て、国民を完全に代表する政権樹立。


(参考2 緊急ロヤ・ジェルガ 6月11~19日)

 (イ)概要

1) ボン合意を受け、6月11日~19日まで、カブールにおいて緊急ロヤ・ジェルガ(代議員1650名が参加)が開催され、(I)カルザイ暫定政権議長が、アフガニスタン移行政権の首班へ選出され、また(II)移行政権主要閣僚及び最高裁判所長官の人事が承認された。
2) ザーヒル・シャー元国王は、国父としての象徴的な地位を占めることが決定された。
3) 暫定政権下では、パシュトゥーン人(アフガニスタンの最大民族)による、タジク系への権力集中に対する不満があったが、タジク系のパンジシェール3人組(カヌニ内相、アブドッラ外相、ファヒーム国防相)のうち、カヌニ内相は内相ポストから外れ、代わりにパシュトゥーン系の内相が就任することから伺われるように、パシュトゥーン系に配慮した結果となった(アブドッラ外相、ファヒーム国防相は留任)。
4) 議会に関する決定が行われなかったことから、各地域代表が5名ずつ残り、約1ヶ月間、議会の構成等に関する議論が行われることとなった。国民議会は、2003年2月に発足する見込み。


4.人道・復興支援

(1) 経緯

日本は、アフガニスタンの復興と和平のための国際会議開催を96年以来提唱。
2001年11月、日米共同議長でアフガニスタン復興支援高級事務レベル会合を開催。
同12月、日・米・EU・サウディ共同議長でアフガニスタン復興支援第1回運営グループ会合を開催。
2002年1月21日~22日、東京においてアフガニスタン復興支援国際会議が開催。
61ヶ国・21国際機関が参加(閣僚レベル)。参加各国は、支援額他の具体的 貢献策を表明。国際社会全体として、アフガニスタンの復興を支援していくとの強いメッセージを発出。
表明された支援額は、総額45億ドル以上、2002年では18億ドル以上。
日本は、地域共同体の再建、地雷・不発弾の除去、教育、保健・医療、メディア・インフラ、女性の地位向上といった分野を中心に向こう2年6ヶ月の間に5億ドル(その内2002年に最大2.5億ドル)までの支援を行う旨表明。これまでに2億8200万ドルの復旧・復興支援を実施。2002年9月の同時多発テロ事件以後の人道支援を含めた支援額は約3億7500万ドルとなる。
カルザイ大統領が復興支援の最優先課題に上げている幹線道路建設の重要性を認識し、2002年9月、カブール・カンダハール間の幹線道路建設に5000万ドルを支援することを発表した。
約4億ドルの支援要請(4月のIG会合時)がなされているリカレント・コストへの支援として、日本は通常純然たるリカレント・コスト支援は行わないが、例外的措置として世銀のARTFへ500万ドルを拠出した。10月には、ノンプロ無償5000万ドルの供与を決定し、見返り資金の積み上げが期待されている。
2002年9月26日、ワシントンにおいてアフガニスタン復興運営グループ(ARSG)会合が、10月11-12日にはカブールでIG会合が開催された。


(2) 今後の課題・展望

東京会議で表明された支援ができるだけ早く実施されるよう各国を慫慂することが重要であり、西村アフガニスタン支援調整担当大使をかかる観点より関係国へ派遣予定。日本としても支援の更なる具体化を目に見える形で迅速に行っていく考え。
予想を上回る大量の難民の帰還及び国内避難民の発生による大規模な人口の移動が地域社会の受け入れ能力を越えている。支援を地方へ早急に拡大し、人道支援から復旧・復興への継ぎ目のない支援を実施していくことが重要であり、「平和の果実」を地方にも享受させ、移行政権を中心とした国の統一促進に貢献するためにも、カンダハル等において地域総合開発計画を推進中
執行グループ(IG)会合等の場を通じた援助国・機関間の調整も重要。
10月より、日本よりアフガニスタン援助調整庁(AACA)に専門家を派遣。その他、教育、保健、医療、女性支援等各分野で専門家を派遣。
NGOとの連携・協力が重要。


