演説

麻生外務大臣演説

中央アジアを「平和と安定の回廊」に

平成18年6月1日
於:日本記者クラブ
(英語版はこちら)

はじめに

  1. 「主役」は中央アジア自身
  2. 日本の関与の意義
  3. 日本の実績
  4. 中央アジア外交「3つの指針」
      (1)「地域」を「広域」から見る
      (2)開かれた地域協力を後押し
      (3)「普遍的価値」の共有に基づくパートナーシップを
  5. 「中央アジア+日本」会合のポイント

はじめに

 来る6月5日、外務省は中央アジア各国から外交の衝に当たる人たちを東京へお招きし、またアフガニスタンにもゲストとしてお越しをいただいて、「中央アジア+日本」と称する会合を開きます。

 折角の機会ですから、本日はそもそも日本にとって、中央アジア外交とは何を目指すものなのかという辺り、内外の皆さんにご理解いただく一助にと思いこの場をお借りすることに致しました。

1. 「主役」は中央アジア自身

 話はさかのぼりますが、19世紀、ユーラシアのこの内陸部は、北から帝政ロシア、南から大英帝国の利害が激突する舞台でした。アフガニスタンから今日の中央アジアにかけ両大国の繰り広げた覇権争いが、世に言う「グレートゲーム」です。

 21世紀の今日、また「グレート・ゲーム」が始まったと言う向きがあること、皆様もあるいはご存知でしょう。

 元来この地域は石油やガス、金、ウラン鉱石などの地下資源が豊富でして、いろいろな勢力の関心、利害が錯綜しています。「上海協力機構」など、複数の地域機構が重なり合っているうえに、「9.11」以降は、これらが一層複雑な様相を呈してきました。

 しかし言うまでもないことながら、今は帝国主義の時代ではありません。「新グレートゲーム」の結果、中央アジアが諸外国の都合に翻弄されたり、服従を強いられるというようなことは、あってはならないことです。主役はあくまでも、中央アジア諸国自身です。

 いま言った点、当事者自身が主役である、「オーナーシップ」を持っているという認識を土台に据えつつ、この地域の国づくりに協力していきたいというのが、我が国の中央アジア外交を貫く基本哲学です。

2. 日本の関与の意義

 それではなぜ、日本は中央アジアに強い関心を払おうとするのでしょうか。4つほど理由を挙げてみます。

 その1は私に言わせますと、よく鎖を喩(たと)えに持ち出して、1つ弱いリンク(環)があると、ほかをしっかり作ってあってもチェーン全体の強度が結局たった1つ、そのリンクの強さというか、弱さで決まってしまうという、あれに似た問題意識です。

 日本は、世界が全体として安全、平和なことに、自らの繁栄を託す国です。今の喩えで言うと、たとえ遠回りであろうが、鎖全体の強度を上げていくことに国益を求める国ですから、弱い環があると知りつつ頬かむりするというふうには、なかなか参りません。

 そこで中央アジアとその周辺に改めて着目すると、ユーラシア内陸、南西アジアから中東、アフリカを結ぶ一帯の不安定さが、いやでも目につきます。民族の構成は極めて複雑。宗教、宗派の葛藤も潜むとあっては、いつ発火するとも知れない「マグマ」を抱えているようなもの......。それならそこに、マグマの圧力を逃がす安全弁をつける手助けをしたいわけです。

 交通や輸送のアクセスを良くしていくこと、それによって、中央アジアの人々がもっと広い視野を持ち、長期的な発展の可能性をいろいろ思い描けるようにする一翼を、日本として担いたいということです。

