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田中 亨(団長)
埼玉県 大学生 |
これほど充実して、有意義な時間を過ごしたのは初めてだった。エルサルバドルの対日感情は非常に良いものであり、これは全て、これまでODAに関わってきた方々、大使館の職員、JICA、JOCVの方々の賜物であると思う。
ODAに関して、様々な意見があるが、実際に援助を受けている国へ行ってみて、日本のODAは確実にエルサルバドルのためになっていると思い、また、日本はこれからも途上国に対し支援を続けていくべきである、とも思った。行く先々で感謝をされ、それと同時に先人に感謝し、日本人としての誇りを持つことができた。また、自分も同じ日本人としてしっかりしなければという戒めにもなった。
今回の視察で、日本のODAは、援助額は少ないが、質が非常に高いということを何度も耳にした。また、耐震技術に特化している事も改めて知った。日本のODAの支援は、日本国民の税金により成り立っている。それ故、国益を求めるのは理解できる。が、理想を理想で終わらせるべきではないと思う。支援している側が利己的な利益を求めず、世界各国が特化している分野を分担し、互いに協力し、途上国を支援すれば、もっとよりよい支援ができるのではないかと思う。
これからのODAの課題は周知であると考える。年々ODAの予算は削減されており、世論からも支持されにくくなっている。少々楽観的かもしれないが、ODAに対し、批判的な意見を持っている大半は、実態を知らないからであろう。そのきっかけにでもなれればという思いで、私が現地で見て、肌で感じてきた事をできるだけ多くの人に伝えていきたい。 |
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河本 隆(副団長)
山口県 会社員 |
私達が視察した案件で共通して感じた事は、日本のODAは現地で着実な成果を上げ、エルサルバドル国民は日本のODAを期待し、高く評価していることである。
現地では、青年海外協力隊や技術協力専門家の人達が、最前線で地域に根ざした活動を行い成果を上げている。彼らは、真にエルサルバドルを愛し、国民のために昼夜を問わずに活動している。活動は現地政府各省や自治体と連携を取って行われ、将来のエルサルバドルを考えた長期的展望に立って行われている。活動は多岐に亘り、地道に且つ効果的に行われ、日本のODAの基本「自助努力支援」を着実に実現している。本当に頭の下がる思いで、一杯であった。このような人達が、日本を代表して異国の地で活躍している事を、日本国民として誇りに思う。日本国内の私達は、彼らをあらゆる形で積極的に支援する責任があると強く感じた。
ODAで引き合いに出されるのは、その案件が国益にどう繋がるかであるが、私は今回の視察を通じて、国益よりももっと大切な事があることに気づいた。人が人間らしく生きるための最低限の生活・教育・安全、そのために先進国日本が果たす役目の大きさを実感した。世界には、日本の援助を必要としている人達が沢山いる。この人達にもっともっと援助の手を差し伸べ、地球全体の生活レベルを向上させる責務があると考える。そのために日本のODAは、国益に軸足を置くことなく、世界各国と協力して援助を展開すべきだと考える。ODAはともすると低所得国家に眼を向けがちであるが、エルサルバドルのような中所得国家にも援助を必要とする案件がある事を忘れてはいけないと思う。
大型有償資金協力も長期的展望にたてば必要な援助であるが、技術協力や草の根・人間の安全保障無償資金協力は、まさに援助が必要な人たちにピンポイントで支援ができ、即効性・短期終結の観点からも、是非強化して貰いたい。 |
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飯島 亜由美(副団長)
埼玉県 介助員 |
現地の人々の生の声を聞きたい、そこにある現状をこの目で見てきたい、という思いを胸にし現地へ向かった。話や資料から想像する事の出来ない程ODAは人々に役立たれ、感謝され、有効に活用されていた。というのも、現地の人々は皆、日本の援助は資金だけでなく、他国にない独特の方法でしっかりとした計画性があり、共に行う技術協力、自立発展を目指す教授法で、質がよく期待していると口を揃え、好評だったからだ。親日家も多く、対日感情も良い事からも同じ事が言えるだろう。