5.治安状況(治安の確保は、復興プロセスを進める上で不可欠。)

(1) カブール及び同周辺地域

 2002年1月に、国際治安支援部隊(ISAF)が本格的に展開し、治安状況は現在のところ、ある程度の安定が見られているが、7月6日には、ハッジ・カディール・アフガニスタン移行政権副大統領が暗殺された。

(参考 国際治安支援部隊(International Security Assistance Force:ISAF)

2001年12月20日、安保理決議1386採択を受け、カブール及び同周辺地域の治安維持を目的に設立された(任期は6ヶ月)。2001年5月23日、6ヶ月任期延長(安保理決議1413)し、11月には更に1年間任期を延長した(安保理決議1443)。現在、計20ヶ国、約5000名が参加。主導国は、2001年6月20日、トルコが英から引き継いだ。2003年2月には、独と蘭がトルコより引き継ぐ見込み。


(2) カブール以外の地域

 有力な軍閥が抑えている地域では表面上安定しているが、北部地域など一部地域では有力者間の武力衝突が散発的に発生しており、治安情勢は不安定。9月5日にはカルザイ暗殺未遂事件が発生。現在も国内には数十万人の武装勢力が存在し、治安維持の大きな不安材料

(3) 治安問題に対する国際社会の取組み

 治安確保は効果的な復興支援の前提条件であり、国際社会として重点的に取り扱うことが、アフガニスタン復興支援治安会合などの場で確認。米が国軍創設、日本とUNAMAが兵士の武装解除・動員解除・社会への再統合(DDR)、独が警察再建、伊が司法制度、英が麻薬撲滅の主導国となっている。日本は、DDR分野で主に貢献、川口大臣のカブール訪問中、復員庁設置(Register for Peace)構想を表明。現在、UNAMAと詳細プロジェクトを協議中。また、地雷、警察再建、麻薬撲滅へ向けた支援も行っていく考え。


6.日本とアフガニスタンの関係

(1) 2001年12月22日、アフガニスタン暫定政権成立式に植竹外務副大臣を派遣し、同暫定政権を政府承認する旨伝達(79年(ソ連のアフガン侵攻)以来、アフガニスタンと正常な外交関係を再開)。

(2) 緒方アフガニスタン支援総理特別代表が、アフガニスタン復興支援国際会議開催前(1月9日~13日)にアフガニスタンを訪問。

(3) 同21日には、カブール連絡室を設置。2002年1月15日には、駒野在アフガニスタン大参事官(臨時代理大使)を発令。2月19日、在アフガニスタン大使館を13年ぶりに再開。4月24日には、駒野臨時代理大使を特命全権大使に任命した。

(4) 4月25日、外国特派員協会において、川口外務大臣は「アフガニスタンにおける平和の定着構想」に関しスピーチ。

(5) 5月1~2日には、川口外務大臣が日本の閣僚として初めてアフガニスタンを訪問。

(6) 6月13日~19日には、緒方アフガニスタン支援総理特別代表が緊急ロヤ・ジェルガの機会を捉えて、アフガニスタンを再度訪問。

(7) 7月14日、JICAカブール事務所開設。

(8) 8月1日、西村アフガニスタン支援調整担当大使を発令。

(9) 8月29日~31日には、渡部衆議院副議長が、9月4日~5日には、杉浦外務副大臣がアフガニスタンを訪問した。

(10) 10月28日~31日、アブドラ外相が訪日。その際、日本は新たな支援パッケージを発表。これまでの日本の復旧・復興支援は2億8200万ドル、人道支援を含めると3億7,500万ドルの支援を行った。

(11) 12月16日、在京アフガニスタン大使館開設。

(12) 新藤外務大臣政務官がアフガニスタンを訪問し、12月22日、カブール善隣友好会議に出席した。



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