 中央アジアは元来、どこも世俗的なイスラム教徒の多い国でした。ところが昨今、南と西からイスラム過激主義が浸透しているとの話もしきりです。

 世界の秩序、安定を揺るがすテロを防ぐ戦いは、「弱い環」を根気よくなくしていく以外、近道などありません。

 その2は、中央アジアがカスピ海沿岸を中心として、地下資源の豊富な場所だという点にかかわります。

 現在の原油生産量は、世界全体の2%強。今後パイプラインなど輸送設備が整っていくと、生産量は倍増する見込みです。2%は大体日量160万~170万バーレルに相当します。アゼルバイジャンを含むカスピ海沿岸地域全体で見れば、日量200万バーレルの生産量があります。これは、日本が毎日輸入している原油量の、実に3割から4割。決して少ないものではありません。天然ガスの生産量は年間約1300億立方メートルと、こちらは我が国輸入量の1.6倍に当たります。

 日本は今、この地域から直接には石油やガスを輸入しておりません。しかし石油も天然ガスも国際商品で、それぞれのマーケットは、基本的に世界で1つ。産地の地域差を超えて統合された市場になっています。

 つまり中央アジアが供給元として安定していることは、世界市場全体の安定に欠かせません。また中東やOPECで何かが起きた時のバッファーともなる以上、日本として、中央アジアの状況を気にしないでいいはずはないわけです。

 それから中央アジアでは大体どの国でも、金が採れます。一番多く採れるのはウズベキスタンで、産金量の世界シェアは第9位。次がキルギスで17位です。日本は金地金の輸入大国でして、2004年の数字ですと年間80トンほど輸入しています。そのうちの6.7%、5トン強は、ウズベキスタンから入ってきているという事実も頭の隅に留めておいてください。

 その3に、中央アジアと日本の間には、引き合うものがあるという点を指摘したいと思います。

 19世紀と20世紀の歴史を振り返りますと、諸外国にもうこれ以上振り回されたくないという切実な思いが、中央アジア諸国にあることは明らかです。

 また私はいつも言うのですが、戦後日本の復興モデルは、「経済的繁栄と民主主義を通じて、平和と幸福を(Peace and Happiness through Economic Prosperity and Democracy)」というものでした。

 こういう行き方がどうして可能だったのか、ウズベキスタンなどで見た私の限られた体験に照らしても、中央アジア諸国には日本に対する一定の関心があります。できれば日本の経験から、何かを吸収したいと思っている人が少なくありません。すなわち協力のベースを広げていく土壌があるわけです。

 その4として、日本が中央アジアに積極的な関わりをもとうとしていることは、それなりに世界で知られてきています。

 日本が主要国と何か協議をするとき、中央アジアのことに触れるのはもはや当たり前ですし、日本の側から、もっと中央アジアに関心をもとう、関わっていこうと、諸外国に対してネジを巻く場面さえあります。日本は中央アジアに関して無視できない存在だという雰囲気をつくっていくことは、我が国外交に一段の幅や奥行きをもたせる結果につながるはずです。

3. 日本の実績

 大体以上のような認識を踏まえて、日本はこれまでいろいろ試みてきました。

 日本の実績として第一に申し上げたいのは、ODAについてです。

 1991年という年に、中央アジア各国は独立国になりました。我が国はその直後から、道路、空港、発電所などのインフラ整備、医療・教育から人材育成まで、広範囲にわたり支援してきました。2004年度までの累計ですと、2800億円。実績ベースで言うと、OECD開発援助委員会(DAC)に属する主要国が中央アジアに出してきたODAのうち、我が国のシェアは約3割に上ります。

 第二に、過去15年の間、要人同士の往来を活発にするようにしました。経済関係も進んで、双方向の貿易額はこの間約7倍に拡大しています。ウズベキスタンとの間には、直行便が2001年4月以来飛んでいます。

 さかのぼりますと、1997年、時の橋本龍太郎総理が打ち出した「対シルクロード地域外交」の中で、中央アジアのそれぞれの国と「政治対話」、「経済協力」、それに「平和のための協力」を推し進めることにしたのが、今振り返りますと役に立ったのだと思います。

 それから第三が、今度会合をやろうとしている「中央アジア+日本」という対話の枠組みです。2004年8月にスタートさせたもので、背景にはもちろん、これまで述べて参りましたような中央アジアの戦略的重要さがますます高まったという共通認識がありました。

