中東

クウェート国(State of Kuwait)

基礎データ

平成28年4月18日

  • クウェート国国旗

一般事情

1 面積

17,818平方キロメートル(四国とほぼ同じ)

2 人口

428万人(内クウェート人131万人)(2016年、クウェート市民調査局)

3 首都

クウェート

4 民族

アラブ人

5 言語

アラビア語

6 宗教

イスラム教

7 国祭日

2月25日(第11代アブダッラー首長即位(1950年)記念日)

8 略史

 16世紀にヨーロッパ列強が湾岸地域へ進出するようになりクウェートの存在が知られるようになった。18世紀アラビア半島中央部から移住した部族がクウェートの基礎をつくった。1899年英国の保護国となる。1938年に大油田が発見され、1961年6月19日英国から独立。

政治体制・内政

1 政体

首長制

2 元首

  • シェイク・サバーハ・アル・アハマド・アル・ジャービル・アル・サバーハ首長殿下
  • H.H. Sheikh Sabah Al-Ahmad Al-Jaber Al-Sabah
  • (2006年1月29日即位)

3 議会

国民議会(一院制、定員50名、任期4年)

4 政府

  • (1)首相:シェイク・ジャービル・アル・ムバーラク・アル・ハマド・アル・サバーハ
  • (2)外相:シェイク・サバーハ・アル・ハーリド・アル・ハマド・アル・サバーハ

5 内政

  • (1)クウェートは過去2世紀にわたりサバーハ首長家が統治。1961年6月19日の独立後も同家内より選ばれた首長を元首としている点に変わりはないが、1962年に制定された憲法に基づき、国民議会が開設され、首長、国民議会、内閣の三者を中心とした統治形態がとられるようになった。
  • (2)1963年には湾岸地域で初めて民選議員から成る国民議会を開催するなど、独立直後から民主化を進めている。近年では女性の政治進出もみられる。2005年5月には、女性に参政権が認められ、同年6月初の女性閣僚が誕生した。また、2009年5月の総選挙で初の女性議員(4名)が誕生した。
  • (3)2011年以降、生活改善を求める一部無国籍者によるデモや反政府系議員を中心としたデモが継続。同年11月、反政府抗議集会参加者が国民議会に乱入するという事案が発生したほか、国民議会解散及び総選挙の早期実施、汚職追及等を求める過去最大規模のデモが発生(内務省発表:2万5,000人。デモ主催者発表:10万人)。2011年11月、ナーセル内閣が総辞職し、ジャービル内閣発足。12月に国民議会が解散。2012年2月に国民議会選挙を実施し、反政府勢力が躍進。
  • (4)国民議会による閣僚の相次ぐ喚問要求、辞任等、政府と国民議会の関係の混乱を受け、2012年6月18日、首長令により1か月間議会が休会。6月20日には憲法裁判所が2月の国民議会選挙を無効と判決。10月21日、サバーハ首長の指示に基づき、政府が現行選挙法を改正(有権者1人あたり4票→1票)し、12月1日に国民議会選挙が実施された。
  • (5)2013年6月、憲法裁判所は2012年10月の首長令による選挙法の改正を合憲としつつ、12月の国民議会選挙を無効と判決。7月27日に再度国民議会選挙が実施され、8月4日、ジャービル首相のもと新内閣が発足した。内閣辞職と議会選挙を繰り返してきた内政の混乱は、以降、ひとまず小康状態を見せている。
  • (6)2014年4、5月にはジャービル首相に対する喚問請求が議会で取り消しとなったことに抗議し5名の議員が辞職したものの、同年6月に議会補欠選挙が実施され、この選挙の結果、政府に対して批判的であった5名の議員代わって基本的に政府寄りの議員経験者などが当選、議会はより親政府的なものとなった。2014下半期以降も、電力水相等複数名の閣僚の辞任・交代はあったものの、その内政への影響は限定的であり、政府と議会の強調的関係は継続、クウェート内政は概ね安定を保っている。

外交・国防

1 外交基本方針

  • (1)各国との良好な関係を維持すると共に、GCC諸国との協力の推進、アラブ諸国との連帯を外交の主要な柱とする。
  • (2)1990年8月のイラクの侵攻後、1991年2月の解放を経て、西側寄りの外交政策傾向が強まり、米(1991年9月)、英(1992年2月)、仏(1992年8月)、ロシア(1993年11月)それぞれとの間で防衛取極を締結。又、1995年3月中国との間で軍事協力に関する覚書に調印。
  • (3)サッダーム・フセイン政権崩壊後のイラクとは2010年7月までに外交使節の相互派遣が正常化した。同国とは、近年相互のハイレベル訪問や国境画定問題の進展等、関係が改善しており、国連安保理決議の履行による懸案の解決が順調に進展していることが確認されている。

