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平成23年12月
(1)1986年の第6回党大会にて採択された市場経済システムの導入と対外開放化を柱としたドイモイ(刷新)路線を継続、外資導入に向けた構造改革や国際競争力強化に取り組んでいる。他方、ドイモイの進展の裏で、貧富の差の拡大、汚職の蔓廷、官僚主義の弊害などのマイナス面も顕在化している。
(2)2011年1月には第11回共産党大会(5年ごと)が開催され、2020年までに近代工業国家に成長することを目標として引き続き高い成長を目指す方針が掲げられたほか、プロレタリアート階級主導の共産党方針は維持しつつも、私営経済活動を本業とする者の入党を試験的に認めることとされた。また、党中央指導部の人事が一新され、書記長には、これまで国会議長を務めたグエン・フー・チョン氏が選出された。
(3)5月22日には国会議員選挙が行われ、その結果を受けて7月21日より第13期国会が召集され、グエン・シン・フン国会議長、チュオン・タン・サン国家主席が選出され、グエン・タン・ズン首相が再選された。また、政府の組織改編が承認されるとともに、ズン首相が提案した新閣僚人事案が承認され、一部閣僚が交代した。
(1)1989年頃よりドイモイの成果が上がり始め、1995〜96年には9%台の高い経済成長を続けた。しかし、1997年に入り、成長率の鈍化等の傾向が表面化したのに加え、アジア経済危機の影響を受け、外国直接投資が急減し、1999年の成長率は4.8%に低下した。
(2)2000年代に入り、海外直接投資も順調に増加し、2000年〜2010年の平均経済成長率は7.26%と高成長を達成した。2009年は世界経済危機の中で政府の積極財政・金融緩和が奏功し5.3%、2010年は当初の目標である6.5%を上回り、6.8%成長を達成した。しかし、急速な物価上昇、自国通貨の不安定化など、マクロ経済状況は不透明である。この状況を受けて、政府は2011年の経済運営に関し、マクロ経済の安定化とインフレ対策を最重要課題として挙げている。
(3)近年ベトナムは一層の市場経済化と国際経済への統合を推し進めており、2007年1月、WTOに正式加盟を果たしたが、慢性的な貿易赤字、未成熟な投資環境等懸念材料も残っている。
(4)最近の経済指標は以下のとおり。
| GDP(経済)成長率(2010年) | 6.78%(2009年は5.32%) |
| インフレ率(2010年対前年末比) | 11.75%(2009年は6.52%) |
| 失業率(2010年) | 2.88%(都市部:4.43%、農村部:2.27%) (不完全就業率4.5%(都市部:2.04%、農村部:5.47%)) |
| 外国投資(認可額、2010年) | 186億ドル(2009年は215億ドル) |
| 貿易収支(2010年) | -126.0億ドル |
| 輸出(2010年) | 722億ドル(前年比26.4%増) |
| 輸入(2010年) | 848億ドル(前年比21.2%増) |
(1)基本方針は全方位外交、対外開放、地域・国際社会への統合の推進。
(2)1995年7月、ASEANに正式加盟、1998年12月には第6回ASEAN公式首脳会議を主催した。2001年、ASEAN議長国を初めて務めた。2004年10月にはASEM首脳会合を、2006年11月にはAPEC首脳会議を主催した。また、2008年1月には初めて国連安保理非常任理事国(任期2008〜2009年)となった。2010年には再度ASEAN議長国を務めた。
(3)米国とは1995年7月に外交関係を樹立。1997年5月に大使交換。2000年11月にはクリントン大統領が、南北ベトナム統一(1976年7月)後、米大統領として初めて訪越。米越通商協定は2000年7月に署名され、2001年12月に批准書交換を了し発効した。2005年6月カイ首相はベトナム戦争後首相として初めて訪米した。2006年11月APEC首脳会議出席及び越政府招待による公式訪問のためブッシュ大統領が訪越した。2007年6月にはチエット国家主席がベトナム戦争後国家主席として初めて訪米した。2008年6月にはズン首相が訪米、2009年10月には訪米したキエム副首相兼外相とクリントン国務長官との間で、2010年7月には訪越したクリントン国務長官とキエム副首相兼外相との間で外相会談が実施される等、越米関係は経済面を中心に(米国はベトナムにとって最大の輸出国及び投資国(2009年))近年急速に改善。越米間では、政治安全保障国防対話、人権対話等対話枠組みも比較的充実。国防面での交流も近年活発化(2010年8月の米海軍艦艇のダナン寄港等)。他方、人権、宗教を巡っては依然意見の相違あり。
