(10) カーター米大統領の年頭一般教書(要旨)
(1980年1月23日,ワシントン)
今日ほど,米国の状況が,世界がおかれている状況に依存し,また,世界の平和と自由が,米国がいかにあるかに依存していることが明らかになつたことはない。
1980年代は,混乱と争いと変革の中に始まつた。80年代は,我々の利益と価値観に対する挑戦の時であり,我々の英智と意志が試される時である。
現在,イランにおいては,50人の米国民が,テロとアナーキーの無実の犠牲者として捕われの身にある。
また,現在,ソ連の大々的な侵略軍が,強い独立心を抱き,信仰深いアフガニスタン国民を従属させようとしている。
これら国際的テロ行為及び軍事侵略は,米国及び世界の他の諸国に対する重大な挑戦である。我々は,一致団結してこの平和に対する脅威に対処していく。
私は,米国を,世界で最強の国であり続けさせる決意である。しかし,我々の力は,他の国の安全,また,他の者の人権を脅かす形で使用されることは決してない。我々は,安定した世界の中で,平和な状態にある国家たることを求めている。しかし,そのためには,ありのままの世界を直視しなければならない。
3つの基本的な動きが我々に対する挑戦を形作つてきた。
(1) ソ連軍の自国国境外への着実な増強と進出。
(2) 西側民主主義国家の中東の石油への圧倒的な依存。
(3) イラン革命の例に示される,多くの開発途上国における社会,宗教,経済及び政治的変革への圧力。
これらの要素は,夫々に重要であるとともに,他と相互に関連している。これらをまともに,そして勇気をもつて,直視しなければならない。
我々は,これらの挑戦に最善を尽して対処する。失敗はしない。
イランにおける忌むべき行動に対し,わが国は,平時にはかつてなかつたように,奮起し団結している。
我々は,脅迫に屈することはない。
我々は,次の目標を引続き追求する。
(1) 米国の現在と今後長期にわたる利益を守ること,
(2) 人質の生命を守り,あたうる限りすみやかな解放を確保すること,
(3) もし可能であれば,同胞の生命をさらに危くするおそれのある流血事は避けること,
(4) 文明世界の道徳的及び法的規範を侵害している暴挙を非難するに当り,他の諸国の支持をうること,
(5) イランの指導者に対し,イランに対する真の危険は,北方のソ連及びアフガニスタンのソ連軍であり,米国との正当性のない対立は,より大きな危険への対応を阻害することを説得し,納得させること。人質に危害が加えられた場合は,厳しい代償を支払わせることとなる。我々はすべての人質が釈放されるまで手をゆるめることはない。
我々は,現在,ソ連の最近の軍事行動により,この地域において,より広範かつより基本的な挑戦に直面している。
過去35年間そうであつたように,米ソ間の関係は,世界が紛争の波に巻込まれるか,平和であるかを決定する最も重要な要素である。
第2次大戦後,米国は他の国々の先頭に立つて,増大するソ連の軍事力からの挑戦に対している。米ソ間の関係は,簡単でもまた固定的なものでもない。米ソ間には,協力と競争があり,そして対立の時もあつた。
―1940年代には,ソ連の東欧抑圧がもたらした西欧への脅威に対するため大西洋同盟創設の先導となつた。
―1950年代には,ソ連の韓国と中東における挑戦を封じることを助け,このために再武装を行つた。
―1960年代には,ベルリン危機とキューバのミサイル危機でソ連の挑戦に直面し,その後冷戦と対立を越えるため努力を行つた。
―1970年代には,核武装競争を終結するためにソ連の指導者と交渉を行つた。我々は対立の危険性を減少するための行動規範を確立するため努力し,また,米ソ間の関係を相互的に,また,生産的なものとすることができる協調の分野を求めた。
これらの行動を通じて,我々は,いかなるソ連の軍事力の挑戦にも対処する用意があること,及び紛争解決のための方法を模索し平和を維持するという2つのコミットメントを維持してきた。