2 軍事力

  • (1)予算 48億ドル(2014年、ミリタリーバランス2015)
  • (2)兵役 徴兵制
  • (3)兵力 15,500人(陸11,000人、海2,000人、空2,500人) 予備役 23,700人

(2014年、ミリタリーバランス2015)

経済

1 主要産業

  • 石油 原油確認埋蔵量 1,015億バレル、世界第7位 可採年数 89年(2014年、BP統計)
  • 石油生産量 312万B/D(2014年)(2014年、BP統計)

2 GDP

約1,726億ドル(2014年、IMF)

3 一人当たりGDP

約43,200ドル(2014年、IMF)

4 実質経済成長率

1.2%(2015年、IMF推計)

5 消費者物価上昇率

約2.9%(2014年、IMF)

6 失業率

2.1%(2014年、IMF)

7 貿易額(2014年、クウェート中央統計局)

  • 輸出:1,008億ドル
  • 輸入:310億ドル

8 主要貿易品目

  • (1)輸出:石油、石油製品、肥料
  • (2)輸入:食料品、建設資材、車両及び部品、衣類

9 主要貿易相手国

  • (1)輸出:韓国、インド、日本、米国、中国(2014年IMF)
  • (2)輸入:中国、米国、サウジアラビア、日本、独(2014年IMF)

10 通貨

クウェート・ディナール(KD)

11 為替レート

1KD=3.52米ドル(2014年平均、クウェート中央銀行)

12 経済概況

  • (1)経済構造は、石油部門を中心とするモノカルチャー。国民の94%が国家公務員又は国営企業に勤める。
  • (2)石油収入による国内工業化は石油関連部門に集中し、その豊富なオイル・マネーを海外での投資に向けることによる金融立国を指向するとともに、国内の失業率上昇等を背景に産業の多角化を図っている。
  • (3)外貨導入による産業多角化を目指して、外国資本投資法が2001年に、税制改正法が2007年に可決。
  • (4)2003年のイラク戦争終結と共に、イラクへの物流基地としての役割が復活。
  • (5)2010年に、4か年開発計画を開始。
  • (6)2015年4月、第2次5か年開発計画を開始。

経済協力

日本の援助実績(1998年度末までの累計。1999年度よりODA非対象国となり、ODAによる協力は行われていない。)

(1)有償資金協力 なし
(2)無償資金協力 2.94億円
(1988年度、災害緊急援助〈安全航行援助施設設置協力〉)
(3)技術協力実績 9.35億円
(研修生受入れ203人、専門家派遣35人、機材供与4,360万円(1998年度までの累計))

二国間関係

1 政治関係

 1961年、クウェートの独立を承認。1963年、大使館を設置。クウェートは1962年に在京大使館を開設。

 2011年3月の東日本大震災に際しては、サバーハ首長をはじめとする要人が、天皇陛下や菅総理(当時)にお見舞いの書簡を送ったほか、駐クウェート日本大使館で弔問記帳を行った。また、クウェート政府は、500万バレルの原油(約400億円相当)を無償供与する旨決定し、岩手、福島、宮城の被災三県にて復興支援事業を実施。また、在日クウェート大使館は被災地にサッカーボール及び文具その他支援物資を被災地に寄贈するとともに、チャリティーバザーを実施し、収益金約150万円を寄付。また、2012年3月にサバーハ首長が国賓として訪日し、天皇陛下との御会見、総理との会談等を実施。その機会に、アクアマリンふくしまへ300万ドル、日本赤十字社へ200万ドルの追加寄付を表明し、いずれも7月に日本において贈呈式が行われた。クウェートからの支援は被災地の様々な復興プロジェクトに活用されている。

 2013年8月、安倍総理大臣がクウェートを訪問し、ナッワーフ皇太子と会見したほか、ジャービル首相との会談を行い、両国間で、エネルギーのみならず、政治・安全保障、経済、教育、農業、保健の多くの分野で協力を進展し、「包括的なパートナーシップ関係」を構築することで一致した。

2 経済関係

対クウェート貿易
(ア)貿易額(2014年、財務省貿易統計)
対日輸出:1兆1,151億円
対日輸入:2,073億円
(イ)主要品目(2014年、財務省貿易統計)
対日輸出:原油、石油製品、天然ガス
対日輸入:自動車、鉄鋼、一般機械、電気機器
(ウ)原油の対クウェート輸入量(2014年、財務省貿易統計)
25万B/D(日本総輸入量の約7.3%第5位)

3 文化関係

 例年、在クウェート日本大使館は、各種日本文化紹介事業を実施。

 2009年3月、4月にはクウェート市にて「日本文化週間」が開催された。

 2011年は、日・クウェート外交関係樹立50周年にあたり、各種記念事業を実施。

4 在留邦人数

224人(2016年4月)

