第3節 開発途上国の安定と発展への貢献
1. 開発途上国経済の現状
(1) 概要
(イ) 87年の途上国経済は,原油・一次産品価格の若干の持ち直し等,途上国にとって好ましい動きもみられたものの,交易条件や資金フロー,先進国経済の動向等,途上国をめぐる経済環境には全体として大きな改善は見られなかった。その中で,巨額の債務を抱え返済負担に改善の見られない中南米,経済基盤の脆弱性を克服できずにいるサハラ以南アフリカ等低所得諸国に対し,新興工業国・地域をはじめとして比較的良好な経済パフォーマンスを見せるアジア諸国等もあり,国・地域による相違が一層拡大している。
(ロ) 我が国と途上国との経済関係においては,貿易(特に対途上国輸入),投資等の面で大きな進展が見られた。87年の我が国の対途上国貿易は,輸出額は対前年比16.4%増の744億2百万ドル,輸入額は対前年比20.3%増の672億76百万ドルとなり,出超額は,前年の79億93百万ドルから71億26百万ドルヘと縮小した。
輸出では,アジアNIES(韓国,シンガポール,香港及び台湾),ASEANへの機械機器輸出の大幅な増加等を背景に,アジア向け輸出が528億41百万ドルと対前年比26.8%増加し,我が国の途上国向け全輸出に占めるアジア向けの比率は,87年には71.0%となった。
輸入では,石油価格の若干の回復を背景に鉱物性燃料の輸入額が対前年比7・5%増加に転じた外,製品の輸入額が対前年比50.6%と著しく増加したため,85年,86年と2年連続して減少した対途上国輸入は,87年は3年振りに増加に転じた。特に製品輸入についてみると,アジアNIES及びASEANからの輸入増加が著しく,それぞれ対前年比59.7%増,47.8%増となっている。対途上国輸入全体に占める製品輸入の割合も,85年14.9%,86年23.0%から87年には28・8%と著しく上昇し,特にアジアNIESからの製品輸入比率は,前年の62.3%から66.2%に上昇した。
このように,我が国の対途上国貿易は着実に拡大しているが,今後も途上国の輸出所得増大を通じその経済発展を支援すると共に,国際収支の不均衡を是正するため,我が国が途上国からの輸入,とりわけ製品輸入を一層増大させることへの期待は高い。
(ハ) 我が国の86年度の海外直接投資総額は,223億20百ドルであり,過去最高であった85年度の122億17百万ドルに比べ82.7%の著しい増加となった中で,対途上国投資も対前年度比73.8%増の74億18百万ドルとなり,全体の約3分の1を占めている。
地域別では,中南米向げが金融・保険業,運輸業投資等を中心に47億37百万ドル(対前年度比81.1%増)と引き続き増加している外,84年度,85年度と減少していたアジア向け投資が,対前年度比62.2%増の23億27百万ドルと大幅な増加に転じた。これは,円高基調が定着する中で,大幅な収益の悪化に直面した我が国製造業が,輸出価格の引き上げや合理化・省力化によるコスト削減にとどまらず,アジアNIEs等での海外現地生産の拡大を進めたことを反映している。海外直接投資は,投資先である途上国の経済発展にとって重要である外,近隣アジア諸国との間の水平分業の進展を促すものである。また,債務性を伴わない資金フローとして累積債務問題の解決にも資するものであり,その一層の増大が期待されている。
(2) NIES問題
(イ) アジアNIESは,急速な工業化と輸出拡大を背景として,60年代後半から高い成長を維持しており,80年代に入り世界経済が成長速度を緩めている中にあっても,依然目覚ましい成長を続けている。
これらの国・地域は,我が国や米国等より技術・資本を受け入れつつ,有利な労働条件を生かして急速な工業化を遂げると共に,輸出を拡大させてきている。現在では,その世界貿易に占める地位,なかんずく,その貿易収支黒字の拡大は,世界的な国際収支不均衡問題を論ずる上でも無視し得ない要因となっている。
(ロ) 85年9月のプラザ合意以降,先進国間で急速に為替レート調整が進行する中で,アジアNIEsの通貨は円や欧州通貨に対し大幅に下落し,相対的にアジアNIEs製品の輸出競争力は著しく強化された。
