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Vol.82 2012年1月26日
子の連れ去りをめぐる「ハーグ条約」と日本

(注)2013年10月 一部訂正

近年,グローバリゼーションの進展に伴い,人の移動や日本人の国際結婚が増加しています。一方で,不和となった両親の子が一方の親によって海外に連れ去られてしまう「子の連れ去り」が,深刻な国際問題として注目されるようになってきています。今回は国境を越えた「子の連れ去り」への対応を定めた国際的なルールである「ハーグ条約」と本条約締結に向けた日本の取組について解説します。

増加する国際結婚・離婚と「子の連れ去り」

1970年には年間5,000件程度だった日本人と外国人の国際結婚は,1980年代の後半から急増し,2005年には年間4万件を超えました。これに伴い国際離婚も増加し,結婚生活が破綻した際,一方の親がもう一方の親の同意を得ることなく,子を自分の母国へ連れ出し,もう片方の親に面会させないといった「子の連れ去り」が問題視されるようになったほか,外国で離婚し生活している日本人が,日本がハーグ条約を未締結であることを理由に子と共に日本へ一時帰国することができないような問題も生じています。
さらに近年,日本人の親が自らの子を(元)配偶者に無断で日本に連れ帰る事例が米国,英国,カナダ,フランスなどの政府から報告されている一方,外国人の親により日本から子が国外に連れ去られる事例も発生しています。

日本の国際結婚・国際離婚数の推移
 

子の利益を守る「ハーグ条約」とは?

世界的に人の移動や国際結婚が増加したことで,1970年代頃から,一方の親による子の連れ去りや監護権をめぐる国際裁判管轄の問題を解決する必要性があるとの認識がなされるようになりました。そこで1976年,国際私法の統一を目的とする「ハーグ国際私法会議(HCCH)」(オランダ/1893年設立)は,この問題について検討することを決定し,1980年10月25日に「国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約(ハーグ条約)」が作成されました。2013年9月現在,世界90か国がこのハーグ条約を締結しています(G8諸国中,未締結であるのは日本のみです)。
なお,ハーグ条約とは,HCCHで作成された30以上の国際私法条約の総称を指すこともありますが,ここでは「国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約(仮称)」のことを「ハーグ条約」と表記することにします。

「国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約(ハーグ条約)」締約国
 

ハーグ条約の仕組み

国境を越えた子の連れ去りは,子にとってそれまでの生活基盤が突然急変するほか,一方の親や親族・友人との交流が断絶され,また,異なる言語文化環境へも適応しなくてはならなくなる等,子に有害な影響を与える可能性があります。ハーグ条約は,そのような子への悪影響から子を守るために,原則として元の居住国に子を迅速に返還するための国際協力の仕組みや国境を越えた親子の面会交流の実現のための協力について定めています。

(1)子を元の居住国へ返還することが原則
ハーグ条約は,監護権の侵害を伴う国境を越えた子の連れ去り等は子の利益に反すること,どちらの親が子の世話をすべきかの判断は子の元の居住国で行われるべきであることなどの考慮から,まずは原則として子を元の居住国へ返還することを義務付けています。これは一旦生じた不法な状態(監護権の侵害)を原状回復させた上で,子がそれまで生活を送っていた国の司法の場で,子の監護について,子の生活環境の関連情報や両親双方の主張を十分に考慮した上で判断を行うのが望ましいと考えられているからです。

(2)親子の面会交流の機会を確保
国境を越えて所在する親と子が面会できない状況を改善し,親子の面会交流の機会を確保することは,子の利益につながると考えられることから,ハーグ条約は,親子が面会交流できる機会を得られるよう締約国が支援をすることを定めています。

 
 

