日本海に面する山陰は島根県西部に、世界に向かって発信する小さな町がある。三隅町である。
人口9,000人弱、総面積の60%が山林という漁業と兼業農家中心の町であるが、他の地方にはない独自の産物がある。手すき和紙である。
この地方で作られる和紙は、石州和紙と呼ばれ、国の重要無形文化財や、通商産業大臣指定の「伝統的工芸品」にも指定されている伝統産業である。
かつては大阪商人が帳簿に用いて、火事の時には井戸に投げ入れて消失を防いだというくらい強靱であり、しかも薄く、光沢があり、繊細な手触りが上品さを醸し出している。
さて、この手すき和紙が、ヒマラヤの懐深く抱かれた国ブータン王国と三隅町との頼もしい堅固な架け橋として大活躍である。
ブータン王国には古くから紙すき技術はあったのだが、残念ながら品質が良くないために、外国からかなりの量の紙を輸入している。
同国は元々天然の豊富な製紙原料を持っているので、なんとか紙の品質の改善を行って、伝統産業を復活させたいと、望んでいたようだ。
そこで手すき和紙では世界的に知られている日本の三隅町の優秀な技術を取り入れたいと、同町に技術協力の要請が行われたのである。
技術交流の第一歩は、昭和61年(1986年)であった。海外技術研修生3人がブータン王国から来日、研修が始まったことに溯る。
そして、研修を通しての交流が本格化したのが平成2年(1990年)に三隅町が紙すき機材一式を寄贈した時からである。さらに双方は研修が実を結ぶためには継続的に協力していかねばとの考え方に到達したのであった。
それ以来、紙すきのシーズンである夏の頃から翌年の3月中旬まで、同国からの研修生に三隅町に滞在してもらう形での交流が毎年続いているのである。また同時に三隅町からも長期、短期の技術者派遣も行われるようになった。
さらに昨年は、国際協力事業団(JICA)の招聘による研修生が同町に受け入れられ、日本語研修からスタートし、さらに紙すきばかりでなく品質管理、工場経営、商品開発など幅広い技術を習得している。これらの研修に参加するブータン人研修生の熱心さに、指導する日本の技術者も驚くという。
研修生は単に技術研修ばかりでなく、三隅町での通常の生活も楽しんでいる。
日本の地方自治体が国と協力して「外国」を相手に行う国際協力の型として他には次のような例が挙げられる。
一つは、埼玉県のネパール支援である。1993年度より埼玉県の有するプライマリー・ヘルス・ケアー(公衆衛生)のノウハウと技術をネパールに技術移転するために県の職員や専門家を派遣する事業を、日本政府の協力を得て行っている。これは、自治体初のODA活用のプロジェクトとして注目された。
二つ目は千葉県のモンゴル支援である。今年度から5カ年計画でスタートする。ヨードの生産高世界一(世界の43%を占める。)の同県が、ヨード不足に悩むモンゴルを支援しようというのである。内陸国のモンゴルではヨードが不足し、子どもたちが発育不全を起こし、病気にかかりやすい体質になる。千葉県は日本政府と協力し、ヨードの無償提供と専門家の派遣を行うこととしており、大いに成果を挙げることであろう。
この二つの例は、今後の自治体と政府(ODA)との協力関係のモデル・ケースになるのではないだろうか。
このように県や市町村は国の協力(ODA)を期待しつつ海外支援事業に取り組もうとするケースが次第に見られるようになってきている。
さて、話を三隅町とブータン王国に戻そう。
双方の交流は年を追うごとに進んできている。平成4年と5年には同町の議長さんや幹部職員がブータンを訪問し、紙すき技術の普及ぶりやニーズの調査を行い、また友好関係を深めてきた。
そしてそのお返しとして、ブータン王国のオム・プラダン産業貿易大臣一行が三隅町を訪れ「友好交流に関する協定書」が双方の間で取り交わされた。
ブータンのプラダン産業貿易大臣の三隅町訪問は、町民の国際意識を一変させたようである。それまで国際協力などは自分たちにほとんど関係のないことだと思っていた町民も、大いに刺激をうけ感動し、町を上げての大歓迎となった。
この三隅町とブータン王国のように、小さな町と国とが直接かつ対等に交流・協力をするようなケースは世界に例がないのではなかろうか。
三隅町は国際協力を目指す全国の自治体の先駆的存在ともいえる。
それにしてもなぜかくも交流がスムーズに進んだのであろうか。
それは双方ともに“伝統をかたくなに守る”姿勢をとり続けていたからにちがいない。
三隅町は大量生産の時代に入っても、1300年前に確立されたやり方で紙すきの伝統をしっかり守り続けてきた。
ブータン王国はワンシュク国王の指導のもとに、伝統文化と美しい自然環境を破壊しないように、緩やかに開発を進めてきている。“国にとって大切なのは、国民総生産量ではなく国民総幸福量である”と言う国王の言葉はつとに有名である。
この2つの国を結ぶ絆というものは、“紙すき”であるというよりも、“古き良き伝統”であるのかもしれない。ヒマラヤの王国の民と、石見の国の民の益々の友情の深まりを祈りたい。