この結果,87年の韓国,台湾,香港,シンガポールの対世界総輸出額は,それぞれ36.2%増,34.5%増,36.7%増,27.2%増と大幅に増加した。
(ハ) アジアNIESの最大の輸出相手国は米国であり,最大の輸入相手国は日本である。また,その貿易収支は対米黒字,対日赤字となっている。これは,アジアNIESの日本からの資本財,中間財を輸入・加工し,それを完成財として米国に輸出するという基本的な貿易構造を反映している。
米国のアジアNIES全体に対する赤字の規模は,87年には370億ドルを超え,同年における米国の貿易赤字全体の約22%に達し,米国のアジアNIESに対する貿易不均衡改善要求は厳しさを増している。
(ニ) しかしながら,86年下半期以降,通貨調整の進行に伴って,アジアNIEsの対日輸入及び対米輸出は増加を続けながらも減速しており,逆に,対日輸出及び対米輸入の増加は加速している。
アジアNIEsの対日輸出の対前年比伸び率は,86年27.3%増,87年50.3%増と増加傾向を強めており,特に製品についてみると86年37.2%増,87年59.7%増とその傾向は一段と著しい。他方,対日輸入についてみると,86年33.8%増,87年31.2%増と減少傾向を示している。
また,円高の定着以降,我が国からこれら諸国・地域への海外直接投資,特に製造業の海外現地生産化の動きも活発となっている。これら国・地域との水平分業の進展は,我が国への製品輸入の増加に弾みをつける要因となっている。
(ホ) アジアNIESの世界経済・貿易における重要性の高まりに伴い,87年のOECD閣僚理事会,ヴェネチア・サミット,G7会合等の場でも,アジアNIESに対し市場開放,為替レート調整等の面でより大きな責任を果たすことが要請されるに至っている。また,米国は,88年1月に,アジアNIEsに対する特恵関税の適用を89年初めから廃止する旨発表した。
今後,アジアNIESの世界経済・貿易における役割についての議論が,種々の場で行われることが予想される。
NIESがその発展段階に応じて応分の役割を果たすことは重要であるが,他方,NIESが良好な経済パフ才一マンスを示し,世界経済に貢献していること,また,国・地域により対外債務脆弱な産業構造,特殊な政治状況等の問題を抱えていることも考慮したバランスのとれた見方をすることが必要である。また,先進国側が,NIEsに対し一方的に政策変更を求めたり,責任を追求したりすることは適当でなく,世界的な構造調整の中で先進国とNIEsの関係を考えていくことが必要であり,このような観点から双方が種々の形でより意思疎通をはかっていくことが重要である。
(3) 累積債務問題
(イ) 概要
途上国全体の債務総額は,87年末で約1兆2千億ドルに達したと推計されている(世銀統計)。債務問題については,これまで関係者の適切な対応によって当面の危機は回避されてきているが,多額の債務返済負担は,途上国経済の健全な発展にとってのみならず,世界経済の健全な運営にとっても大きな足かせとなっている。
中南米諸国は,途上国の債務残高の約4割を占めているが,特にブラジル,メキシコは最大債務国である。ブラジルは,87年2月民間銀行に対する利払いの一時停止を発表したが,88年に入って蔵相の交替もあり,債務繰り延べ等の合意が成立した。メキシコについては,88年2月に,米国の信用保証による債務の債券化という新たなスキームが実施され,同国債務の軽減にある程度の成果を挙げた。このような関係者のケース・バイ・ケースの対応により,大きな危機は避けられてきているが,これら途上国の主要輸出所得源である原油や一次産品価格の低迷,社会的不安定等を背景として,未だ多くの累積債務国は困難な状況にある。
また,サハラ以南アフリカ等低所得国については,IMFのSAF(注)の拡大,特定の国に対するパリ・クラブの繰り延べ返済期間の長期化等,先進諸国及び国際機関の協調による各種の前向きな対応がなされてきているが,依然として深刻な状況にある。
(ロ) 国際的対応