中央当局による援助と子の返還手続について

ハーグ条約は,上記「仕組み」について規定し,その仕組みを機能させるための中央当局による援助と子の返還手続について定めています。

(1)中央当局による援助
条約締約国は,ハーグ条約により課される義務を履行するため,政府内の機関を,「中央当局」として指定する必要があります。
子を連れ去られた親は,自国の中央当局や子が現に所在する国(連れ去られた先の国)の中央当局を含む締約国の中央当局に対し,子の返還に関する援助の申請を行うことができるほか,子との接触(面会交流)に関する援助の申請を行うことができます。子が現に所在する国の中央当局は,申請書類の審査を行った後に,返還対象となる子の所在を特定した上で,返還のための面会交流の機会を確保するための仲裁や調停等に向けた支援を行います。中央当局による仲裁や調停等に向けた支援が奏功しない場合には,裁判所が,子を元の居住国に返還するかどうかにつき判断を下すことになります((2)へ)。裁判所によって子の返還命令が下された場合には,中央当局は,子を安全に元の居住国に返還するための支援を行います。

(2)子の返還手続
双方の間で話し合いがつかない場合には,裁判所が原則として子を元の居住国に返還することが命ずることになります。ただし,裁判所は,子の生活環境の関連情報や子の意見,両親双方の主張を考慮した上で,以下に該当する場合には,子の返還を拒否することができます。

  1. ア.連れ去りから1年以上経過した後に裁判所への申立てがされ,子が新たな環境に適応している場合。
  2. イ.申請者が事前の同意又は事後の黙認をしていた場合。
  3. ウ.返還により子が心身に害悪を受け,又は他の耐え難い状態に置かれることとなる重大な危険がある場合。
  4. エ.子が返還を拒み,かつ当該子が意見を考慮するに十分な年齢・成熟度に達している場合。

申請を受けた後の主な流れ
 
 

条約を締結する意義

最も優先されるのは子どもの幸せこれまで日本から外国に子を連れ去られた日本人の親は,異なる法律,文化の壁を乗り越えながら,自力で不和となった相手と子の居所を探し出し,外国の裁判所に子の返還を訴えなければなりませんでした。また,日本がハーグ条約を未締結である現状においては,外国で離婚し生活している日本人が,子と共に一時帰国する場合,仮に一時帰国にとどまらず子の留置に発展したときに条約に基づく返還手続が確保されないとして,外国の裁判所等において子と共に日本へ一時帰国することが許可されないといった問題も発生していました。
しかしながら,日本がハーグ条約を締結することによって,双方の国の中央当局を通じた国際協力の仕組みを通じ,相手国から子を連れ戻すための手続や親子の面会交流の機会の確保のための手続を進めることが可能になります。
具体的には,子が日本から不法に連れ去られた場合又は子を日本に不法に連れ去った場合のいずれについても,元の居住国に子を返還することにより,子の生活環境等に関する情報や双方の親の主張を十分に考慮しながら,子の監護についての判断を行うことが可能になります。また,異なる国に所在する親子が面会できる機会を確保することができるようになります。さらには,一方の親の監護の権利を侵害するような子を不法に連れ去った場合に原則返還しなくてはならないという条約の原則が広く周知されることにより,子の連れ去りの発生を抑制する効果が期待されるほか,外国で離婚し生活している日本人が,日本がハーグ条約を未締結であることを理由に子と共に日本へ一時帰国することを制限されている状況が改善されることも期待されます。
上記の点に照らし,日本がハーグ条約を締結する意義は大きいと考えています。

 
 

子への影響を考慮し返還しないケースも

「ハーグ条約」に基づく変換申請の結果(2008年)
国別変換命令・拒否の割合

一方,日本国内においては,日本がハーグ条約を締結することに慎重な立場も見られます。その中には,家庭内暴力(DV)から子や自らを守るために子と共に帰国したにもかかわらず,子が元の居住国に戻されることに対する懸念もあります。ハーグ条約は,そのような懸念に対してもちろん無関心ではありません。
DVや子の虐待があったとされる事案においては,子を元の居住国に戻すことが適当ではない場合もあります。ハーグ条約では,裁判所が返還の可否を判断するに当たり,こうした事情が子に与える影響を考慮した上で,例外的に子を元の居住国へ返還することを命じなくても良いとされています。(例外規定の詳細については,「中央当局による援助と子の返還手続について」の(2)ア.~エ.をご覧下さい)
なお,2008年の統計によれば,諸外国での実績は,中央当局への返還申請1,903件のうち,司法判断に至ったケースは全体の約44%(835件)で,さらにそのうち返還拒否となったケースは約34%(286件)でした。