核戦争を防止することが2超大国の最大の責任である。これがため我々はSALTIとSALTII条約の交渉を行つてきた。殊に大きな緊張が存する現在,これら条約により課せられた規制を守ることが,米ソの利益にとつて最善のことであり,世界の平和の維持に資することになる。私は議会と緊密に協調しつつ核管理に努力する。この努力は放棄されることはない。
超大国は,また,軍事力の行使を自制する責任がある。より弱い国々の統一性と独立が脅かされてはならない。
しかし,ソ連は,過激で,侵略的な新たな行動を起した。ソ連のアフガニスタン侵攻は,第2次大戦後,平和に対する最も深刻な脅威をもたらしうる。
世界のほとんどの国は,ソ連が他の国を植民地的支配の下に置こうとするこの動きを非難し,ソ連軍の即時撤退を求めた。イスラム世界は,特に,また正当に,このイスラム人民に対する侵略に憤激している。未だかつて大国の行動が,これほどすみやかに,また圧倒的に非難されたことはない。
しかし,口頭での非難だけでは十分でない。ソ連は,その侵略に対し,はつきりした代償を支払わねばならない。侵略が続いている限り,我々もまた他の諸国もソ連との通常の関係を続行することはできない。それが故に,米国は,ソ連に対し厳しい経済的罰則を課しているのである。私は,ソ連の漁船が,米国の沿岸水域で操業することを許可しない。私は,ソ連の高度技術機器及び農産品に対するアクセスを絶つた。私はさらに,ソ連との他の商業活動を制限し,同盟国及び友邦に対しては,我々とともに,ソ連との通商を抑制し,また米国の対ソ禁輸品の穴を埋めないよう依頼した。私は,オリンピック委員会に対し,ソ連の侵略軍がアフガニスタンに留まつている限り,米国民も,私もオリンピックの代表団をモスクワに送ることを支持しないことを通知した。
ソ連は,幾つかの基本的な問に答えなければならない。ソ連は,ソ連自身の正当性がある平和的な関心事を追求することのできるような,より安定した国際環境を作り上げることに貢献する意志があるのか。それともソ連は,ソ連自身の真の安全保障上の必要性をはるかに越えて軍備拡張を継続し,その軍事力を植民地的侵略のために使うのか。
ソ連は,アフガニスタンにおいて軍事力を行使するとの決定が,ソ連が大切にしているすべての政治的,経済的関係にとり高価につく,ということに気付かねばならない。
現在,アフガニスタンにいるソ連軍により脅かされている地域は,戦略上大変に重要である。そこには世界の3分の2の輸出可能な石油がある。ソ連のアフガニスタンを支配するための努力は,ソ連軍を,インド洋から300マイル以内の距離に,また,世界の石油のほとんどが運搬されなければならないホルムズ海峡の近くまで移動させてきた。
ソ連は,中東石油の自由な動きに深刻な脅威をもたらす戦略上の地位を固めようとしている。
このような情勢においては,単に本年のみならず,今後長期間にわたつて慎重な考慮と,安定した精神,そして断固とした行動が必要とされる。ペルシャ湾と南西アジアの安全に対するこの新たな脅威に対応する集団的な努力,及び中近東からの石油に依存し,世界の平和と安定に関心を有するすべての諸国の参加,さらには脅威を受けるおそれのある地域の諸国との協議と緊密な協力が必要とされている。
この挑戦に対抗するには,国家的決意,外交及び政治的英知経済的犠牲及び当然のことながら軍事能力が必要である。この重要な地域の安全を維持するために我々として最善を尽さねばならない。
ペルシャ湾地域を支配しようとする外部勢力のいかなる試みも,米国の死活的利益に対する攻撃とみなされる。このような攻撃は軍事力を含むいかなる必要な手段を用いてでも排除される。
過去3年間我々は死活的重要性を持つペルシャ湾岸地域だけでなく,世界中で我々の安全保障と平和への展望を改善することに努めてきた。
―我々は,毎年防衛に対するコミットメントを増大してきた。今後も国防5カ年計画を通じてこの増強努力を維持していく。議会がいかなる削減をも行わずに強力な防衛予算を承認することが不可欠である。
―我々は,遠隔地域に米軍事力をすみやかに展開するための能力の改善を行つている。
