平成20年度 あなたの目で見る国造りの現場 ODA民間モニター報告書 Official Development Assistance
バングラデシュ人民共和国 People's Republic of Bangladesh
各モニターの全体報告
澤井 史郎(団長) 澤井 史郎(団長)
福島県 教員(中学校)
 日本のバングラデシュに対するODAは、同国日本大使館が作成したバングラデシュモデルをもとに進められている。最重要課題は、「貧困削減」である。
 私たちは今回、貧困削減のための案件を進行中の案件も含めて、その一端を視察した。どの案件も外務省、JICA、JBICがそれぞれの業務分担を明確にしながら効率よく実施されている様子を見ることができた。
 また、視察した案件はバングラデシュ国民には好意的に受け入れられ感謝されていること。経済成長が年6%に近い水準にあること。そして貧困層の割合が減少していること等の理由から日本のODAは、成果が上がっていると判断して良い、との結論に達した。
 特に日本が得意とするインフラ整備や気象観測技術、医療等での有償・無償資金協力と技術協力との連携は実にすばらしいと感じた。
 なぜ支援をするのか。国としての答えは単純ではないだろうが、私としては「パートナーが困っているから。」以外の答えがあってはならないと思う。教育の現場では国際理解教育はいまや不可欠になっている。英語教育はもとより国と国の関わり、富と貧困、環境破壊と資源、国際ボランティア、文化的相対性等、幅広いテーマを扱っている。バングラデシュについても英語の教材になっている。しかし、問題なのは途上国については「貧しい国」であることが「可哀想な国」とリンクしてしまう傾向にあることだ。同じアジアのパートナーとして互いに助け合いながら生きていくという態度の育成が急がれる。
 最後になるが、今後もアジアにおける日本のODAは、必要であろう。同時に援助の在り方も量から質への転換が図られるべきだし、自助努力支援策についても未来を見据えた具体策と適切な評価に基づく改善策を行っていくべきであろう。そして何よりも、私たち国民がODAの必要性を理解し、1人でも多くの国民がODAに協力していくことが望まれる。
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松本 莉佳(副団長) 松本 莉佳(副団長)
京都府 大学生
 日本にいた頃の私にとってODAの印象とは、教科書で見るただの莫大な数字であり、国益のためにのみ行う計画的援助であると思っていた。しかしそのイメージは今回のモニター視察で払拭された。というのも、私が一番耳に残っていることは、案件に行くたびに聞いた「ドンノバット」という人々の感謝の言葉であった。これはODAがバングラデシュそしてその国民のニーズにあった有効的な案件を実施しているからこそである。日本のODAは経済活動の基盤となるインフラの整備だけではなく、バングラデシュの制度そのものの改善に大きく貢献するとともに、バングラデシュの人々の自助努力能力向上のための参加型の計画を実施し、内側からもその成長を促していた。JICAが現地の人々と話し合い、説得し、奮闘しながら、共に成長を作り上げていく姿はとても感動的であった。しかしながら、計画終了後やはり彼ら自身だけで運営してゆくにはまだまだたくさんの問題がある。その問題を解決してゆくために今バングラデシュにおいて本当に大切なことは「人づくり」であり、バングラデシュに持続可能な発展をもたらすために日本のODAで遂行したことを責任もって引き継いでゆくぞという心である。今後この「人づくり」をいかにするかが課題であり、またその課題において教育の重要性は非常に大きい。
 またNGO大国のバングラデシュにおいて、地域住民に多大な影響を及ぼしているNGOへの草の根・人間の安全保障無償資金協力はバングラデシュ発展のカギであり、特に大きな役割を果たしていくと感じた。バングラデシュを変えていくのは結局バングラデシュ国民であり、ODAはこれからも、それをできる限りサポートしてゆくことを望む。
 日本のODAは国益だけでなく、むしろ地球益に貢献しており、私たちもまたtax payerとしてそれに貢献できていることに誇りを感じることができた視察であった。
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谷口 稜子(副団長) 谷口 稜子(副団長)
京都府 大学生