 
 

ハーグ条約締結に向けて動き出した日本

政府は,2011年1月から,ハーグ条約の締結の是非を検討するために関係省庁の副大臣級の会議を開催し,締結賛成派,締結反対派等各方面から寄せられる意見も踏まえ,日本の法制度との整合性,子の安全な返還の確保,中央当局の在り方等について慎重に検討を行いました。その結果,ハーグ条約の締結には,意義(「条約を締結する意義」を参照)があるとの結論に至り,2011年5月20日,政府は,ハーグ条約の締結に向けた準備を進めることを閣議了解し,返還申請などの担当窓口となる「中央当局」を外務省に置くこととなりました。

 

ハーグ条約締結に向けた取組

日本がハーグ条約を締結するためには,まずは条約で定められた義務を国内で実施するための法律(国内担保法)の整備が必要となります。国内担保法の整備に当たり,法務省がハーグ条約の国内担保法案全体の取りまとめとともに裁判所における子の返還手続部分の法文化作業を行い,外務省では,子の所在の特定や返還のための当事者間の話し合いに向けた支援,面会交流の実施に向けた支援等を行う中央当局の任務に関する部分の法文化作業を行うこととなりました。法務省の法制審議会ハーグ条約部会や外務省主催のハーグ条約の中央当局の在り方に関する懇談会での議論を踏まえ2012年3月9日には条約承認案及び条約実施法案が閣議決定されましたが2012年の国会においては審議未了となり本承認案及び本法案は廃案となりました。その後,日本政府は,2013年の第183通常国会において,条約承認案及び条約実施法案を再度国会に提出し,国会審議を経て同承認案及び同法案は成立・承認されました。今後,中央当局や最高裁における実施のための細則の制定等の進捗状況を踏まえ,日本として同条約を締結する予定です。

 
 

ハーグ条約締結に向けての国民への周知

ハーグ条約を締結し,子の利益を保護するためには,条約締結に向けた作業を迅速に進めることが重要ですが,一方で丁寧な対応も必要です。特に,この条約の趣旨や条約発効後の具体的な手続の流れについて十分に周知し,国民の理解を広める必要もあります。迅速さと丁寧さ,これらのバランスを考慮しながら,政府としては,国民の皆様が納得できる形でのハーグ条約の締結を目指していく考えです。

【ハーグ条約 Q&A】

外務省「ハーグ条約室」が,ハーグ条約に関する様々な疑問に答えます。(なお,ハーグ条約は,原則として子を元の居住国に戻すための締約国間の国際協力の仕組み等を定めていますので,以下のQ&Aでは,日本がハーグ条約を締結しており,子を連れ去った先の国/子が連れ去られる前に居住していた国が条約締約国であることを前提としています。)