一方、現地で直接地元の人と触れ合う専門家や協力隊員は、とても誠意を持って活動していて、エルサルバドルの将来を見据え、共に悩み、苦しみ、協力して作り上げていく姿に、援助や国境という言葉はなく、人が人として行う事の当たり前さ、人間の原点である様な熱意ある活動であると感じた。(この様に素晴らしい活動は国内に沢山あり、日本から見えづらいのは非常に残念である。)
今回視察を通し、日本のODAは現地の人々と密着していて、彼らの知見や視野を広がらせたり、相互情報交換や共有、教え合い、助け合う重要さを伝え、気づかせていると、改めて感じた。また、日本のODAは人と人との繋がりを作る機会をもたらし、一人から家族、それが学校などの公共機関との連携、地域社会全体への結びつきも強化している。ODAは、資金だけの援助でなく、もたらす効力、影響力は多大である。人間としての暖かみをそこに感じることができ、日本のODAを誇らしく思った。
この国の成長と発展は安定と平和へ繋がると共に、地球全体の国際社会の平和と発展にも繋がる事だろう。
そこにある人々の心、気持ち、そして笑顔を絶やしてはならない。同じ人間として生まれてきたすべての人の未来は、明るく輝き、笑顔のあるべき生活なのだから・・・。 |
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飯田 武正
福岡県 任意ボランティア団体 |
エルサルバドル新たなる出会いと感動の旅!
首都サンサルバドルは、山手の洒落た閑静な町並みと、カテドラル等がある中央市場付近の庶民性溢れる町並みとがある。
「音の哀楽をもって、国の盛衰を知る」とある。時に哀愁がこもった中にも、どこまでも底抜けの明るさをベースにした音楽は、朗らかさを失わない民衆と共に、必ずやこの国をそして中米・カリブ諸国を繁栄へと導いてくれるに違いない。
ODAに関し一番驚いた事は支援活動が是ほど多岐に亘って展開されていた事、粘り強い持続的経済支援、地元に密着したそれでいて高度の技術支援、練り上げられたプログラムによる人材の育成、徹底した奉仕の精神に支えられた多くの善意の行動、そして地元の方々との信頼の確立。これらが渾然一体となって、初めて今日の様なエルサルバドルと日本間の信頼関係が築かれてきた事実である。
今、エルサルバドルは、苦難の歴史から幸の花開く歴史へと大きく踏み出している様に思える。この国の発展と若き人材群の育成の為、今なお関わり続け諸問題と格闘し続けている多くの日本人がいる事を私達は決して忘れてはならないと思う。
青年海外協力隊、シニアボランティア、専門家メンバー、JICAや外務省職員、その他多くのボランティアの方々。その厳しい環境の中で、地元の方々との深い人間関係を構築し多くの信頼関係さえ築いてこられた。
「山は樹を以って茂り、国は人を以って盛んなり。」(吉田松陰)とか。
所詮物事は、全て人によって決まる! 大使の話にあった「打てば響く様な関係、響き合いながら働く・響働の関係」との言葉が強く印象に残った。エルサルバドルでの実質僅か4日間における多くの出会いと邂逅は特記すべき事項であった。多くの方々から毅然として、それでいて常に前向きに生きようとの息吹を感じる感動の旅となった。 |
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水野 修
東京都 会社員 |
ODAモニターに参加が決まってから、視察するまで瞬く間だった。これ迄ODAの知識は無く、また関心も無かった私が、今こうして積極的に関わろうとしている。限られた時間だったが、現地ODA活動を視察出来たことはエキサイティングな経験だった。供与する側/される側、ODAに関わるスタッフと、その効果を受ける方々に出会えた。歴史・政治的背景や、モラル、生活習慣、様々な要素から、この国が成り立っている。ODAは、これらの要素を考慮した適切な支援でなければ、全くの無駄になる。現地視察し、関係する方々が、単に供与する/される関係でなく、『今何が問題で何が必要なのか?』『何を目指し何の効果を得たのか?』を常に考え、情熱をもって活動されていることに感動し、興奮を覚えた。先述の通り、各プロジェクトは、多々の視点から、『いかに効率良く効果が期待出来るか?何が必要なのか?』という観点で活動されている。