
第2回日本・アラブ・イスラム・ジャーナリスト会議
平成19年2月
2月8日(木曜日)、東京で、「第2回日本・アラブ・イスラム・ジャーナリスト会議」が開催された。会議は、日本、エジプト、ヨルダン、サウジアラビアより5名のジャーナリストをパネリストとして迎えた公開シンポジウム形式で実施され、「多文化世界のメディアの役割」とのテーマの下、活発な議論が行われた。在京外交団、報道関係者を含む約180名の参加者があった。

<日時・プログラム>
- 日時:平成19年2月8日(木曜日) 13時30分~17時30分
- 場所:日本プレスセンタービル10階大ホール
- テーマ:「多文化世界のメディアの役割」
第1セッション 「異文化に対する誤解と偏見はあるのか」
第2セッション 「変容する社会の中でのジャーナリストの役割」
- 使用言語:日本語・英語 (同時通訳つき)
- 議長・パネリスト
議長:高橋和夫・放送大学助教授
パネリスト:
- エジプト
カマル・ガバラ(Mr. GABALLA Kamal)
アル・アハラーム紙 副編集長
- サウジアラビア
ワリード・アル・ガムディ(Mr. AL-GAMDI, Waleed)
アル・ハヤート紙 リヤド支局長
- ヨルダン
アビール・ダムラ(Ms. DUMRA, Abeer)
ヨルダン国営通信 国際部記者
- 日本
池村俊郎(Mr. IKEMURA Toshiro)
読売新聞東京本社 調査研究本部 主任研究員
- 日本
出川展恒(Mr. DEGAWA Nobuhisa)
NHK放送総局 解説委員室 解説委員
<会議での主な発言>
○第1セッション:「異文化に対する誤解と偏見はあるのか」
基調講演:ガバラ氏、池村氏、ダムラ氏
- ガバラ氏は、ハンチントン教授やフランシス・フクヤマ教授に言及、両者ともに文明の対立、文化の衝突を煽っているとし、預言者ムハンマドの風刺画をめぐる事件やローマ法王の問題発言に対する欧米メディアの反応は、アラブ文化との衝突を促しているとしか思えないと問題提起。しかし、日本とアラブ諸国の間では対話が進んでおり、このような関係は他者のモデルとなるだろうと指摘した。
- 池村氏は、メディアに携わる者は異文化に対する偏見と誤解は常に存在するのだということを念頭におく必要があると強調のうえ、ハンチントン教授の「文明の衝突」に代表される二元対立的な考え方を固定化すべきではない(二元対立的な考え方はそもそも西欧にかねてより存在し、二十世紀初頭には日本、中国がその矛先であった)旨述べた。
- ダムラ氏は、他の文化について学ぶことによって、お互いについて尊敬の念を持ち、誤解を避けることができる、真のイスラムの価値観は平和と寛容に裏打ちされている、テロを生み出すのは、特定の宗教ではなく、経済的・社会的な要因であり、メディアは、テロと宗教としてのイスラムを短絡的に結び付けるべきではないと述べた。
- 引き続き行われたパネルディスカッションでは、ガバラ氏が、日本の記者、特派員が欧米メディア経由で記事を発信することが誤解と偏見を生むのではないかと指摘(アル・ガムディ氏も同様の点を指摘)、日本の特派員は自分の言葉でアラブ世界を語って欲しいと述べた。これに対し池村氏は、日本の中東特派員の数はそもそも少ない上に、即時性の観点から英仏語で発信される欧米のメディアを通じて報道することが多いのは避けられないので、アラブ側のメディアも英語・仏語など、現地語ができない記者も読める形で情報を発信する努力をすべきであると応じた。出川氏は、誤解や偏見に基づく報道がなされる個々の事例について、イスラム世界と非イスラム世界の双方のジャーナリストたちが、対話や討論を積み重ねることによって誤解を解消し、相互認識のギャップを埋めるための努力をすべきだと主張した。
- また、池村氏より、預言者ムハンマドを揶揄した風刺画ついて、イスラム教徒による抗議行動は理解できるが、死をもって抗議することは極めて過激なイメージを国際社会に与えることになるのではとの指摘があった。
- 会場よりは、「アラブ・イスラムである我々は、テロリストでは決してないにもかかわらず、イスラム教は寛容で平和志向だという言い訳をいつまでしなければいけないのか」、「『テロリスト』という言葉が登場した時には、ムスリムに関係はなかったと確信している。」などの発言があった。
後者の発言に対しては、出川氏より、「テロ」という用語を、ニュースで使用するかどうかは、その出来事が起きた状況や背景を、ひとつひとつ精査したうえで、判断している。「テロ」という用語がふさわしくない場合は、別の言い方をしているという説明があり、さらに、ジャーナリストとして長年訓練を受けたとしても、完全に客観的で中立な視点というのはありえない。異文化を扱う以上は、誤解や偏見から完全に逃れることは不可能で、誤解を取り除くための不断の努力と、物事の全体像を把握しようとする姿勢が重要だという発言があった。