こうした状況を打開するためには,債務国の経済調整政策推進による自助努力を踏まえ,IMF,世銀等の国際金融機関,先進国政府,民間銀行等の関係者が,債務救済や新規融資等の支援をケース・バイ・ケースで適切に行っていくことが基本となる。他方,先進国としては,より中長期的観点から,(あ)先進国自身のより強固な成長,(い)貿易環境の改善,(う)金利の低位安定,(え)資金フローの拡充等を通じ,途上国の成長が実現し易い国際的経済環境を実現していくことが重要である。
特に,資金フローの拡大については,中所得及び低所得国の置かれた各々の状況を踏まえ,(あ)中所得債務国については,債務国の信認の回復により,民間資金の円滑な還流に努めること,(い)サハラ以南アフリカ等低所得国については,これら諸国の構造調整努力に対する公的な支援を強化していくこと,が必要である。
最近の動きとしては,87年6月にMIGA(多数国間投資保証機関)条約が発効し,特に資金フロー拡充の観点から途上国に対する直接投資の促進に資するものとして,その円滑な運営が期待されている。
また,債務問題への対応において,IMF,世銀等国際金融機関の役割の強化が重要であるが,この観点から,88年4月に行われたIMF暫定委員会における信用供与の強化等の決定,世銀の一般増資実現への動きは歓迎される。
(ハ) 我が国の対応
我が国は,これまでにも債務問題を抱える諸国に対し,その自助努力を前提とし,関係諸国国際金融機関等と協調しつつ,適切なリスケ措置や所要の融資を付与する等,問題解決のために努力している。また,資金フロー拡大に資するため,87年の「緊急経済対策」において,3年間で200億ドル以上の完全にアンタイドの官民資金還流措置,及びサハラ以南のアフリカ諸国等に対する5億ドル程度のノンプロジェクト無償資金協力等を決定した。
200億ドル以上の資金還流措置は,(あ)世銀の追加的資金調達への協力等による国際開発金融機関を通じた官民の資金協力(80億ドル程度),(い)世銀等国際開発金融機関との協調融資及び途上国の経済政策支援のための海外経済協力基金の借款等(90億ドル以上),(う)日本輸出入銀行(輸銀)のアンタイド・ローンによる直接融資(30億ドル程度)から成っている。
88年4月現在,この還流措置の達成率(コミツトメント・ベース)は約6割である。これに先立って発表されていた国際金融機関を通ずる約100億ドルの資金還流は,既に約87%が達成されており,計300億ドル以上でみれば約7割が達成されている。
我が国としては,今後とも国際開発金融機関との話し合いや,2国間ベースでの要請を踏まえつつ,これら措置の円滑な実施に向けて努力することとしている。
(4) 一次産品問題
(イ) 概要
(i) 開発途上国の経済発展の程度は,国によって同一ではないが,現在80か国以上の開発途上国が,輸出所得の過半を一次産品の輸出に依存している。したがって,一次産品の安定的な国際取引を確保することは,これらの国々にとって依然極めて重要な問題と言える。
(ii) 87年には主要先進国の景気回復等により,一次産品市況はようやく上昇に向かったが,80年代の一次産品をめぐる主たる問題は,価格の長期低迷であると言える。価格低迷をもたらした原因として,近年の先進国における経済成長の鈍化に加え,資源節約技術や代替品及び合成品の開発,サービス,電子部門等一次産品をあまり使用しない産業の発展等による需要の減少傾向,さらには,技術進歩や過去の投資による生産能力の拡大による需給構造の変化等が指摘されている。
こうした一次産品価格の低迷は,開発途上国の輸出所得の減少をもたらし,経済開発を遅らせ,また対外債務の累積に拍車をかける結果となっている。
(iii) 我が国は,こうした状況を踏まえ,伝統的な一次産品対策である国際商品協定が一層有効に機能するよう,各商品機関において積極的な役割を果たしている。開発途上国が,生産・輸出構造の多様化を通じて一次産品への依存を軽減し得るよう,2国間で各種の経済協力を行うと共に,国連貿易開発会議(UNCTAD)等関係国際機関において積極的な提案を行っている。
(ロ) 国際商品協定の動向
