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小田 宣博(団長)
香川県 会社員 |
昨年末の大統領選挙に際して、国内各地で暴動が発生し、主要産業の観光産業等への影響が大きく出ており、早い回復が望まれる。 ケニアは、東アフリカにおいて指導的役割を果たしており、援助を通して周辺諸国への波及効果が高いアプローチが行われ、日本ともパートナーシップの確立ができていた。視察は短期間で数多くの案件を回り、かなりハードな行程であったが、主要援助国として歴史を重ねて来た援助の成果として、関係者からの熱い熱意が伝わってきた。重点分野においてオーナーシップを尊重し、現地の実情に合った援助、次の発展に結びつく援助が模索され、施設や機材等ハード面の援助に併せて持続性を持って技術移転・人材育成を行うソフト面の援助は、現地の方からも質が高いと評価され、感謝されていた。
開発途上国の自立を促し、将来に渡って発展を継続させるためには、人材の育成こそが最重要課題である。国造りは人造りと言われるがその根幹をなす教育の分野において、人間中心の開発のもとで、学校整備と教員養成等の双方で支援を行った中等理数科教育強化計画(SMASSE)やジョモ・ケニアッタ農工大学(JKUAT)は、ケニアの立場が援助される側から、周辺国の援助を行う側に移行している。日本側が一歩引いた形でサポートを行う第三国研修は、少ないリソースで大きな効果を得るための良い手段であり、成功を収めている。
日本のODAは現地のために働く青年海外協力隊員や専門家の情熱によって支えられ、ケニアのために力を尽くしていた。厳しい生活環境の中で、試行錯誤しながら現地の人々に技術協力していくのは大きな使命感がなければできないことである。現場で一緒に働いてみせるという日本人のその姿勢が、現地の方の自立意識を一層高める効果を生んでいる。
今後においても多様化するケニア側の真のニーズをしっかり掴むためには、現地で活動しているNGOと連携して情報交換を行い、積極的に支援の和を広げていくべきである。 |
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萩森 健治(副団長)
徳島県 技術士・工学博士 |
ソンドゥ・ミリウ水力発電所やジョモ・ケニアッタ農工大学のような総額150億円を超える大型案件から1千万円以下の草の根支援的なものまで5日間で10案件を視察した。視察時間にもう少し余裕があり、またODA支援が無い場合の状態も把握できていれば幾分定量的な評価も可能であろう。今回は自分の目で見て感じた直感的な評価になるが、それによれば支援を受けた分野、組織、地域の人々の生活レベルと技術力の向上に大いに役立っていると感じた。特に受け入れ側の前向きな姿勢と熱意の高さは想像以上で感心した。外務省、JICA、青年海外協力隊の長年にわたる熱心な技術指導が着実に根を下ろしつつあり、支援を受けたコミュニティの絆と自立意識がしっかり育っており、確実に効果が上がっていると感じた。一方で、38年前の学生時代に訪問した当時のナイロビと比べて街は汚れ、治安が悪化し、貧困層が増加している印象も同時に感じた。これは、ODA支援とは別の要因として、政情不安や都市部での人口増加、失業率の増大、食料不足、エネルギー問題等が同国の社会経済に大きく影響しているようで、国全体としてみると貧困の解消、教育レベルの向上、産業の発展、インフラ整備は今後も大きな課題であると思われた。これらの課題の解決に向け、引続きケニアに対する支援の継続を期待したいが、支援に際して特に以下の必要性を感じた。(1)ODA支援で効果が上がった各拠点での成果を線あるいは面として展開し国全体に広める。そのための現地コアメンバーの育成と技術協力を継続する。(2)対ケニア支援を行っている諸外国やNGOとも連携を密にし、役割分担を決めるともに重点指向を図る。(3)初等中等教育の充実による国全体の教育レベルの底上げを図るほか、研修や相互交流により技術・行政のトップ級の人材の育成も大事と思われる。(4)ODAをめぐる不祥事は、これまで育んできた国民に対する信頼を一挙に損なうため、必要な支援や予算に支障が生じないようODAの透明性をより高める。(5)成果が上がらなかった案件についても原因究明と今後の解決策を示し公表する。
民間モニターとしても、各案件についての定量的な評価資料の提供を受けた上で、帰国後にODAの成果を積極的にPRすることで前向きな理解が得られるよう努力することも必要である。 |