 一週間ほどのうちに9つの案件を視察し、大使館職員や現地スタッフ、そして住民の方々からお話を伺いました。短い時間の中で熱心な意見の交換がありましたが、疑問も多く残ったままです。現地の方が本音を話していたのかということが当然のことながら疑えますし、逆に、私達に要望・不満を話せば政府に伝えてもらえるだろうと本音をぶつけて来たと考えることもできます。やはり、私達は日本から視察に来たお客様なのであって、ありのままの活動を視察したのではないと思います。そのようなことを念頭に置きながら改めて視察内容を振り返ってみます。
 どの現場に行っても、日本の援助は必要不可欠な援助であったと感じました。同時に、多くの案件においては不十分な点、改善の余地があります。住民の視点に立ったアフターケアや啓発活動の不足、現地スタッフへの教育の不十分さが特に気になりました。青年海外協力隊の活動は、現地に密着した技術援助、住民の意識改善を行うのにとても適していますが、その制度自体にも改善の余地がありますし、バングラデシュ全土で活動を展開するには人員も足りません。そのような中、一番有効だと思ったのは「草の根無償資金協力」です。現地で活躍しているNGO団体などに資金援助をすることで、協力ができるのです。クムディニ病院やサッポロ歯科大学のような大組織を日本の援助でつくることはできませんが、どちらも支援すべき活動を行っていました。
 バングラデシュにおいての意識改善と同じくして、日本人の国際協力に関する意識・関心も高めていかなくてはなりません。日本は自国の力のみで発展し、経済大国になったのではありません。東海道新幹線や東名高速道路が世界銀行の援助でできたことを知っている人はとても少ないのではないでしょうか。ODAの活動を正しく理解した上で評価をすることと、過去の援助に対して感謝することから、私たちもはじめるべきだと感じました。
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神島 宏一 神島 宏一
愛知県 公務員
 大使館の方の説明によると、「現在幸せですか。」との問いに「幸せです。」と回答する国別比較ではバングラデシュが一番だそうです。
 最低限の命の危険にさらされている方々を救うとの目的までは良いのですが、援助も次の段階に入り、経済活動が活発になり、現在は国民の一部を除き殆どが貧困層で右を見ても左を見ても同じ貧困者であるが、やがて富む者と貧しいままでいる者が混在してくると、グラミン銀行を視察した時に垣間見た、良い意味での住民間の共助意識も失われていってしまうのではないかと危惧を抱きました。国民全体の生活の質の向上に資するODAとは如何なるものか、再度考えてみるべきであろうと思います。
 バングラデシュ人の「自己の生活を豊かにしてやろう」との向上心は、いつか日本人が忘れてきたもので、逆に我々日本人が見習うべきところかとも思いました。このような心までも削いでしまうODAでは決してあってはならないと思います。あるところまで援助したら後は自助努力で、との方針があるようですし、今回の視察でもその方針は良い悪い両面の意で貫かれていることも確認できました。向上心の面では当面は我々日本人のお手本であり続けるのかと思います。
 地理、気候的に特殊な国バングラデシュ。せっかく造った社会資本も一度のサイクロンでゼロからのやり直しを強いられる。
 その上、政治や行政も仕組みはできているが、運用面で上手く機能していない国。
 この様な国でのODAは生命の安全の次には息の長い教育に重点をシフトしていくべきなのではと考えました。そもそも私がODA民間モニターでこの国を選んだのも、以前この国の青年と2泊3日の合宿で討論をした時に、識字率の低さなどについて問題視したためです。今回の視察で教育関連ではクムディニの学校と歯科大学のわずか2案件でしたが、教育の効果が発揮される10年後、20年後のバングラデシュの訪問を楽しみにしていたいと思います。
 最後に視察案件の総括として少なくともメディアで伝えられる様な事業効果の全く出ていない案件はございませんでした。
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南川 俊英 南川 俊英
佐賀県 団体職員
 「社会の役に立つ企業」「社会に貢献する企業」、まさしくその企業というかその団体がバングラデシュにはたくさん存在していた。マイクロファイナンスという無担保で少額のお金を貸して地方農村の女性たちの自立を支援するグラミン銀行、そして私が最も感銘を受けたのはクムディニ福祉財団である。この財団は貧しい人たちを助けるために病院や学校を設立して、その運営資金は財団のグループ企業の収益から賄っているのである。1940年代に設立された病院の建物は古いながらも清潔で、入院患者たちも安心して療養できる静かな環境を保っている。同じようにダッカ市内ではサッポロ歯科大学病院の若いスタッフがスラム街の60~70カ所を定期的に巡回して貧しい人たちのために無料で歯の治療を続けている。まさに行政組織が弱い部分を民間が代わりにやっているという自然の道理ではなかろうか。このような社会に貢献している団体に日本のODAが治療器材等を購入する資金として無償援助をしていることは援助の方法として適切だと思う。