  • Q1:相手方((元)配偶者。以下同じ。)が,無断で,子を日本から海外へ連れ去ってしまった場合にどうすればよいでしょうか。
    • ハーグ条約に基づく子の返還の対象となるのは,監護権が侵害されている場合(不法な連れ去りの場合)です。
      この場合,日本の法令に基づいて子の監護権を誰が有しているかがポイントとなります。
      1. 両親が共に監護権を有している場合(典型的には,日本の民法に基づいて両親が婚姻関係にある場合)
        一方の親の同意なく,他方の親が日本から外国に子を連れ去った場合,日本に取り残された一方の親の監護権が侵害されたことになりますので,日本に取り残された親は,ハーグ条約に基づき,子の日本への返還を求めることができます。
      2. 一方の親のみが監護権を有している場合(典型的には,日本の民法に基づいた離婚により一方の親が親権者として指定されている場合)
        • (ア)監護権を有していない親が,子を日本から海外へ連れ去った場合
          監護権を有する親は,監護権を侵害されたことになりますので,ハーグ条約に基づき,子の返還を求めることができます。
        • (イ)監護権を有している親が,子を日本から海外へ連れ去った場合
          日本に取り残された親は,そもそも監護権を有していないので,監護権が侵害されたことにはなりません。したがって,当該親は,ハーグ条約に基づいて子の返還を求めることはできません。ただし,監護権を有していない日本に取り残された親が,海外で別れて暮らす子と接触することができる地位を有するにもかかわらず相手親により面会交流が妨げられている場合には,中央当局に対し,連れ去られた子との接触(面会交流)の機会の確保のための援助を求めることができます。
  •  
  • Q2:相手方に無断で,子を連れて海外から日本へ帰るとどうなるのでしょうか。
    • この場合,子が居住している外国の法令に基づいて,子の監護権を誰が有しているかがポイントとなります。特に,外国の法令に基づけば離婚後も両親が共に監護権を有している場合がありますので,注意が必要です。
      1. 両親が共に監護権を有している場合
        海外に取り残された親は,自身の監護権が侵害されたとして,子の返還を求めてくることが想定されます。
      2. 一方の親のみが監護権を有している場合
        • (ア)監護権を有する親が,子を海外から日本へ連れ去った場合
          海外に取り残された親は,そもそも監護権を有していないので,監護権が侵害されたことにはなりません。したがって,当該親は,ハーグ条約に基づいて,子の返還を求めることはできません。ただし,監護権を有していない海外に取り残された親が日本で別れて暮らす子と接触することができる地位を有するにもかかわらず相手親により面会交流が妨げられている場合には,中央当局に対し,連れ去られた子との接触(面会交流)の機会の確保のための援助を求めることが想定されます。
        • (イ)監護権を有していない親が,子を海外から日本へ連れ去った場合
          海外に取り残された親は,監護権を有していることから,当該親の監護権が侵害されたことになりますので,ハーグ条約に基づき,子の返還を求めることが想定されます。
  • Q3:日本から海外へ連れ去られた子を返還するための(又は,海外から日本へ連れ去られた子を返還するための)申請はするつもりはなく,子との面会だけは実現させたいのですが,どうしたらよいのでしょうか。
    • 海外で別れて暮らす子と接触(面会交流)することができる地位を有するにもかかわらず,相手親により面会交流が妨げられている場合には,連れ去られた親は,中央当局に対し,子との接触(面会交流)の機会の確保のための援助を求めることができます。
      なお,一方の親の監護権が侵害されている場合には,子との面会に関する援助の申請と並行して,子の返還に関する援助の申請を行うことも可能です。
  • Q4:ハーグ条約の対象となる子は何歳なのでしょうか。 
    • 16歳未満の子が対象となります。
  • Q5:相手方によるDVや子の虐待があった場合でも,子を返還しないといけないのでしょうか。
    • ハーグ条約では原則として,子を元の居住国に返還することになっていますが,以下のような場合には連れ去られた子を返還しなくても良いと裁判所が判断する場合があります。
      1. 連れ去りから1年以上経過し,子が新たな環境に適応している場合。
      2. 申請者が事前の同意又は事後の黙認をしていた場合。
      3. 返還により子が心身に害悪を受け, 又は他の耐え難い状況に置かれることとなる重大な危険がある場合。(例: 子への虐待やDV等)
      4. 子が返還されることを拒み,かつその子が意見を考慮するのに十分な年齢・成熟度に達している場合。
  • Q6:ハーグ条約についてもっと情報を知りたい場合はどうしたら良いでしょうか。
    • 外務省総合外交政策局・ハーグ条約室,またはお近くの在外公館に問い合わせて下さい。
 
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