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安田 尭彦
東京都 大学生 |
今回ケニアを訪れて私は、様々なものを見ることができ、様々な人に出会うことができた。まず、大使館、JICA、JBIC、JOCVの方々など、現地で汗を流す人々の姿には頭が下がった。もちろん、すべてのプロジェクトが成功するとは限らない。そういう意味で、結果だけで見ると批判できるところはあるだろう。だが、私がお会いした限り彼らは、熱い心と冷静な頭をもって、現地の人々とコミュニケーションをとり、プロジェクトを前進させていた。このような人々の姿勢については、強調してもしすぎることがないだろう。
今まで以上にアフリカに世界の視線が集まっている2008年、アフリカの資源国は資源高を背景に経済成長が著しい。だが、鉱物資源に乏しいケニアにおいては、資源価格の高騰は成長の原動力にはならず、むしろマイナスに働くため、成長のエンジンを他に探さねばならない。他の分野、つまり、農業・観光・人的資源などに力を注ぐことが重要なのだ。ケニアに対する開発協力もこれらを後押しするものだったが、これをより効果的にするためにも、多くのドナー間の援助協調がいっそう重要になってくると感じた。そのドナーたちの中で日本は、得意分野ともいえる農業・インフラ・電力分野を重点的に、人々の生活に密着する部分まで、バランスよく支援しており、人々の生活を支え、この国を発展させる上で重要な役割を担っている。この点は大きく評価できた。
日本の援助はケニアに対して厳しいという声をよく聞いた。しかしそれは、相手のオーナーシップと自助努力を重視する姿勢の裏返しであり、それがこの国でも結果として大きな力を発揮できている、と感じた。
全体的に、日本の協力には理念が感じられ、現場で働く人々には情熱が感じられた。これからもこの姿勢を崩さず、長い視点で相手国を支える協力を続けてほしい、と切に願う。 |
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鈴木 晴夫
新潟県 会社員 |
ODAが本当に役立っているかどうかというのは、役立って当たり前です。問題は現地の人の意識の問題で、援助慣れしているか、援助が当然だと思っているかどうかを確認すること、すなわちODAの援助の後には自立してやっていけるのかどうかの自助努力ができるかです。ODAは3年とか5年とか期間が決まっていて、その期間が終わるといきなり打ち切られたとの意見もありました。
ODA終了後も確認とフォローが必要ではないかと思います。JICAや青年海外協力隊の熱心な技術指導の姿がありましたが、NGOの実際の活動を見られなかったことが残念でした。
政府援助と違い、民間のNGOは会員の会費や寄付等で資金を集め、それこそ草の根的援助を行っていますが、資金には限度があります。地元NGOとの会食で政府からの援助をもらうことがむずかしいと聞きました。ODA終了後のフォローや役割分担を、もう少しNGOと連携を図っていく必要性があると感じました。
ケニアは東アフリカの中では優等生だと出発前に聞きましたが、なるほどその通り、現地を見て、地元の人の話を聞くと、その熱心さと明るさ、特に女性パワーを見せ付けられました。ニャンド川護岸工事に携わったオデソ村の現地コミュニティとの意見交換では身に付けた技術を役立てたい、半乾燥地帯の植林事業のFarmers Field School(FFS)では、自分が身に付けた知識を近隣の村のFFSで指導するなどの自立意識がしっかりしていたことはODAの効果だろう。
首都のナイロビ以外は道もガタガタで電気の供給も少なく、安全な水もままならないという。インフラ整備や、灌漑地区の水田の機械化など、まだまだODAの支援が必要だと感じた。日本のODAのPR不足もあってか日本国民のODAに対する理解度と意識の低さにはがっかりした。ODAは資金の支援だけではなく、小さな国際交流でもあることを伝えていく必要があるだろう。 |
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上口 恵
神奈川県 大学生 |
私は今回ODA民間モニターに参加するまで、ODA事業の実態や成果をあまりよく知らなかった。しかし、今回納税者代表として直接現場を視察する民間モニターという恵まれた機会に参加することができ、実際に自分の目で援助の現場を見て、実際に現地の方々の声を聞いて、日本の援助がケニアの方々の役に立っていることを強く実感した。