(i) 87年は,長い間低迷を続けた商品市況が,品目によってはある程度明るさを取り戻した状況を反映し,それぞれの商品協定の明暗が一層はっきりした年であった。
(ii) すなわち,第1次国際天然ゴム協定は,87年10月に終了し,同年3月に採択された第2次協定が発効するまで,一定の条件下で緩衝在庫の売却のみを行う移行期間に入ったが,9月以降天然ゴム価格の高騰により,それまで蓄積されたゴムの売却を続けた。国際コーヒー協定は,86年2月より停止していた輸出割当制度を10月から再導入し,その結果価格も上昇に向かった。
これに対し,国際ココア協定は,ココア価格の低落が進行したため,5月に緩衝在庫の購入を開始したが,価格は依然上昇せず,88年2月にはココアの購入量は協定上の限度たる25万トンに達した。85年に財政破綻をきたした国際すず協定は,依然緩衝在庫操作を停止の上,債権者の訴訟に対応しつつ,87年4月に協定の2年間延長を決定した。
(iii) 他方,経済条項を有しない商品協定は,それぞれの協定上の活動を着実に進めた。
すなわち,我が国に本部が設置された国際熱帯木材協定は,87年11月の理事会において12件の研究開発プロジェクトの開始を決定した外,機関の円滑な活動を確保するための本部協定を採択した。
国際ジュート協定においても従来から行っていた消費振興事業に加え,87年から新たに研究開発プロジェクトが開始された。
国際砂糖協定は,87年9月にそれまでのものと同様経済条項のない新協定が採択され,88年3月より発効した。
国際小麦協定は,引き続き統計の整備,充実を進めた。
(5) 国際石油情勢
(イ) 原油価格の回復
一次産品と並び途上国にとっての重要輸出所得源となっている石油についても,価格は不安定な動きをみせた。
86年,原油価格はOPECのシェア確保政策による増産のため大幅に下落したが,同年12月総会でOPECは18ドル/Bの固定価格制の採用と,生産上限の設定(87年上期1,580万B/D)を行い,価格維持策を打ち出した。
その結果,原油価格は87年に入って急速に回復し,OPEC生産もほぼ生産枠内にとどまったことから,価格は夏場までおおむね堅調に推移し,北海ブレント原油スポット価格は一時20ドル/B台に達した。
(ロ) OPEC6月総会
87年6月に開かれたOPEC定例総会では,18ドル体制の堅持と減産強化(87年下期につき暫定合意されていた1,830万B/Dを1,660万B/Dに引下げ)を打ち出した。
原油価格維持のためには,OPEC内のみならず非OPEC産油国の協力も不可欠との判断から,OPECは5か国石油相よりなる委員会を設置し,非OPEC産油国との折衝に当たった。非OPEC産油国のうち,ノールウェーは積極的に減産を発表し,メキシコ,オマーン,マレイシア等も従来からの協調維持を表明した。
ところが,OPEC内部では87年夏場以降,国別割当量を守らぬ違反増産が顕著となってきた。イラクは元来生産割当に合意していなかったが,トルコ経由のパイプライン増設等によって輸出能力が大幅に拡大し,年末には250~260万B/Dとイランの生産量をしのぐ生産を行った。また,クウェイト,ア首連等も恒常的に増産を行った結果,87年下期のOPEC生産量は1,900~2,000万B/Dにも達し,価格は軟化傾向をたどった。
(ハ) OPEC12月総会以降
87年12月のOPEC定例総会では,7月末に起きたメッカ事件が尾を引き,イランとサウディ間の反目が目立ったが,辛うじて価格及び生産水準の現状維持を決議した。しかし,当該会合ではイラクを生産枠から完全に除外した形となったため,市場の失望感は深かった。
88年に入り,OPECの生産水準はやや是正されたものの,消費国に積み増されていた石油在庫が取り崩された結果,価格は一段の下降局面に入り,3月初旬にはブレント・スポット価格は13ドル/B台にまで下落した。
4月に入って,OPEC価格監視委員会が非OPECとの合同産油国会議開催を決めたことや,米・イランのペルシャ湾における武力衝突等の要因によって,価格は若干持ち直しているが,依然として固定価格水準には達していない。