(4)中国とは、1979年に戦火を交えたが、1991年11月に関係正常化。2008年5月のマイン書記長訪中時の際の共同宣言では、従来の「16文字(善隣友好、全面協力、長期安定、未来志向)」と「4つの良(良き隣人、良き友人、良き同志、良きパートナー)」に則り、「包括的かつ戦略的な協力パートナー」となることに合意。最近では、2005年7月にはルオン国家主席が訪中、2005年10月には胡錦濤国家主席が訪越、2006年8月にはマイン書記長が訪中、2006年11月には胡錦濤国家主席がAPEC首脳会議出席及び越政府招待による公式訪問のため訪越、2007年4月にはチョン国会議長が、5月にはチエット国家主席が、2008年5月にはマイン書記長が、10月にはズン首相(ASEM首脳会議にあわせ訪中)が訪中、2009年4月(ボアオフォーラム)、10月(第10回西部中国国際貿易フェア)にはズン首相が訪中。2010年10月には温家宝首相がASEAN関連首脳会議のため訪越、2011年10月にはチョン書記長が訪中する等良好な関係が維持されている。越中両政府は、2009年を「越中交流年」、越中外交関係樹立60周年にあたる2010年を「越中友好年」とし、数多くの交流イベントや要人往来が実施された。経済関係では、中国はベトナムにとって最大の貿易国(但しベトナムの大幅入超)であり、2010年の双方向貿易額目標値は250億ドル(2009年は約209億ドル)。
国境問題では、1999年末には中越陸上国境協定が締結され、2008年末、両国は陸上国境画定作業を終結させ、2009年2月には陸上国境標識敷設作業が完了した。また、2000年末にはトンキン湾海上国境画定に関する協定が調印され、現在、トンキン湾外海域の境界画定交渉が行われている。但し、南シナ海の領有権(スプラットリー諸島、パラセル諸島)を巡る問題は依然未解決。
1993年3月のキエット首相訪日以後、関係緊密化が順調に進み、首脳間の往来も頻繁。
1999年6月には秋篠宮同妃両殿下が日本の皇族として初めて御訪越された。また、2009年2月には、日越外交関係樹立35周年を迎えた機会に国家級賓客として、皇太子殿下が初めてベトナムを御訪問され、チエット国家主席を表敬された他、ハノイ、ダナン、ホイアン、フエ、ホーチミンを御視察になった。
2009年4月、公賓としてマイン書記長が訪日し、麻生総理との間で「アジアにおける平和と繁栄のための戦略的パートナーシップに関する日本・ベトナム共同声明」を発表した。また同書記長の訪越にあわせ、在福岡ベトナム総領事館が正式に開所された。
2009年11月、日本・メコン地域諸国首脳会議に出席するためズン首相が訪日し、鳩山総理との間で初の首脳会議を実施した。両首相は、従来以上に日越関係を重視し、「戦略的パートナー」として様々な分野での協力を推進していくことで一致した。2010年1月にはキエム副首相兼外相が外務省賓客として訪日し、岡田外務大臣との間で日越協力委員会第3回会合を実施し、両首脳間における合意事項を具体化するための方策について、関係省庁も交えて協議した。2010年4月及び6月には、それぞれ国際会議の機会を利用して、両国の首相間で短時間の会談を行った。同7月には岡田外務大臣がASEAN関連外相会議出席後ベトナム二国間公式訪問を行い、キエム副首相兼外相との間で外相会談を行った。
2010年10月には菅総理がASEAN関連首脳会議出席に続き、ベトナムを公式訪問した。日越首脳会談では二国間の対話の強化、具体的経済協力案件の実施、文化・青少年交流の強化等について一致を見ることが出来、首脳会談終了後、両首脳は「アジアにおける平和と繁栄のための戦略的パートナーシップを包括的に推進するための日越共同声明」に署名し、共同発表を行った。
2010年11月中旬に横浜で開催されたAPEC首脳会議にはチエット国家主席がキエム副首相兼外相等の随員とともに出席した。
2011年6月には、サン・ベトナム共産党書記局常務が外務省賓客として訪日し、我が国要人等と意見交換を行うとともに、東日本大震災の被災地訪問等を行った。また、2011年10月、ズン首相が訪日し、野田総理と日越首脳会談を行った。会談では経済、経済協力、文化など幅広い分野で一致を見ることが出来、会談後「アジアにおける平和と繁栄のための戦略的なパートナーシップの下での取組に関する日越共同声明」に署名した。
近年国民レベルでの交流も活発化しており、日越外交関係樹立35周年を迎えた2008年は、ベトナムにおける日越合同音楽祭や日本における「ベトナムフェスティバル」等年間を通じ多くの記念行事が両国において行われた。2009年8月にはホイアンで「ホイアン−日本祭り2009」が開催され、9月には日本で「ベトナムフェスティバル」が開催された。2010年はハノイ(タンロン)建都1000年及び奈良遷都1300年を記念し、両国において多くの交流事業が開催された。
1992年11月以降経済協力再開。日本はベトナムにとって最大の援助国。2008年度の援助供与額は、円借款、無償資金協力、技術協力合わせて総額約918億円、2009年度は過去最高の約1,553億円となった。
| 2002年度 | 2003年度 | 2004年度 | 2005年度 | 2006年度 | 2007年度 | 2008年度 | 2009年度 | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 円借款 | 793.30 | 793.30 | 820.00 | 908.20 | 950.78 | 978.53 | 832.01 | 1,456.13 |