- 会場より、日本に特派員を置くための経費負担が大きいとのコメントがあり、これに関し、池村氏より、パリにある「日仏記者会」を紹介し、このような組織を、日本とアラブのジャーナリストの間に立ち上げるのも一案との発言があった。1963年からの歴史を有する「日仏記者会」は両国に関係する要人、話題の人々を招き、会見したり、懇談する場を提供してきている。
○第2セッション 「変容する社会の中でのジャーナリストの役割」
基調講演者:アル・ガムディ氏、出川氏
- アル・ガムディ氏は、ジャーナリストの社会における役割とは「社会にとって効果的な声と見なされるかどうか」ということであり、建設的なかたちで政府の政策を批評し代案を提案することができるかということであると述べつつ、歪曲された相互のイメージを是正するためにも、メディア同士の交流の実施などにより、ジャーナリストは恒久的な努力を続けていかなければならないと主張。
- 出川氏は、「イラクに乱立するテレビ局」を特集した1月18日放送のNHKテレビ「ニュースウォッチ9」のリポートを約7分間上映し、イラクでは、政党や宗教団体などが運営するテレビ局が、地上波だけでも、約30局も生まれ、シーア派とスンニ派の対立を煽る原因ともなっているという「テレビのレバノン化」とも称される事象を紹介した。そのうえで、武装勢力までもが、テレビやインターネットを使ってプロパガンダを行う時代を迎え、プロのジャーナリストには、発信された情報のうち、どの部分をニュースとして扱うのか、それを放送した場合に、どんな影響が出てくるのかを見極める見識が問われていると問題提起した。
- この後、パネリスト、会場の参加者も交えた議論となった。ガバラ氏より、「なぜ日本のメディアはアラブとイスラム世界について語る時に、西欧のメディアと同じ言葉、例えば「テロリスト」という言葉を使って報道するのかとの質問があり、これに対し、出川氏は、欧米のメディアと全く同じ「言葉」を使っているわけではない。例えば、「テロ」という用語の使用には、細心の注意を払っている。「攻撃」「襲撃」という表現を使うこともある。その都度、状況や背景を精査し、適切な表現を使うようにしているが、中には「テロ」と呼ばざるを得ない状況もあると述べた。池村氏も、言葉は良く考えて使うべきだが、それでも「テロ」としか呼びようのない事象があまりにも多い事実を指摘した。これに関し、ダムラ氏は、ジャーナリストは、罪のない民間人を大勢殺している「テロ」と解放運動は区別をすべきと述べた。
- 会場からは、「いつもアラブ側は、欧米を口実にしているが、アラブ側も何か対策を打つべきだ」、「日本とアラブの双方の外務省が、お互いのメディアの為に何か施設を用意してはどうか。メディア間の競争は厳しいので、政府機関の助力が必要」、「アラブのメディアには日本に対して誤解はあるが、偏見はない。日本のメディアも、従来アラブに対し偏見はなかったが、最近は若干の偏見が出てきたと思われ、きちんとした対応が必要」などの発言があった。
- 日本のメディアが欧米メディアの影響を受けすぎているとの意見について、カイロでの勤務経験のある日本の記者より、「早く情報を伝えるという観点から、欧米メディアを参考にはしたが、現在は、アラブ側も英語での発信を増やしているし、また、自分もいろいろな人に取材し、さまざまな場所で情報収集し、日本人の視点で情報を伝えてきた。ただ、政治や戦争のニュースに偏りすぎ、社会、生活の話が少なかったとの反省はある」との発言があった。
- 出川氏は、NHKのドラマ「おしん」が、イランでもエジプトでも大衆に受け入れられたことを紹介し、異文化の間でも、理解しあえる部分もかなりあるのではないかと指摘した。そして、人々の暮らしや文化的背景に迫る報道を拡充することが必要だとしたうえで、誤解が生まれやすい事柄については、報道関係者どうしが、個別・具体的なテーマについて、対話や議論を行う場を設けることが必要ではないかと提言した。池村氏は、現在では情報を伝えるのは記者の特権ではなくなっているとし、東京外国語大学がアラビア語、トルコ語、ペルシャ語の新聞論調を翻訳、ウェブサイトに掲載していることを紹介、このような活動を応援したいと述べた。また、前大戦中、フランスが北アフリカ・マグレブ諸国から徴用した「植民地兵」たちを戦後、見捨てた経緯を検証した映画が最近、大きな評価を受け、仏政府が施策の見直しを決定した。文化が政治に勝利した好例といえ、アラブ地域の背後にある植民地主義の負の遺産を指摘した。
- 最後に、議長より「アラブ・イスラム世界との相互理解はゆっくりではあるが着実に進んでいる。今回の議論では、ハンチントン氏の『文明の衝突』がひとつのキーワードだったが、自分は、『文明の衝突』理論は排除したい」との発言があった。