ColumnIII-3 顧みられない疾病への取組-大洋州リンパ系フィラリア征圧計画-
現在、感染症対策については、HIV/AIDS、結核、マラリアなどに対する支援が国際的には主流になっています。しかし、感染症はHIV/AIDSやマラリアだけではなく、フィラリアなどのように、死に至る病気ではありませんが、人間の身体に重度の変形をもたらし、患者に肉体的・精神的な苦痛を強いる病気もあります。フィラリアを含む、医薬品の開発が進んでいない、もしくは医薬品があっても途上国の貧困層には十分に届かない疾病は「顧みられない疾病」と言われ、2003年のG8エビアン・サミットでも取り上げられ、その対応が迫られています。
フィラリアの感染者数は世界で約1億2,000万人といわれています。フィラリアは蚊が媒介する寄生虫症で、象皮病や陰嚢水腫(注1)などの症状が生じます。途上国においては、フィラリア患者の社会的負担は大きく、貧困の原因となっている場合もあります。
WHOはフィラリアを征圧可能な疾患としており、1997年5月、2020年までに全世界からフィラリアを征圧することを宣言しました。同宣言を受け、1999年3月、西太平洋地域の各国の保健大臣がパラオに集まり、WHO西太平洋地域事務局(WPRO)と共に、西太平洋地域において2010年までにフィラリアを征圧することを決議し、大洋州リンパ系フィラリア征圧計画(Pacific Programme to Eliminate Lymphatic Filariasis:PacELF)を開始しました。
PacELFが始まる以前は、大洋州地域ではサモア、仏領ポリネシアを除き、フィラリア対策は全く行なわれていない状況であり、中にはフィラリアの存在すら認識していない国も多くありました。WHO/WPROはフィジーにPacELFの事務局を設け、チームリーダーであるWPROの一盛和世氏を中心に、大洋州22の国・地域においてフィラリア征圧のプログラムを実施中です。
日本は、WHO/WPRO と連携を図り、PacELFに対し2002年度までに、1億1,000万円の支援を行いました。また、二国間援助として駆虫剤や検査キットの機材供与、青年海外協力隊員、シニア海外ボランティアの派遣を行っています。
サモアは、他の大洋州地域の国々に先駆け、フィラリア対策が行われていた国です。1964年に保健省にフィラリア対策課ができ、感染率は減ってきていましたが、征圧するまでには至っていませんでした。しかし、1999年PacELFに参加することとなり、5年計画でフィラリアを征圧させる計画に着手しました。サモアに派遣された青年海外協力隊員は、サモアの保健省職員と協力し血液検査や、薬の配布、PacELFの事務局から送られてくる備品の管理や、報告などを行っています。サモアのフィラリア対策は現地に根付いており、血液検査の日には村の婦人会が会場の準備や村人への通知等を行うなど、現地との協力体制が出来上がっています。
PacELFの中間評価は2002年から 2003年にかけて5つの国・地域(米領サモア、クック諸島、ニウエ、サモア、バヌアツ)で行なわれました。その結果、フィラリア幼虫陽性率は91%の減少、またフィラリア抗原陽性率(注2)は39%の減少を確認しました。
WHOの世界フィラリア症征圧計画の一環として展開されているPacELFは、フィラリア征圧計画の成功例として高く評価されています。PacELFの組織運営、フィラリア対策の技術的な方法などは、世界の他の地域で行なわれている征圧計画のモデルとなっています。
注1:手足や外陰部が象の足のように大きく腫れ、表面がざらざらした状態になる、フィラリアに特徴的な症状。フィラリアを引き起こす寄生虫が人間の体内のリンパ管に入り成長するため、リンパ管が詰まりリンパ液が局部に滞るため起こる。
注2:フィラリアの検査法とその指標には、大きく分けて2つある。フィラリア幼虫陽性率は、血液中にフィラリアの幼虫がいるかどうかを、顕微鏡で調べる簡便な方法。フィラリア抗原陽性率は、検査キットを使用し、血液中に成虫が存在するかどうかを検査する方法。フィラリアの制圧過程では、最初に前者が大幅に減少し、続いて後者が減少するというのが、一般的な現象。

フィジーにおける全国一斉投薬キャンペーン