 日本のODA事業を実行する機関のひとつであるJICAの人々も行政が立ち遅れているところを補完して活動されているようだ。青年海外協力隊によるポリオワクチンの予防接種の指導やダッカ市内でのゴミ収集システムの仕組みづくりの提案や手法指導などは住民の生活に密接につながる地道な活動で評価が出来る反面、当国の行政側がその気になれば自身でやれそうなことでもあると思う。
 今回視察した個別の開発案件に対しては、地元関係者の方からたくさんの感謝の言葉をもらって、日本が行なった支援が充分に役に立っていることは実感できたが、道路の整備、橋の架設、発電所の建設などインフラ整備がこの国には際限なく必要であることがひしひしと感じられた。同時に行政の仕組みがしっかり出来上がらないと支援を続けてもきりがないのではと思う。
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堀江 徹 堀江 徹
神奈川県 会社員
 今回視察した各案件に対する私の評価はいずれも高い。それはある程度成果が見えてきている事例を中心にした視察だったからかもしれない。しかしたとえそうであっても、各案件が支援時にはこの国に対する必要性をよく考えて行なわれているということは理解できた。
 この次の段階として求められるものは「組合せの妙」とも言うべきものである。
 日本は現在、無償、有償、技術協力という3つのアプローチを持っており、援助・支援母体も、外務省、JICA、JBIC等がある。これらによる各国での援助実績は反省点を含めて大きなノウハウになっているはずである。そのノウハウが時にはツール化され各国で活用されれば、予算面で厳しい状況が続くにしても実りを大きくすることができると考える。
 この国においてはその1つの試みとしてすでに「バングラデシュモデル」が実施されているわけだが、更に、この国に手を差し伸べている他外国やNPO等も含む枠組の提示やリーダーシップの発揮を日本には期待したい。
 ところで援助はいつまで続けるのか。被援助国が援助慣れ(擦れ)していくのも恐ろしいことである。これについては、「相手の心に響き、やる気・自立につながる」ことが要諦であると考える。その観点から今後も案件の精査を望みたい。
 最後に同国の発展に早急に求められるものは何か。訪問前は治水と思っていたが、容易に治められるレベルではなさそうである。それより電力が産業にも生活にも必要である。この点に関して昨年12月にJBICによる火力発電所建設の大型借款が決定したことはよい方向だと考える。
 もう1つ生活レベルで言えば、いつか再訪の機会を得た時には子供達が皆サンダルを履き破傷風の心配が少なくなっている姿を見たいものである。
 バングラデシュの郊外の風景はかつての日本に通じるものがあった。資源に乏しい日本は、戦後に世界の協力を得て1億の国民が努力して今の生活を獲得した。1億5千万人近い人口のこの親日国には更に大きな可能性があるはずである。
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吉村 哲彦 吉村 哲彦
京都府 教員(大学)
 日本のODAによって作られたものの、ほとんど活用されていない無駄な施設をこれまで海外で目にする機会がありました。今回のODA民間モニターでも「だめだ!日本の援助」みたいな案件が1つくらいは出てくるだろうと思っていたのですが、結果は予想に反してよかったと思います。もちろん、今回の限られた視察案件をもって世界中で実施されているODAがすべて成功していると結論づけることはできませんが、日本のODAがマスコミに叩かれてきたことや予算が減ったことも援助の質を高めるよい方向に作用したのではないかと思われます。今回の視察案件の中で特に興味を持ったのは、国際協力銀行の実施した「東部バングラデシュ農村インフラ整備計画」でした。このプロジェクトでは道路の補修や路肩への樹木の植栽に地元の貧しい女性を使うことにより貧困層の生活向上に役立てているとの説明がありました。これまで、先進国からの多額の資金援助が発展途上国の貧困層に直接的な経済的恩恵をもたらしていないことに疑問を持っていたのですが、このようなプロジェクトがあるということを知ったのは大きな収穫だったと思います。