視察の中で特に印象的だったのは、視覚障害者に対するあん摩技術講習会という草の根技術協力案件の現場で「日本の支援のおかげで私の人生は変わった」とあん摩技術者の方が言った一言だった。日本にいてはなかなか実感しにくいODA事業の重要性を感じた。
また、現地では多くの日本の方々に会い様々な話を伺うことができました。困難な条件の中、国づくりの課題に立ち向かう多くの人々の生き生きとした姿がすごく印象的で格好良く、尊敬の念を覚えた。
また、相手の顔が見える援助に目がいきがちであるが、ハードとソフトその両面による支援が重要であるということを感じた。
今後の課題として、相手国や現地で援助活動を行っている方への信頼感や安心感のためにも安定した援助が求められ、重要であると思った。
また、援助のあり方として、日本のODAの方針である「自助努力」が大切だと感じた。今回の視察の中でも強く感じたが、あくまでも日本など援助側は助手席に座り、ケニアの人々が主体的に運転するように、私たちがいかにうまく促し支えるかが大切であると思う。
最後に、今回の視察でODA事業やケニアの全てを見ることができたわけではなく、ほんの表層を垣間見たにすぎないということを胸に留め、まだまだ支援を求める多くの人々に援助を行い、国全体が成長していくことを期待したい。
そして今回私がケニアに行き見てきたこと、感じたこと、学んだことを1人でも多くの人に伝えていき、何か私に少しでもできることを考え、今後何らかの形で国際社会に貢献していきたいと思う。 |
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古田 千奈津
鹿児島県 会社員(ツアーコンダクター) |
今回、ODA民間モニターに参加し、私はODAの重要さを痛感すると共に、国が行う支援だからこそ一般庶民からみると「何で?」と疑問に思う点もいくつかあった。
まず、日本のODAにより支援された地域住民やその恩恵を受ける人々に出会い、私は自分が日本人であることを誇りに感じることができた。それは、私達の税金がきちんと使われ、そして地域住民へとほぼ還元されていると実感できたからだ。日本のODAにより生活環境が改善された地域住民の方と出会い、話をお聞きして、「私は何もしてないのに」とこっちが恥ずかしくなるぐらい、支援をありがとうありがとうと何度も感謝の念を言って下さる。これは、地元の方々から日本のODAの資金や技術が地元できちんと伝わっているからこそ言ってもらえることだと私は思う。私が納める税金がケニアの人々に役立っていると実感できる今、私はODAに費やす予算の増加を熱望する。ただ、私はもっと現地で自分の私財を犠牲にしてでもケニアの人々の為に頑張る日本人に何らかの支援を今以上に行っていただきたいと思う。なぜなら、やはり支援を末端まで届けるには、現地で働くNGOの皆さんを頼らなければならないからだ。また、相手国が要望してくる案件に対して行う支援であるがゆえに、要望されたことだけを支援すれば良いということを感じることもあった。例えば、ムエア米の価格についてである。生産性向上の為、技術提供を行い多くの農家がその恩恵を受けているが、そこで育ったお米は一般庶民では高すぎて買えないという現実がある。貧困削減をODA大綱に掲げるのであれば、価格調整に対する何らかの支援をも行うべきだと感じた。しかし、要望があったのは生産性を上げるための技術支援だけである。
日本のODAによる支援だということを知らない現地の方々もたくさんいる、しかし、日本の行うODAにより、多くの人々が助かり、またこれからも“私達”=ODAを必要とする人々はまだまだたくさんいる。その人達の為にも私は、日本のODAに対する国家予算が増えること、そして、もっときめ細かな支援が行えることを強く希望する。 |
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近江 佳永
神奈川県 大学生 |
ODA全般に対する批判はこれまでよく目にしていた。私自身は学生であり、まだ浅い知識しか持ちえていないが、ODAは現地で役立っているのか疑問に感じていた。特にケニアへのODAは、かつて資金の不正流用など様々な負の問題が露呈していた。しかし、視察を通してケニアにおけるODAは、ケニアの発展のために有効に活用されていると感じた。
まず第1に、日本のODAは途上国の「自助努力」を支援するという側面を持つ。そのため、今回視察した約10の案件がさまざまな課題を抱えながらも、ケニアの主体性を軸としながら今後の継続性を伴っている。援助における主役は、日本ではなくケニアだということを実感できた。