―我々は,NATOやその他の同盟の強化を支援してきた。米国及びNATO諸国は,ソ連の核兵器の脅威に対抗するため,近代化された中距離核兵器の開発と展開を決定した。
―我々が,中東における紛争防止のために同盟国とともに努力している,エジプト・イスラエル平和条約は,米国にとり戦略的価値を有するのみならず,地域的,また世界の平和の見通しを高める目ざましい業績である。西岸及びガザ地区の住民に全面的自治を与え,すべての面においてパレスチナ問題を解決し,イスラエルの平和と安全を維持するための交渉に目下従事している。イスラエルの安全に対する我々のコミットメントには何人も疑問を有していない。近日中にイスラエルがシナイ半島より大々的な撤退を行い,イスラエルとエジプト間に大使が交換される,という歴史的な出来事をみることになる。
―我々は,友好関係を拡大した。人権に対する我々の深いコミットメントは,多くの第三世界との関係を改善した。中国との国交正常化は,アジアと西太平洋の平和と安定維持に役立つであろう。
―我々は,インド洋の海軍のプレセンスを増強した。目下,北東アフリカ及びペルシャ湾地域の米軍が使用するための主要空海施設につき手当をしているところである。
―我々は,パキスタンの独立と領土保全を支援するための1959年の取決めを再確認した。米国は,国内法に基づきつつ,パキスタンが外部の侵略に抗するのを支援すべく行動をとる。議会に対し,この取決めの再確認を要請しており,また,諸外国とともにパキスタンに対し,追加的軍事・経済援助を行うため努力している。
―数週間後には,同地域のその他の国とも,さらに政治・軍事面の連携を強めていく。
―米国とイスラムの人々との間に相容れない食違いはないと確信している。我々は,イスラムの信仰を尊重し,すべてのモスレム諸国と協力する用意がある。
―最後に,我々は,同地域の諸国と協調して異なる価値観や政治的信念を尊重しつつも,すべての国の独立,安全,繁栄を増進するような協調的安全保障の枠組みを樹立するため努力する用意がある。
これらの努力はすべて米国が,欧州及び太平洋のみならず,特に中東から南西アジアに至る米国にとつて高い戦略的重要性を持つ地域において,この地域,米国及び同盟国の死活的利益を防御し,維持することを決意していることを強調するものである。
我々の志願兵力は,現行の防衛上の必要からは十分であると考えている。徴兵制を再開することが必要とならないよう希望しているが,その可能性には備えなければならない。そのため選抜徴兵制度を復活しなければならない。
来月,議会に,そのための法案と予算案を提出するつもりである。
また,米国情報機関の法的権限と責任を明確化するための新憲章の早期可決が必要である。我々は権限乱用が再発しないことを保障するが,情報収集能力に対する不当な制限を除去し,また機微な情報についてのコントロールを強化する必要がある。
今後10年間は,あらゆる国が新たな問題や古くからある緊張に対処しようとすることから,急速な変革の時代となろう。しかし,米国はおそれを抱く必要はない。米国は,その価値観を守り,世界平和促進のために積極的に努力することにより,変革の世界の中で栄えていくことができる。
我々は引続き中東及び南アフリカで地域紛争解決に努めていく。我々は,引続き開発途上国の国家的独立強化を支援しつつ,彼らとの結びつきを作り上げていく。また,民主主義の発展と人権を引続き支持していく。
抑圧的政権下では,国民の不満はしばしば暴力以外のはけ口をもたないことがある。
しかし,国民と政府が問題に民主的手段で対処できれば,安定と平和のための基盤ははるかに強固で永続的なものとなろう。他国における人権に対する米国の支持が,我々の国益にかなうというのもそのためである。
自由を維持する形での平和は米国の第1の目標であり,我々は,強国として引続き平和を追求していく。しかし,海外で強力であるためには,国内でも強力でなければならない。強力であるためには,今日国家が直面する難問に引続き立向つていかねばならない。