このプロジェクトでは労働者である貧しい女性に支払っている賃金の一部を強制的に銀行に預金させていました。銀行に貯えたお金がある程度大きくなったら、家畜や荷車を買うなどして、彼女たちは経済的に自立するための一歩を踏み出すことができるのです。貧しい人々に単に施しを与えるのではなく、自立するための機会を与えるという点でもたいへん優れたプロジェクトであると評価したいです。今回ODA民間モニターではハッピーエンドの映画のエンディングだけを見せられたような気もしており、わからないことはまだまだたくさん残っています。それでも限られた時間の中で確信した結論は、「日本のODAは無駄である」は間違いで、「日本のODAに無駄がある」が正しいということです。日本の財政状況が苦しい中で援助額を増やしたくても、それは簡単なことではありませんが、今後も限られた資金を有効に活用して発展途上国への支援を継続してもらいたいと思いました。
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山田 貴子 山田 貴子
神奈川県 大学生
 「ドンノバットドンノバット」と日本人に感謝するバングラデシュ人の気持ちが私の心に大きく響いた視察となった。実際に訪問するまで、ODAに対しあまり良いイメージを持っていなかった私は、日本の援助は現地の人々にとってどんな存在なのか、本当に役に立っているのか自分の目で確かめたかった。そのため、プロジェクト担当者の話だけではなく、現地の人々の声を聞くことに、私はこだわり続けた。すると、初日から現地の方々の声は私のODAに対する考えを180度変えてしまった。「ドンノバット」と言いながら私に触れてくるバングラデシュ人を肌で感じ、日本の援助は確実に現地の人々の役にたち、彼らの中で大きな存在になっているのだと実感することができた。一方で、多くの案件に共通し、現地の人々の人材育成、意識改革が大きな課題として残されているのではないかと感じた。立派な建物、器材、そしてお金があったとしても、それを使いこなせる人材がいなければ無意味なものになってしまうのではないだろうか。また、完成した施設のその後の利用状況や、住民移転のその後のフォローなど、中期的な評価も重要なのではないかと考えられる。現地で末端の住民の生活を見て、援助の意味を実感したが、どこまで日本が援助すべきなのか悩まされる部分もあった。バングラデシュ人が援助慣れせずに、彼らの自立をサポートしていける、自助努力を促す援助であるべきだと思えた。外国の援助を受け発展することができた日本の経験を途上国に伝えること、それは日本の重要な役目である。バングラデシュの人々は援助を通してしか日本を知らないにも関らず、私たち日本人に対し良い印象を持ち、感謝し歓迎してくれた。しかし、私たち日本人が、日本のODAによって現地の人々の多くの笑顔を生んでいる現実を知ることが少ないのはとても残念なことだと感じている。
 「貧困≠幸せじゃない」
 そう確信させてくれたバングラデシュから日本が学ぶべき点も多くあるのではないだろうか。
 ドンノバット! バングラデシュ!
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明瀬 李花子 明瀬 李花子
北海道 大学生
 私の応募動機は「ODAを論じるため、ODAへの無知からの脱却」、「バングラデシュはどのような国を目指しているのか知る」というものでした。前者に関して、ODAは普遍客観的に定義されるのではなく、個別主観的に定義されるのだと思います。つまり、もしODAを仕事として特定の個人に位置づけられるのならば、この場合、ODAはその人にとっての「生きがい」と定義されることになり、ODA批判はその人の人生批判にも繋がる可能性があります。このようなODA概念の分散化傾向を十分に考慮すると、初期段階での正確な「目標設定」が必要です。この点、前述の後者とも関係し、「バングラデシュをどのような国にするためのODAなのか」という問題が浮上します。しかし、この目標設定は非常に困難です。なぜならば、発展し続ける複雑な世界で、未来を「予測」することは難しいからです。必然的に「ODAの目標」の実現可能性低下は否めません。ただ、この点で実現可能性低下は正確性低下に直結せず、非難されるべきではないと思います。帰国後読んだユヌス氏の自伝に、「真に重要な問題は、2050年になったとき、わたしたちがどのような場所にいるのかではなくて、2050年になったとき、わたしたちはどのような世界で暮らしたいと思うか、である。」という1文がありました。一学生に過ぎない私から見た、日本人の特性は、「目に見えないものを恐れ、完璧性を求める」ことです。その完璧性は時に、正確性ではなく実現可能性という意味にすり替り、実現可能性の低下批判がODA批判となっている場合があります。しかし、これは、ユヌス氏の言う「どのような世界で暮らしたいか」という夢をも否定してしまうのではないでしょうか。私が見たODAとは、一人歩きしている何か恐ろしい物体ではなく、多くの人が汗を流し「わずかな可能性を信じて」、最大限の努力を行うという「人間が生きること」そのものであったと思います。