第2に、現地で活躍する日本人関係者の方々のケニアに対する真摯な姿勢である。ODAを有効なものにするためには、やはり現地の状況を把握する人々の働きが欠かせない。ケニアで尽力する多くの日本人の存在は、これからケニアがどのように成長していくのかを表しているかのように感じた。視点を変えれば、ODAは途上国支援のみでなく、現地の日本人の努力を支えるものでもある。
ただ、私が見たのはあくまでケニアの一部である。それらはあくまで表層にしか過ぎず、ほんの少しの材料だけでケニアにおけるODAの有効性について判断することこそ、危険かもしれない。ケニアには多くの民族が生活しており、その多様性から起きる問題も少なくない。当然のことではあるが、その国や地域の文化や伝統、歴史などを理解し、その上で支援の在り方を考えていく必要があるのではないかと、帰国後に改めて感じている。
今回の経験から自分が学びえたことを周囲に伝えるなど、小さなことだが行動していきたい。それが、今の私にできるODAとの向き合い方だろう。そして、一国民として今後もODAの動向を、ケニアの成長を見続けようと思う。 |
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鈴木 まり子
三重県 大学生 |
ODAが本当に現地の人々の役に立っているのか知りたいという思いを持ちながら、今回の視察に参加した。日本では、しばしばODAに対する批判を耳にした。私もODAへの批判的なイメージを持っていた。しかし、現場に足を運び、話を聞き、そのイメージが変わった。
今回の視察では、ODAがケニアの人々の役に立っていることを実感できた。一方的な援助ではなく、現地の人との双方向のやりとりの中で支援をしていると思った。日本の支援が終わっても、ケニアの人たちの手で続けていくことができるようにという姿勢を感じることができた。現場で働く人たちも、試行錯誤を繰り返しながら、課題に向かい合っていると知った。
日本では、ODAへの批判や予算の削減が話題になっている。ODAのすべてを否定したり、すべてを肯定したりするべきではないと思う。今回の視察で私が聞いたこと、目にしたことも、一側面なのかもしれない。簡単に答えを出すことは、できない。しかし、課題や批判はあるが、ODAの取り組みは必要だと思う。ODAの支援だからこそできることもあるはずだ。
民間モニターに参加する以前の私も含め、ODAについて、よく知らないという人も多い。ODAの現場の活動やその意味をより多くの国民に伝えるという課題があると感じる。また、私たち一人ひとりも世界に目を向け、関心をもっていくことが必要だ。自分とは無関係の遠い国の出来事としてではなく、自分とのつながりの中で支援の形を考えていくことができればと思う。
今回の視察で知ったことや感じたことを多くの人に伝えたい。そして、これからも世界と日本とのつながりを考え続けていきたい。 |
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長田 良一
鳥取県 教員(小学校) |
「日本のODAは本当に現地の人々に役立っているのか」という視点を、今回の視察において最も重視した。そのため、できる限りケニアの人々の意見や要望を直接聞き、かつ、日本のODAに対する批判的な意見や質問を、意識して積極的に発する姿勢を取った。視察を終え、自分自身の結論として、「ケニア人の自立」を最終目的とした日本のODAは確実に成果を上げ、現地の人々からも強く支持されている、ということが言える。
その最たる要因として挙げられるのは、施設や機器等の提供・整備だけでなく、地域住民のコミュニティー作りをはじめとする、「自立」のための人のネットワークづくりに対する支援の充実である。これは、極めて手間のかかる地道な仕事であるが、こうした取り組みが確実に身を結び、「ケニア人自身の手による開発」に向け、成果を上げていることを感じた。
一方、課題としては、マーケティングの問題が挙げられる。様々な技術援助により生産性を上げても、商品を市場に流通させるための手立てが十分ではないため、収入増に結び付いていない面が見られるのではないだろうか。このような点についても、日本からの様々な援助が可能ではないかと思われる。
それと関連するが、ルト農業大臣の、「援助には感謝するが、ケニアと日本の貿易は1対40の輸入超過である。ケニアの優れた商品をもっと買ってほしい。」という発言が心に残っている。ODAの趣旨からは外れるが、広い意味でケニアの開発援助について考える場合、意味のある発言だと思った。
