(1)様々な国
この節では、世界には様々な国があるということを、より多角的な視点で認識することを目的としています。なぜ違いが生じるのでしょうか、その理由を発見するための資料を紹介し、その違いの背景にあるものを考えてみましょう。宗教、気候、歴史などにより多種多様な国が存在していること、地域やそれぞれの国が多くの面で共有しているものがあること、その伝播のしかたなど。また、開発教育を始めるにあたっての基礎的知識の取得、または好奇心を児童・生徒に起こさせることをめざし、その後に続く参加型学習・課外学習(ボランティア活動)の土台づくりを目標とします。
先進国と開発途上国
国際社会における位置づけ
先進国と開発途上国(または地域別−アジア、アフリカ、オセアニア、北米など)に分けてそれぞれの国、地域が相対的に現状でどの位置にあるのか認識してみましょう。
先進国と開発途上国の分布図
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南北問題
南北問題とは、1959年11月に世界銀行のインド調査団に参加したイギリスのロイド銀行副頭取オリバー・フランクス卿が、途上国の大半が南半球付近に集中し、先進国の大半が北半球に位置していることから、東西の冷戦問題に対比する形で初めて使用して以来、一般に使われるようになりました。
南北問題は依然として、現代世界の最重要な課題の一つです。世界的な富(価値)の偏在のバランスを考えることが重要です。
南北問題:原因と結果

| 開発途上国における生活の改善状況 | 開発途上国における生存への課題 | |
|---|---|---|
| 所得と貧困 | 1960年から1993年にかけて、開発途上国における1人当たりの実質所得は年平均3.5%の伸び率で増加した。 | 世界の人口の約3分の1の13億人が1日1ドル以下の貧困生活を送っている。 |
| 政治と紛争 | 開発途上国の人口4分の3から3分の2が、比較的民主的な政策のもとで生活している。 | 1994年末の開発途上国の難民の数は、1100万人以上に達していた。 |
| 教育 | 1960年から1991年の間に、初等教育レベルの純就学率は48%から77%へ向上した。 | 開発途上国では、初等教育レベルで1億3,000万人、中等教育レベルで2億7,500万人の子どもたちが未就学である。 |
出典:UNDP『人間開発報告書1996』
国を見る様々な観点・データ
難民問題
難民とは本来、人種や宗教、国籍、政治的な意見などを理由に、自国にいると迫害を受けたか、受ける恐れがあるために、国外に脱出する人々のことです。さらに、戦争や内戦などで生命に危険があり国外に逃れた人々も含まれます。同様の理由で故郷を追われたものの、国内で避難している人たちは、国内避難民と呼ばれています。
国連では1951年、「難民の地位に関する条約」を採択し、締約国に難民の保護と諸権利の付与を求めています。また、難民を保護し、物的な援助を通して難民問題の恒久的な解決を図ることを目的にUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)を設立しました。
UNHCRが援助している世界の難民・避難民人口
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パレスチナ難民
1948年にイスラエルが成立したときに多くのパレスチナ人が故郷を追われて難民となりました。また第3次中東戦争のイスラエルの勝利による支配地域拡大から新たな難民が発生しました。パレスチナ側は難民の帰郷を求めていますがイスラエル側は反対しており、エルサレム問題と並んで中東和平問題の最大の難問の一つになっています。
インドシナ難民
インドシナ難民とは、1975年以降、インドシナ(カンボジア、ラオス、ベトナム)半島での政変のために、タイなどASEAN諸国に流出した人々、そして本国の外にいる間に、これらの国々で政変が起きたために帰れなくなった人々のことです。特に、ベトナムから海路で逃れた人々をボート・ピープルと呼んでいます。
1979年には、第1回「インドシナ難民国際会議」が開かれ、人道的見地から周辺諸国での一時庇護と、先進諸国の定住受け入れ促進が合意され、欧米を中心に100万人以上が第三国定住をはたしました。
しかし、1987年後半、ベトナム・ボートピープルの再急増に、第2回国際会議が開かれ「包括的行動計画」が採択されました。これは、ボート・ピープルが迫害を逃れるためではなく、生活苦など経済的・個人的理由で脱出していると広く考えられていること、受け入れ側の限界、人道的配慮などを勘案した対策案です。この結果、スクリーニング(難民資格審査)制度が導入され、難民ではないと判断された人々は、本国に帰還しました。日本にもインドシナ難民は約1万人定住しています。
アフガニスタン難民
20年以上内戦の続いたアフガニスタンでは、ピーク時には約600万人が難民となって周辺国に流出し、1国からの難民人口としては世界最大規模でした。2001年11月、ハミド・カルザイ議長を中心とする暫定政権が発足し、翌年、春から難民が帰還し始めました。これまでに国内避難民も含めて約260万人が帰還し、生活再建に取り組んでいます。
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