アジア
最近のモルディブ情勢

平成26年4月1日

1.内政

  • (1)モルディブでは,マウムーン・アブドゥル・ガユーム大統領が1978年11月から6期30年間にわたり政権を維持し,観光立国として成長を維持した。しかしその一方で,徐々に同国の政治体制への内外の批判が高まり,2004年以降,複数政党制の導入などが行われ,民主化を求める野党モルディブ民主党(MDP)との協議等を通じて,憲法改正の手続が進められた結果,2008年8月に新憲法が制定された。
  • (2)2008年10月,新憲法下で初の大統領選挙が行われ,ナシードモルディブ民主党(MDP)会長が現職のガユーム大統領をおさえ,勝利し,同年11月大統領に就任した。なお,日本政府は第1回投票及び決選投票のそれぞれに選挙監視団を派遣し,選挙監視活動を行った。
  • (3)モルディブ民主党は,2009年の国民議会選挙で過半数獲得に失敗し,国会での与野党対立により内政が停滞。与野党対立に起因する政情不安定化により,2012年2月ナシード大統領が辞意表明。憲法に従いワヒード副大統領が大統領に就任したが,与野党間の衝突事案も発生,治安が一時悪化。
  • (4)2013年11月の大統領任期満了を控え,大統領選挙を実施。選挙実施の延期等の混乱があったものの,11月9日に第一次投票,11月16日に決戦投票を実施し,ヤーミン・モルディブ進歩党議長団長が大統領に就任。なお,日本政府は第1回投票及び決選投票のそれぞれに選挙監視団を派遣し,選挙監視活動を行った。
  • (5)2014年3月22日に国会議員選挙を実施し,連立与党が全85議席における70%近くの議席を獲得した。

2.外交

  • (1)外交の基本方針は非同盟中立。全ての国との良好な関係維持に努めているが,特に国民の100%がイスラム教徒であることから中東及び東南アジアのイスラム教国や近隣の南アジア諸国との関係強化のほか,経済社会開発推進の観点から,日本を始めとする先進諸国との関係を重視。
  • (2)南アジア地域協力連合(SAARC)加盟国であり,発足当初より積極的に活動。これまで1990年11月と1997年5月にSAARC首脳会議を主催し,2011年11月には第17回首脳会議を主催した。
  • (3)島嶼国であるモルディブにとって,気候変動による海面上昇問題は国土を水没の危機に陥れる死活的な問題であり,その回避のため国連等国際場裡において国際的な対応を求めるとともに,国際世論の喚起に努めている。

3.経済

  • (1)モルディブ経済は観光業と水産業を基盤としている。観光業は世界情勢の変動に左右されやすく,最近では2001年の米国同時テロや2008年9月以降の世界的経済危機の直後に観光収益が減少,モルディブ経済に深刻な影響を与えた。2009年は-6.5%とマイナス成長となったが,観光業の持ち直しに伴い2010年は7.1%成長,2011年は7.0%成長となった。2012年は欧州経済低迷の影響,中国人観光客の頭打ちにより伸び悩み,3.4%成長と大幅減速。
  • (2)モルディブは2004年12月のインド洋大津波災害によりOECDにおいてLDC卒業国リストの対象国となることが3年間猶予され,2008年からの3年間のLDC卒業移行期間を経て2011年1月にLDCを卒業した。
  • (3)地方島の経済開発,人口の地方分散がモルディブの経済・社会開発の重点課題。

4.治安

  • (1)治安上の大きな懸念はないが,2010年には,政府の経済政策を巡って首都マレで反政府デモ等が多発。また対外的にはソマリア沖を拠点とする海賊の侵入,国内的には薬物の蔓延が懸念されている。
  • (2)1988年11月にモルディブ商人と組んだスリランカ・タミル人の過激派と目される外国勢力が政府転覆を図る事件が発生したため,以後インドの支援を受けつつ国家保安隊(兵力4000人による国土防衛業務,密漁船取締等を実施)の強化に努めている。
  • (3)2007年9月,マレ市内の公園内で簡易爆発物が爆発し,邦人2名を含む外国人12名が負傷した。本事件を受けモルディブ政府は過激主義者の活動拠点を摘発する等の対策を行った。
  • (4)2012年2月7日のナシード大統領辞任後,政府治安部隊とMDP支持者の間で衝突・襲撃事案も発生。また,2013年10月には大統領選を巡る混乱の中で一時的に治安が悪化。
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