5 要人往来

(1)往訪(1995年以降)
年月 要人名
1995年1月 木部日本・アラブ友好議連会長
皇太子同妃両殿下
1996年1月 小渕衆議院議員
1997年7月 小杉文部大臣
1997年10月 平林内閣外政審議室長(総理特使)
1999年5月 与謝野通産大臣
2001年1月 河野外務大臣
2001年2月 海部元総理大臣
2001年7月 平沼経済産業大臣
2003年4月 与党三幹事長(山崎自民党幹事長、冬柴公明党幹事長、二階保守新党幹事長)
2003年12月 田中外務政務官
逢沢副大臣(総理特使)
2004年1月 小池環境大臣
2004年8月 衆議院中東諸国等事情調査議員団
2004年10月 谷川外務副大臣
2004年12月 大野防衛庁長官
武部自民党幹事長・冬柴公明党幹事長
2005年5月 福島外務大臣政務官
2005年6月 河井外務大臣政務官
2005年12月 額賀防衛庁長官
2006年1月 麻生外務大臣(特派大使)
2006年7月 額賀防衛庁長官、金田外務副大臣
2006年8月 麻生外務大臣
2006年9月 衆議院中東諸国等事情調査団
2006年12月 木村防衛庁副長官
2007年3月 小池総理補佐官
2007年4月 安倍総理大臣
2007年8月 衆議院テロ・イラク特委議員団
2008年3月 宇野外務大臣政務官
2008年4月 小野寺外務副大臣
2008年6月 宮下財務大臣政務官
甘利経済産業大臣
2008年7月 奥田総理特使
江渡防衛副大臣
衆議院安保委議員団
額賀財務大臣
2009年3月 柴山外務大臣政務官
2011年2月 菊田外務大臣政務官(総理特使)
2011年10月 浜田外務大臣政務官
2011年11月 中野外務大臣政務官
2012年3月 中野外務大臣政務官
2012年10月 風間外務大臣政務官
2013年8月 安倍総理大臣
2014年1月 牧野外務大臣政務官
2014年2月 小池衆議院議員
2015年3月 中山外務副大臣
2015年4月 秋葉自民党外交部会長
2015年5月 山際経済産業副大臣
2015年11月 高木経済産業副大臣
(2)来訪(1995年以降)
年月 要人名
1995年10月 ジャービル首長(公式実務訪問)
1996年4月 リファイ最高裁長官
1998年10月 サバーハ第一副首相兼外相、ムーサ計画相兼行政開発担当国務相
2001年5月 アハマド情報相
2001年9月 クウェート・日本友好議員連盟
2001年12月 アイヤール社会労働相兼水電気相
2002年1月 ホールシード商工相
2002年4月 アハマド通信相
2002年9月 アハマド情報相兼石油相代行
2002年11月 ムハンマド外務担当国務相
2004年7月 サバーハ首相(公式実務賓客)ムハンマド外相、アハマド・エネルギー相、タウィール商工相
2004年11月 ジャービル副首相兼国防相(外務省賓客)
2005年6月 シェイハ・フッサ歴史博物館館長
2006年8月 ムハンマド首長府顧問(政府特使)
2006年9月 シャッティ副首相兼閣議担当相
2007年8月 サーレム首相府顧問(政府特使)
2007年10月 クウェート・日本友好議員連盟
シェイハ・アムサール・ボランティア協会会長
2008年7月 ナーセル首相(公賓)
2008年9月 タラール・アジア・オリンピック評議会規則委員長兼理事
2008年10月 アファマド・ファハド・アジア・オリンピック評議会会長
2008年12月 アファマド・ファハド・アジア・オリンピック評議会会長
2009年11月 ジャービル第一副首相兼国防相(秋の外国人叙勲)
2010年6月 ムハンマド副首相兼外相(外務省賓客)
2010年12月 フレイジ首長府顧問(首長特使)
2011年12月 ハルーン計画開発相
2011年12月 アファスィ副首相兼法務相兼社会問題・労働相
2012年3月 サバーハ首長(国賓)
2013年2月 ハサン首長府顧問(首長特使)
2014年3月 クウェート・日本友好議員連盟
2014年5月 クウェート科学研究所(KISR)
2014年10月 サビーフ計画開発相
2015年3月 ミシュアル直接投資庁長官
2015年10月 イーサー教育相兼高等教育相

6 二国間条約・取極

  • 航空協定(1962年12月)、司法共助取極(1967年12月)、租税条約(2013年6月)、投資協定(2014年1月)

7 外交使節

  • (1)足木孝 特命全権大使
  • (2)アブドル・ラフマーン・アル・オタイビ 特命全権大使
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