 「シルクロード外交」では、各々の国との二国間関係を耕そうとしました。その土台に立って、多国間の集まりをもとうとしたのが「中央アジア+日本」だとお考えください。

4. 中央アジア外交「3つの指針」

 さてここからが、本日少し強調してみたいところです。これから日本は、中央アジア外交を進めるに当たって、何を指針としていくか、ということです。

(1)「地域」を「広域」から見る

 第一に、日本の中央アジア外交は、これからもっと広域的視点を獲得します。

 なぜなら当たり前ですが、中央アジアの安定・発展は、周辺諸国の安定・発展と持ちつ持たれつ、一体不可分だからです。特にタジキスタン、ウズベキスタン、トルクメニスタンの3カ国は、アフガニスタンと2000キロ以上にも及ぶ国境を共有しています。アフガニスタンの安定は、中央アジアの安定あってこそ。逆もまたしかりです。

 それから先ほど私は、「マグマ」に「安全弁」を、と触れたくだりで、中央アジア諸国の人々が広い視野を持ち、長期的な発展の可能性を思い描けるよう手助けをしたいと申しました。

 具体的に言いますとそれは、中央アジアに対し、周辺からの交通・輸送アクセスをもたらそう。ことに、いわゆる「南方ルート」を何とかして整備し、中央アジアにアフガニスタン経由、海へつながる道をつけようということです。

 もともと中央アジアは内陸国ですから、海への出口を持っておりません。アクセスは全体として、陸路、空路とも未発達です。せっかくの資源がこれでは輸出しようにも輸送がままならず、それが中央アジアの経済的、政治的自立を大きく妨げています。

 そこで「南方ルート」ですが、これには中央アジア諸国自身、関心を示しています。我が国は既にタジキスタンで、アフガニスタンにつながる道路の整備に協力しようとしております。

 そのアフガニスタンには、国土を環状にめぐる「リング・ロード」という道路があるにはあるのですが、これが荒廃していて十分用をなしていません。そこで日本は、この環状道路の復興に力を尽くしています。これと中央アジア各国が接続すれば、道路網として大きな意味を持つはずです。

 アフガニスタンの南にあるのがパキスタンで、ここを経由し海につながって、初めて「南方ルート」は意味をもちます。日本はつとにパキスタンで、アフガン国境に近いペシャワールから、港町のカラチへ通じるハイウエイの建設を助けています。

 もう1つ、天然ガスを南西アジアと共有しようという大構想があります。トルクメニスタンからアフガニスタン、パキスタンを経由し、インドまでパイプラインを敷こうというものです。何かと協議が続いてはおりますが、今はまだ実現の見通しが立っていません。

 しかし逆に言いますと、これの建設が安心してできるような日を迎えることが、そのままこの地域全体にとっての到達目標になるはずです。完成の暁、パイプラインが与えるアクセスは南方ルートの道路ともども、中央アジアにとって文字通り、「平和と安定の回廊」となるでしょう。

(2)「開かれた地域協力」を後押し

 指針の第二は、「開かれた地域協力」を後押しするということです。

 中央アジア諸国は、地理的条件に恵まれないうえ、ソ連時代には分業経済体制の下、割り振られた分野に特化せざるを得なかったといったことがいまだに尾を引いていて、ひとつひとつの国は独立した経済単位としてあまりに脆弱です。地域協力なしに、殻に閉じこもっていたのでは未来が開けません。

 経済規模を見ますと、いちばん大きいカザフスタンのGDPが、2004年で約400億ドル。5カ国の合計でもやっと630億ドルといったところで、日本で言うと、これは三重県一県の規模とどっこいどっこいです。

 経済建設を一国だけでやるよりは、お互い協力し合った方がいいに決まっております。テロとか麻薬の問題、環境や水資源のように、もともと国境を超えた取り組みが必要な課題にも事欠かないとあっては、地域協力の必要性は多言を要しません。

 ところが現状はといいますと、隣同士の協力というのは言うは易し、行うは難しです。ただしそろそろ、協力しあわないと埒が明かないことも、当事者自身がよくわかり、何かと模索が始まっているという段階のようです。