技術協力に関しても、カウンターパート※の意識レベルは高く、技術面でも既に自走出来る状態であり、とても安心した。当国人指導者から直接ヒアリング出来たことは、私を含めて視察メンバーにとって、とても貴重な経験であり、重要な役割の一つだと再認識した。個人的には、様々な背景や経済的な理由等はあるが、被供与国はドナー国世論に対して、ODA活動の効果や期待度をもっと積極的に周知すべきだと思う。ドナー国の世論に対して、もっと貪欲に且つ直接的に支援や協力を求めた方が、議論は増え、意識も高まると考える。何のために日本がODAを行うのか?シンプルだが難しい問題だと思う。実は皆が関わっているハズなのに、意識的には全く無関心である。要/不要の判断は個人で様々だ。私も明確な答えは持っていない。地球の裏側で見た、実直でひたむきなこれらの活動を、とにかく出来る限り広く周知したいと思っている。
※カウンターパート[現地従事者] |
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佐藤 智香
宮崎県 大学生 |
今回の視察を振り返ってみて、エルサルバドルにおける日本のODAは政策協議を通しているだけあって、ニーズにあった支援であるように感じた。それは、訪問先での温かい歓迎や心のこもった感謝の言葉、日本(人)への良好なイメージからも伺える。
しかし視察中に感謝の言葉と共に「まだまだ日本政府の支援が必要です」という声もあった。首都とその他の地域を比較すると納得のいくものではあった。そこで、私の感じたエルサルバドルでのODAの課題を3つ挙げたい。まず、中所得国となっても依然として残る貧困層への支援をいかに行うかということ。そして、インフラが優先して後回しにされてきた教育への支援をどのように復興するのかということ。最後に、案件終了後も案件中と同様の機能を保ち、さらに発展させる仕組みをどう確立するのかということだ。これらについては今後の報告活動を通じて考えていきたい。また、私が日本のODAに望むことは、資金援助と技術援助の移行を適切に行い無駄のない支援をすること、そして、案件の始まりから終わりまで一緒に活動するという日本の長所を生かした支援を継続していくことだ。それはお互いが、世界が共栄することに繋がると思う。
ODAに対して2つの疑問があった。それは、日本のODAの本質は「国益」と「人道支援」のどちらにあるのかということ。そして、ODAによる生活の変化を現地の人がどのように受け止めているのかということだ。視察を通して、国益と人道支援はどちらも必要な柱だと感じた。還元する何かがなければ国民の税金を使うことはできず、想いがなければ現地の人と心を合わせた真の支援活動はできないのだから。また、変化は「日本に変えられた」のではなく「変化の主体となって取捨選択を行った結果」という印象を受けた。日本のやり方を押し付けるのではなく、お互いが歩みよることで行動変異がなされたように感じた。
今後はまず、ODAに対する評価についてではなく、私がモニターとして感じたこと、経験したことをより多くの人に広め共有し、ふと立ち止まって、ODAのこと・日本のこと・他の国のことなどについて考えてもらう「きっかけ」を作っていきたいと思う。 |
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山崎 小波
神奈川県 日本語講師 |
今回の視察では、国内にいては見ることのできないODA実施現場へ行くことができ、関係者と会って話を聞くことができた。案件以外にも過去の実施現場を訪ね、多くの青年海外協力隊の方々にも会え、その活動内容を直に伺えた。これまで現場に係わった人の体験を聞く機会はほとんどなかったので多くのことを知った。エルサルバドルについての事前の知識もあまりなかったため、視察前と後とでは私自身の認識が深まった。
エルサルバドルにおける日本の援助・協力は多岐にわたり、村の保健センターで働く隊員の活動から、ラ・ウニオン港開発のような大規模プロジェクトまで、その規模、形態、効果は様々である。大規模プロジェクトはエルサルバドル全体ひいては近隣諸国も組入れ、日本の経済活動にまで影響し、多くの人がその利益に浴する一方、一人の青年海外協力隊員は接する人数こそ限られるが、その活動は深く人々の心の琴線にまで触れている。