最後に、ODAの広報活動について、一言触れておきたい。日本の「等身大の国際貢献」の姿を、より広く、より具体的に国民にアピールしていく必要があると、強く感じる。そのために、自分自身に何ができるかということを考え、実行に移していきたい。 |
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園部 芳男
栃木県 教員(中学校) |
ケニアの地に立ち、まず感じたことは、貧しさであった。視察バスの外を見渡せばともかく歩く人々。家を見れば土壁の電線のひかれてない家。そうかと思えばナイロビには高層ビルにファッショナブルな人々。とてもアンバランスであった。貧富の格差を強く思った。
こうした環境の中で各プロジェクトに携わる日本人たちは不便さを憂えるのでなく、楽しんでいる姿に力強さを感じた。ODAはこうしたたくましい人たちによって進められているのだと実感した。自分たちが全面に出るのではなく、まるで芝居の黒子のように振る舞っている姿は尊敬に値する。将来の自立したケニアを祈らずにはいられない。彼らのもとから多くのケニア人の後継者やリーダーが育っている姿がとても印象的であった。ソンドゥ・ミリウ水力発電所でのケニア人スタッフ、また、意識の高い技術委員会メンバー、洪水と戦うオデソ村の多目的グループの力強い婦人リーダー、ムベレ県のFFSという社会林業を教える青空学校の熱心なメンバー。中等理数科教育強化計画(SMASSE)におけるケニア理数教育を支えるケニア人講師、等々。数多くの人材が育っている点はケニアの将来の可能性をうかがわせる。そうした意味でODAは有効に機能していると実感した。
ODAについては日本国内ではとかく議論されて批判の対象である。私の学校の生徒でさえ「国内に困っている人が多いのだから日本は外国よりも国内の人を救うべきである。」と。そうした批判はODAというものの認識不足からきている。私も十分ODAを理解していたかというとそうではなく、実際に援助の現場を目の当たりにして理解を深めることができた次第である。この貴重な私のケニアでの体験こそが大きな財産で私のまわりの生徒に大きなインパクトを与えることが可能で、インパクトを与える大きな責任を痛感している。これから私の地域で大いにODAについて語っていきたい。 |
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武田 直子
岡山県 教員(高校) |
「国際社会における日本の役割」とよく言われる。テロ対策などでの「国際社会」とは単なる親米国家集団のようで、耳にするたびに違和感を覚えていた。しかし、今回の視察を通し、ODAに関してはこの言葉が素直に納得できた。ケニアの至る所で目にした多くの日本車は、私たち日本の社会経済がこうした途上国によっても支えられていることを実感させる。実際、ケニアの日本製品の輸入額は、日本のODAや輸入額の何倍にもなる。
自立した国づくりのための貧困削減には経済成長が必要と言われ、日本のODAも発電所建設などでその一端を担っている。しかし、17年ぶりに訪れたケニアでは、発展の一方で格差の拡大と治安の悪化の印象を受けた。また、所得が増えても世界的なエネルギー・食糧の高騰による物価高に直面する。現に日本と変わらないガソリン価格には驚いた。そうした人々の生活をよそに、依然として汚職体質は続いており、富の再分配を果たすべき政府にも不安材料は多い。
このような難しい状況において、日本の援助は単に与えるのではなく、育てて持続していく点で評価できる。逆にそれだけケニア社会に踏み込んでいるということは、今後の社会や生活・文化の変化に責任を負っているともいえる。それゆえ、押し付けにならぬよう、あくまでもケニア人の主体性を重んじる日本側の姿勢も理解できた。そして、ケニア人と時間をかけて向き合う日本人スタッフの話を聞きながら、私たちも同様にそうした現場の声に耳を傾ける必要を強く感じた。
ODAは今後どのような方向に進むのか。先進国が現在の豊かさを享受したまま、途上国の貧困削減・経済成長を支援することに地球の許容量との矛盾はないのか。昔と変わらない穴だらけのケニアの道路を走り続けた後は、日本の道路もこれが普通というよりむしろ贅沢に感じる。ODAがこうした格差世界の富の再分配として本当に有効に機能するならば、私たちは日本のODAの問題を指摘しながらも、評価できる点は評価して理解と協力に努めるべきではなかろうか。 |
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