JICA専門家からこの国の初等・中等教育の実態について伺った。初等の修了率は65%、中等教育クラスは実に52%が退学するという現状で、教育の大切さ、効率化や質の向上が大きな課題となっている。このため、1996年より地域別教育環境集中改善計画を実施している、ガジプールの小学校を見学した。以前は職員室に先生が教えるスクールプラン等もなかったが、改善されて黒板に明示されていた。また生徒の把握など全く無いままであったが、スクールマッピングによる学校区の把握、未就学児童の把握、アクセス困難な地域の把握などなされ、学校運営は確立していた。日本から支援した生徒用の教材も、そのまま未使用であるなど問題もあった。教室を覗いたが生徒も60人程度と多く、部屋も暗く環境は悪く、生徒の活発な態度だけが心を慰めた。研修所では、選ばれた先生が生徒に教えるレッスンプランを勉強していたが、5日間の訓練で地方の学校へ帰り実践出来るか不安に思われた。日本はソフト、ハード面で人材育成に関わる、腰の据わったあらゆる援助を行う必要がある。
日本は理数科が得意分野だと聞いたが、本当に日本のやり方を採用してしまっていいのか疑問である。なぜなら、日本のとても多くの学生が理科、数学を嫌う傾向にあるからだ。理科も数学も授業の進め方次第でおもしろくなるのだから日本では普通使われない手法の導入も視野にいれて検討するべきである。IDEALの多様性を持った手法はその点において有効だ。日本のやり方をそのまま当てはめることをせず、費用のかかる教材に頼ることなく、バングラデシュの風土、生活を活かした教育を確立していただきたい。もう一つの問題は社会における教育に対する関心の低さである。このことが教育の質向上の妨げとなっている。教育の重要性を市民がもっと認識する必要がある。その手段として、生徒の学習成果を社会に示す機会、例えば授業参観や地域への研究発表等をもっと設けたほうがいい。また、優秀な人材に奨学金を与え、進学させるなどのシステムも取り入れ、社会的な関心を呼び起こすことが効果的だ。
初等教育、女子教育の必要性を改めて実感した。プロジェクト自体にODA資金が充てられており、これはプロジェクト関係者の意欲増進につながるという意味でも画期的である。スクールマッピングやドリルの実施など日本の経験がうまく生かされていると感じたが、日本のやり方をそのまま押し付けるのではなく相手に合った速度で確実に習慣化していく必要がある。またオーナーシップを明確にした学校管理や初等教育から今後の教育にどうつなげていくかが課題であろう。JOCVが始めたことがIDEALプロジェクトのワークプランに反映されたと聞いたが、さらに中央にあるJICA専門家と現場のJOCVとの間の溝を埋め、縦・横の連携、横同士の連携、引継ぎ体制の整備が望まれる。極端に言えばJOCVをボランティアでない位置づけにすることも求められるのではないか。
この案件は効果を評価するのに今回の視察の中で最も時間を必要とするのではないかと感じた。教育そのものが、すぐに成果として表れるものというよりは、日々の積み重ねであると思うからだ。また教育の「質の向上」として、暗記中心の授業ではなく、自分で考える力をつけるような授業をと教師たちに研修を行っているが、教師たち自身もそのような応用力をつけるような授業を受けた訳ではないので、その必要性を理解することが難しいようだ。さらにその研修でやる気をもったとしても、教師の地位がまだ低く、報酬も少ない現状がある。これは教育部門だけで解決することは難しい。このような状況の中で、ユニセフやJICAの方々が地道にこつこつと直接学校に働きかけていることを知った。教師たちはこの支援を必ずしも必要としているとはいえないかもしれない。しかし子どもたちは学びたいと思っている。よって今後もこの支援を続けて欲しいと願う。
現在のバングラデシュにおける教育課題は、その「質」にある。いくら就学率・修了率の「数字」(量)を向上させても、中身が貧弱では意味がない。この課題を克服し、教育環境の改善に取り組むIDEALプロジェクトを視察した。視察して驚いたのは、子供達を教育する側の教師に対して予想以上に徹底した「教育」(指導)が必要だという現実だった。援助としてパソコンを送っても使用法がわからないため箱の中に放置されている程度はまだ序の口で、子供用に学校図書を提供しても使われずにいる有様だった。教育現場において教師達が機転を効かせられないのは、彼ら自身も幼少時代に質の低い教育しか受けられなかったためだという。視察したある学校では「誰がいつ何をするのか」を書いた表を作成したり(「スクール・プラン」)、地図を作って生徒の学習環境を改善するための工夫(「スクール・マッピング」)をしたりしていた。日本では当たり前すぎる事なのだが、現地では「画期的なこと」なのだ。教育の「質」的向上を目指すには、真に根本的な所から取り組む必要があると思い知らされた。
このプロジェクトはバングラ政府とユニセフが教育の質の向上、教育の効率化、就学率、修了率の向上を目標とし、96年から実施されている。全国64県で実施する予定だが、財政不足のためプロジェクトの実施が困難な状況にあった。しかし、日本政府の無償資金協力によって、02年度には2億5千万円供与された。このプロジェクトのポイントはユニセフが単体で活動するのではなく、バングラ政府と一緒に活動することだ。共同で実施することで情報を交換、共有することが可能になり、よりニーズに合ったきめ細かな支援が行われていたと思う。学校教室の地図づくり、学校の年間行事の立案、目標管理の作成から授業の質の向上を目的とした教師のための学校の設置など、その活動範囲は広かった。教育への援助はその効果がすぐに表れるものではない。しかし、長期的な視野に立った教育への援助は最終的には大きな効果があると思う。
今回最後の案件として、私の得意分野(教師ではないが)と思い力を入れたかったが、交通事情などで、予定時間を大幅にカットされた。それはそれとしてこのプロジェクトには、ユニセフを始め、広島大学、青年海外協力隊員等色々な機関や人が関わっている。この国の初等教育の義務化は、まだ十数年の歴史しかない。国造りは人造りでもある大事な事業である。訪れた小学校の子供たちの目はきらきら輝いている。それにしても、教室の狭いこと。校庭の狭いこと。教材やテキストの少ないこと。本当にかわいそうである。このプロジェクトでは、教師の質向上のため、様々なカリキュラムを実施している。しかし子供たちの教育環境を充実させることも、もっと必要である。教室は今の倍以上の広さ,校庭は100m走が出来るトラックとサッカーが出来る広さ、雨の日でも運動が出来る体育館、無限の可能性を秘めている子ども自身に、もっと目を向けて欲しい。
“すべては神の思し召すままに” イスラームの社会では約束の実施が実に不確かだ。それは教育分野にも反映されている。教師が授業に来なかったり、遅刻したり、約束をしても白紙同然だったりすることは少なくない。しかし、校長室の壁は、新しい概念による試みで一面を埋め尽くしていた。 プロジェクトの一部である「スクールプラン」のホワイトボードは、「何を、いつ、誰が責任を持って行うのか」という内容が一覧表で明記されている。例を挙げれば、「20本の木を、2002年6〜7月、○○先生3人が中心になって植える。その際、金額300タカを使用、捻出方法はコミュニティに依頼等」という具合である。責任の所在を明らかにする方向性は、宗教による文化的な側面を破壊させていることも否めないが、基本的な公教育制度の確立は、誰より子供たちの渇望であるといえる。 学校にはいつだって未来が詰まっているのだ。それは、未知数の前途を歩む子供たちの尊い居場所であるに違いない。