私たちは手厚い歓迎を受け、代表者と会うだけであったが、この国の支援の現場で働いている方々は、エルサルバドルの人々と共に生活し働き、喜怒哀楽までも共有していることが窺えた。彼らの献身的な働きのおかげで、これらの事業は現地に受入れられ、喜ばれるものとして発展していくだろう。
エルサルバドルは、中米の中心に位置しているという地の利から、経済・福祉様々な面で近隣諸国のセンターとなり、経済成長を遂げていく可能性がある。日本の支援は、成果を上げているし、今後も大切である。
さて、他の国、全く文化・宗教の違う国では、支援がどのような効果を上げているのだろうか?短期間に私の認識は深まったが、これでわかったとは言えない。モニターとして視たことを通じて、ODAについて伝えるとともに、ながいスパンでその事業全般を見守りながら、エルサルバドルが民主的で治安の安定した国家となることを願っている。 |
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山口 友佳
神奈川県 会社員(システムエンジニア) |
中米の小国であるエルサルバドル。ここに、この国の発展を願い懸命に活動を行う多くの日本人が居た。大使館、JICA、専門家、協力隊の方々・・・。皆、この国を発展へ導く為に、自国であるかの様に尽くされている姿が印象深かった。またその成果として、当国における日本人の存在がいかに大きいものとなったのか、当国外務省、住民の方々に至るまで、モニターの私達に親愛を持って接してくれたことでも実感した。
視察で感じたODAの質に目を向けてみる。技術協力においては、当国と日本の技術レベルの格差により日本からの一方的な技術供与となっていないか懸念したが、実際は現地カウンターパート※との対話が積極的になされており、現地の実情に合ったプロジェクト計画となっていた。更に、支援に現地の人々の参加を促すことで当事者としての意識を高め、それが自助努力を助ける支援につながっているとも感じた。
また、この国の政府にはまだ地域住民のニーズまで汲み取る余裕が無い状態だと言う。ODAの草の根・人間の安全保障無償資金協力は、当国政府の目の届かない部分を上手くカバーできている支援ではないかと思う。実際、地域住民の声を拾い、ニーズに根ざした援助を行っており、住民からの期待も高かった。存在意義の高い支援であると言える。
今回の視察中感じていたことがある。援助には多種多様な評価要素があり、ODAへの評価は簡単に出来るものでは無いということだ。例えば、ODAの考え方に国益を考慮すれば評価の仕方も変わるであろう。
私はこれから、多面的な見方を持ってODAのあるべき姿を追求していきたい。
そして報告書を読む皆様にも、視点の角度を変えながらODAを評価して頂けたらと思う。
※カウンターパート[現地従事者] |
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森 一広
東京都 教員(高校) |
最も大切だと感じたことは、支援が完了した後、将来に渡ってエルサルバドル人が自らの力で継続しさらに発展させることである。
そのためにはエルサルバドル人にとって「持続可能な」仕組み作りを支援することが必要である。
日本のODAは「地味ではあるが他国に比べ現地に長期に渡り滞在し継続的に支援してくれることが特徴である」とエルサルバドル政府関係者が評価していた。「持続可能な」形にするには、現地の人々と人間関係を形成し現地の人々の文化的背景を理解しながら現地に合った支援方法を、腰を据えて模索することが必要である。よって長期的な成果をもって日本のODAを評価すべきである。
エルサルバドルへのODAについては、中米カリブ地域看護基礎・継続教育強化プロジェクトのように、エルサルバドルだけでなくエルサルバドルを通じて中米諸国にまで支援が行き渡る仕組みを構築すべきである。それが中米統合へのイニシアチブを握るエルサルバドルに見合った支援でもある。
一方、日本のODAの取組みを現地や日本で広く知ってもらう必要がある。現地においては、在エルサルバドル日本大使館が日本のODAの取組みを紹介する番組を制作し、現地で毎週放映してエルサルバドル人に広く広報する取組みをしている。これは「持続可能な」支援にするためにも重要なことであり、大変評価できる。他国でも同様の取組みを期待したい。日本においては、小学校段階から生活科や社会科のような既存の教科において教科書で日本のODAの取組みについて具体的に扱うよう提案したい。文部科学省は総合的な学習の時間で扱うよう各学校に委ねるのではなく、外務省と連携し責任を持って教材開発をすべきだ。学校教育で支援に奔走する日本人の姿を伝えれば、国民のODAに対する見方も変わってくるだろう。 |