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横治 久美男 横治 久美男
兵庫県 教員(高校)
 バングラデシュにとって最大の経済協力国は日本である。日本は世界のリーダー的存在であるより良い国際社会を築く責務を担っている。バングラデシュでODA9案件、無償資金協力(気象レーダー整備、クムディニ病院、多目的サイクロンシェルター建設、スラム居住者口腔保健衛生)、有償資金協力(農村インフラ整備、ジャムナ多目的橋、農村開発信用計画)、技術協力(青年海外協力隊感染症対策、ダッカ廃棄物管理)を視察した。全体的にバングラデシュでのODAは有益に運用されているという印象を受けた。ただ収益が生じる案件(クムディニ病院の有償診療、ジャムナ橋の通行料金委託、グラミン銀行の資金業務等)の財務状態が気になった。ODAが有効に施行されるために、現地の人、大使館、JICA、協力隊等々がバングラデシュのために熱心に働いていると実感できた。バングラデシュは地方行政も整備されておらず当然に政府への国民の意思が伝達されるシステムも確立されていない状態であった。ODA大綱の基本方針の1つ「自助努力」の達成には現地スタッフの役割は大きい。箱物援助だけではバングラデシュの持続的発展は望めない。主体性のある援助が必要となる。地域に根ざした支援こそがバングラデシュの発展を下支えすると思う。バングラデシュの力で自らの国を発展させていけるような協力がバングラデシュモデルに沿って現地の多くの日本人スタッフの活躍によって実践されている。やや援助慣れしたバングラデシュ人の意識を自立に向けて変えていく視点はODAには不可欠である。ODAの目的は「経済の活性化」と「友好関係」である。後者は二国の友好の構築は国際社会においてかけがえのない財産となる。前者は過剰人口を吸収する農村開発と農業生産性の向上、社会分野の改善、経済インフラの整備等課題は多い。あくまでも国造りは人づくりである。様々な分野の人づくり支援の技術協力がますます必要となってくると思う。
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杉浦 美恵子 杉浦 美恵子
愛知県 教員(中学校)
 エネルギッシュ、パワフルで黒・オレンジ・ブルー、カラフルなブルカがぴったり似合う国バングラデシュにおいて、貧困を貧困と感じさせない陽気でたくましい国民性に圧倒された。コックスバザールの村のシャムジダちゃんのぐりぐり瞳と揃った真っ白な歯、サイクロンシェルターの小学校で「学習できることがとっても嬉しい」と話す明るい声に日本のODAの有効性をひしひしと感じた。
 ODAの3つの活動のうち、技術協力支援に一番感銘を受け、有効であると感じた。特別な職種のプロとしてもっている技術のノウハウを提供することはバングラデシュにとって必要であると感じた。
 ケプパラ気象台を建設し、マネジメントをするスタッフや、ダッカ市の廃棄物管理能力強化プロジェクトのスタッフの熱意に頭が下がる思いであった。
 しかし、日本で十分な経験を積み、ノウハウをもつ人のみ、派遣するように精選したい。大切な税金の使途を厳しく審査し有効に活用したいために提言する。
 また、今回の視察で細やかな配慮、工夫をしているために相乗的に効果が倍増しているという実態が感じられた。農村のインフラ整備において村道の路肩に植樹して女性を雇用する。その女性も寡婦、貧困の度合いを考慮した人選により、労働の機会を与えている。ジェンダーへのきめ細やかな配慮に脱帽している。そのような工夫により一定額の資金援助の付加価値は高くなっていた。
 支援活動にはNGOなどとの協力、住民との連携が大切だと知った。プロジェクトを行うときは現地の人が主体となって行い、いずれは現地の人だけで担っていけるように、人材育成などソフト面を充実させることが重要であることを知った。
 今後は国づくりの根幹、教育分野において人材交流など技術協力の深化を図りたい。
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