| 無償資金協力 | 52.37 | 56.50 | 49.14 | 44.65 | 30.97 | 21.19 | 26.63 | 28.26 |
| 技術協力 | 67.08 | 55.77 | 57.11 | 56.61 | 52.75 | 51.98 | 59.65 | 61.42 |

(注)円借款及び無償資金協力は原則として交換公文ベース(2009年度円借款には
緊急財政支援としての479億円を含む)。技術協力はJICA経費実績ベース。
2010年の日本の対ベトナム直接投資額(認可ベース)は22.1億ドルで国別では第4位となった(1位シンガポール、2位オランダ、3位韓国)、また、累積投資実行額でも日本は上位にある(累積認可額では第4位。また、データ入手が可能な1988年から2008年末までの日本の累積投資実行額は1位の約52億ドルであり、2位シンガポールの約40億ドルを大きく超過)。
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| (データ)越計画投資省 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||

(注)2008年の新規投資はほぼ、日本、クウェート、ベトナムの合弁によるギソン製油所建設案件(62億ドル)によるもの。
ベトナムにおける外国投資の環境を改善するため、1999年3月の首脳会談(小渕総理・カイ首相)において、両国間の投資協定について予備的協議を開始することで一致。その後、2003年11月14日、川口外務大臣とフック計画投資大臣が投資協定に署名。2004年5月、衆参両院にて承認された。2004年11月19日ハノイにて交換公文が行われ、12月19日から協定が発効。本協定は、我が国が過去に締結した投資協定と比較して、投資の自由化及び投資家の権利保護の観点からレベルの高い協定である。
2003年4月、日ベトナム両国政府により、ベトナムの投資環境改善を目的として立ち上げられた。同年12月には行動計画44項目が採択され、その後2年間にわたり、行動計画の進展に関するモニタリング作業が実施され、2005年11月、行動計画の85%を達成したことが確認された。2006年7月には第2フェーズが開始され、新たに80の評価項目に合意、2007年11月、全体の93%が予定通りに実施されたことが確認された。本イニシアティブ実施によるベトナムの投資環境改善の効果もあり、2003年から3年間で日本の対越直接投資(新規・認可ベース)は10倍以上に増加。2008年には第3フェーズが開始され、37項目からなる行動予定計画が策定された。2010年12月に評価を行い、約8割の項目で前進が見られたことが確認された。2011年7月には第4フェーズが開始された。
(1)2008年12月25日に署名、2009年10月1日に発効し、同日第1回合同委員会を開催(先方ホアン商工大臣、我が方岡田外務大臣ほか)。ベトナムにとっては初めての二国間EPA。日本にとっては11番目のEPA。
(2)自然人の移動(ベトナム人看護師・介護福祉士の将来における受入れの可能性)については、EPAの規定に従って設置される自然人の移動に関する小委員会において協定発効後に継続して協議(可能であれば協定発効後1年以内、遅くとも2年以内に結論)を行っている。
2010年の統計では、日本は第3位の貿易相手国(約167.4億ドル)。第1位は中国で273億ドル、第2位は米国で180億ドル。中国、米国との貿易構造はそれぞれ輸入、輸出が大幅に超過しているが、日越貿易は輸出入のバランスがとれている。

出所:越税関総局
在留邦人数: 8,543人(2010年10月現在。北中部:3,731人、南部:4,812人)
日系企業数: 894社(北部:377社、中部:42社、南部:475社(2010年3月現在))
| 2001年 | 2002年 | 2003年 | 2004年 | 2005年 | 2006年 | 2007年 | 2008年 | 2009年 (暫定) |
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|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 入国者数 | 概算 | 233万 | 263万 | 243万 | 293万 | 348万 | 358万 | 423万 | 424万 | 375万 |
| (伸び率) | +12.8% | -7.6% | +20.5% | +18.8% | +3.0% | +18.0% | +1.5% | -11.5% | ||
| うち日本人 | 概算 | 21万 | 28万 | 21万 | 27万 | 34万 | 38万 | 42万 | 39万 | 36万 |
| (伸び率) | +36.4% | -25.1% | +27.5% | +26.7% | +13.4% | +9.0% | -0.6% | -9.2% | ||
41,781人(2010年法務省登録外国人統計)