 まさにそういう段階だからこそ、日本はここで、「開かれた」形での地域協力に向け、気運を引き立てる応援団になろうとすることができます。

 主役は当事者である中央アジア諸国自身。日本はいわば「触媒」です。日本が、「これを協力します」と言い、それが切っ掛けになって、各国同士の連携が進む、という具合になればいいと思っています。

 我が国自身、例えばODAでは他の主要援助国や国際機関と協調していくつもりですし、開かれた態度で接しようと決めています。ですから他の域外国についても、開放性、透明性を維持して欲しい、と。中央アジア諸国の安定と繁栄のためには、諸外国とバランスのとれた関係が何より大切なことは、いまさら言うまでもありません。

(3)「普遍的価値」の共有に基づくパートナーシップを

 指針の第三として、「普遍的価値」を共有したいという点に触れたいのですが、ここは抽象論から入るより、ひとつ具体例をご紹介します。

 いま独立行政法人・国際協力機構、つまりJICAの委嘱を受けた法律分野の専門家が、ウズベキスタンに入っています。市場経済を成り立たせるのに絶対必要なインフラの1つが、企業の倒産について定めた法律です。日本の専門家は、ウズベキスタンが苦労して作った新しい倒産法が法律実務家に行きわたるよう、解釈に役立つ注釈書(コメンタリー)を作る手助けをしています。

 その専門家を巻き込みつつ、7月には2日にわたって、今度はやはりJICAの肝いりで、キルギスと日本をつなぐテレビ会議形式のセミナーをすることになりました。

 キルギスでも、企業の7割は実質破産状態にあるのだそうです。一体破産とか倒産というものは、どういう手続きを踏むものなのか。それから、破産状態の企業を再生させるため、政府は何ができるのか。これがテーマです。

 我が国が、つい最近さんざん苦労した話題を教えて欲しいと言ってきているわけです。日本からは、商工中金の専門家、整理回収機構や産業再生機構の実務家たちが、テレビカメラのこちら側に立って、キルギス国家資産委員会破産局の人たちや学者に講義をすることになっているそうです。

 民主主義だの、市場経済、人権の保障だの、あるいは法の支配といろいろに言いますが、すべてはこんなふうに、手続きのしっかりした制度を石垣を組むように、ひとつひとつ積み上げて行くことから始まります。

 そういう仕事の手伝いを、ささやかとはいえ我が日本の専門家たちがやっていることを、私はいささか誇らしく思います。制度を地道に作っていく先に、日本が長い時間かけてたどったように、経済の発展が民主主義を育て、それが平和と幸福を生むという成功パターンが、中央アジアでも根付いていってほしいものです。

 日本はそのための助力を惜しみません。価値観を共有するほかの域外国にも、惜しみのない協力を続けて欲しいと訴えるものです。

5. 「中央アジア+日本」会合のポイント

 スピーチを終える前に、今度の「中央アジア+日本」会合のポイントは何か、手短にお話しておきます。

 今回初めて、アフガニスタンにゲスト参加してもらいます。意義については繰り返しません。

 それから今回、「行動計画」を作ります。いくつか柱がある中で、要(かなめ)となるのは地域内協力の振興策です。これについても意義は繰り返しませんが、具体的にはアフガニスタンと中央アジアの国境管理能力を向上させ、テロや麻薬の拡散に歯止めをかけることや、アラル海周辺の植林プロジェクトといった切実な問題への取り組みを進めようとしています。貿易・投資の環境整備とか、先ほど紹介した「南方ルート」推進のための項目も入る予定です。

おわりに

 今日は時間を頂戴し、日本の中央アジア外交について知っていただきたいと思い、いくつか重要な点を申し上げました。千里の道も一歩からです。目先必要な施策は、地道なものですが、その先に、中央アジア・アフガニスタン・南西アジアを「平和と安定の回廊」とするという大きな目標を、国際社会と協調して追求したいと思います。

 本日はご清聴どうもありがとうございました。

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