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久保田 弓子
群馬県 教員(中学校) |
| 事前に聞いていた通り、エルサルバドルは内戦後の復興期にあり、都市から少し離れるとインフラ整備も不十分で人々の生活も日本の戦後の頃の水準だと感じた。経済力が無く自国の力ではあれもこれも手がつかず、ゴミ処分施設が無い、教室が足りない、水道がない、経済発展の要素も乏しい。それだけに各国の援助を受けながらまさに発展の途上にある。日本も外国からの援助により高速道路や新幹線を建設し戦後の発展をとげてきた経緯があり、よく似ている。実際の視察では資金援助による港や病院の建設などの大規模な援助の他に、もっとずっと地元の人達の緊急のニーズに応える身近な活動や、この国の将来の発展に結びつく教育などの持続的なプロジェクトも着々と進められており、現地に根付く大きな成果をあげていることに驚いた。これらの現場ではJICA職員や協力隊員、専門家の方達が現地職員と共に試行錯誤しながらともに汗を流しており、視察に訪れた先々で現地の人々に「ありがとう」と大感謝を受けるたび、顔の見える援助の効果を実感した。それと同時にこれ程感謝される援助の様子を日本国内の人にもっと知って欲しいと強く感じた。この視察を通して私は日本人としての誇りを感じることができた。日本人の高い技術と丁寧な取り組みが高く評価されていたからである。日本の高い技術力と、大国に比べ政治的な圧力がない安心感から、日本だから信頼して頼める援助要請も多いという。ODAは確実に日本の評価を押し上げている。エルサルバドルのような日本との経済的結びつきが弱い国への援助は、直接の国益には結びつかないのかもしれない。しかし、資源や食料の多くを海外へ依存している日本という国の安定は世界中のさまざまな国や地域の安定と平和の上に成り立っているのである。このことを考えれば、180カ国以上におよぶ日本のODAは私たちにとって税金を投入するだけの価値のある外交政策である思う。 |
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岡田 里美
広島県 教員(中学校) |
ODAの民間モニターとしてエルサルバドルを訪問・視察し、案件によっては課題となるものもあるが、総じて日本の援助は適正に執行されていると感じた。
それは地方の案件を視察に行く際、国道沿いでたびたび目にした“JAPÓN”“JICA”の協力による事業を示す掲示板からも窺い知ることができる。
1992年の内戦終結後は援助を「経済」「社会」「環境」「民主主義」の4つの重点分野に集約、エルサルバドルのニーズと日本の供与の接点を見出し、周到な調査と計画を基に実行してきたからこそ現在の日本に対する高い評価と大きな期待を得ることができたのであろう。また、日本側の積極的なODA広報活動も現在の親日的な世論の形成に役立っている。将来日本語を利用して就業する意図の有無にかかわらず、純粋に日本に興味を持ち日本が好きだからという理由で日本語を学習する人が多いことは、日本人として非常にうれしくまた、誇りに思える。
一方で、いわゆる「箱モノ援助」についてはいささか疑問が残った。ロサレス病院を視察した時に最新の検査機器に質問が及ぶと、「日本が買ってくれるよう頼んでほしい」との言葉が返ってきたが、大きなプロジェクトになるほど自助努力重視の姿勢を貫くべきであろう。予算が削減される中でのODA供与であればこそ、1円たりとも無駄にせず有効利用すべきである。
しかしながら、エルサルバドルでは長年にわたる“JICA”や“JOCV”の活動によって広く人々の間に日本の援助実績が浸透しており、今後は中米諸国との関係においてもこのことが、よりよい効果をもたらすであろう。
「中米の日本」と呼ばれる勤勉な国民性と日本のODA供与を活かして、これからますますの経済発展と社会インフラの整備を成し遂げていってほしいと願うばかりである。 |
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