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最近のインド情勢と日印関係
平成20年12月
1.最近のインド情勢
(1)内政
- 2004年5月に発足した統一進歩同盟(United Progressive Alliance:UPA)政権は、コングレス党のマンモハン・シン首相の下、政権発足時に掲げた共通政策綱領( 1)社会的融和の維持・促進、2)雇用を伴う最低7~8%の経済成長、3)農業従事者の福祉・幸福の増進、4)女性の社会的地位向上、5)指定カースト等への教育・雇用の提供、6)起業家、科学者、技術者への支援)に基づき、農村開発や雇用対策に優先的に取り組むとともに、外資規制緩和や国営企業民営化等の経済自由化政策を継続している。
- UPA政権は、共産党マルクス主義派(CPIM)等の閣外協力を得ながら、比較的安定した政権運営を行ってきたが、2007年7月、UPA政権が進めてきた民生用原子力協力に関する米国との合意に対してCPIMが反対の意向を示し、閣外協力を撤回した。UPA政権の任期は2009年5月までとなっており、次回総選挙に向けた政治的な動きが活発化している。
- 治安面では、首都ニューデリーや経済都市であるムンバイ、バンガロール、ハイデラバード等でテロ事件が発生している。2008年11月に発生したムンバイでの連続テロ事件では、日本人を含む約160人が犠牲となった。この他、ジャンム・カシミール州や北東部州におけるテロ事件、インド東部を活動拠点とするナクサライト(注:小作農や下位カーストの権利擁護を標榜する極左主義の過激派。公共機関や治安部隊への攻撃を行っている。)によるテロ事件等が発生している。
(2)経済
- 1991年以来、インドは経済改革への取り組みを本格化し、その結果、1990年代を通じ年平均6.6%の経済成長を実現した。過去3年間では平均9.2%以上の成長率を、2007年度は世界経済の減速を受けたものの、9.0%のGDP成長率を達成した。2008年に入り、経済・金融危機の影響が徐々にではあるがあらわれ、2008年の成長率は7%程度と見込まれている。
- インドのGDPは約9,063億ドル(2006年度、世銀)で、日本、中国に次いでアジア第3位となっている。
- UPA政権は高い経済成長を目標に掲げており、2007年12月に発表された第11次5か年計画では、目標経済成長率が9.0%に設定された。一方、経済成長の維持にはインフラ整備が不可欠であり、インド政府は2007年以降5年間で5,000億ドルの資金が必要と試算している。
- 企業業績はIT産業を始めとして好調であり、IT輸出高は、2002年の96億ドルから2006年には236億ドルに上昇した。また、好調な企業業績を反映して株式市場も活性化しており、ムンバイ証券取引所主要30銘柄株価指数(BSE-SENSEX)は、2004年1月の6,300ポイントから大幅に上昇し、2006年2月には10,000ポイントの大台を超え、2007年12月には終値で初めて20,000ポイントを記録した。一方、世界経済の減速、食糧・石油高騰、世界金融市場の混乱を受け、2008年11月には9,000ポイント台となった。
(3)外交
- 全般
インドは引き続き米国を始めとする西側諸国との関係強化を進めるとともに、伝統的友好国であるロシアや隣国である中国、更には欧州、ASEAN、中東、アフリカとの関係強化も進めるなど、積極的かつ多極的な外交を展開し、国際社会での存在感を高めている。
- 米国との関係
インドは米国との関係強化に積極的に取り組んでいる。米国もインドを競争相手と位置づけるとともに戦略的パートナーとして位置づけており、各分野において双方向での関係強化が行われている。要人の往来も活発であり、2005年7月のシン首相訪米、2006年3月のブッシュ大統領訪印、2008年9月のシン首相訪米のほか、閣僚レベルの往来も続いている。経済面では、米国は引き続きインド最大の貿易相手国であり、2007年度の貿易額は400億ドルを超えた(前年度比36%増)。軍事面でも、陸・海・空軍間で共同訓練が実施されている。特に海軍間では、1992年から「マラバール」と称する大規模な合同演習が行われている。2005年7月のシン首相訪米の際に合意された民生用原子力協力については、米議会の承認を経て、2008年10月に協定が調印された。
- 中国との関係
中印両国は1962年に国境を巡って戦火を交えたが、1988年のラジブ・ガンディー首相の訪中以降徐々に関係改善が図られてきた。特に近年は経済面での関係強化が著しく、2000年度に23億ドル余であった両国間の貿易額は、2007年度には約380億ドルとなった(前年度比47%増)。要人往来も活発であり、首脳レベルでは、中国から温家宝総理(2005年)、胡錦濤中国国家主席(2007年)が訪印し、インドからはシン首相が2008年1月に訪中した。両国はお互いに「競争相手ではなくパートナーである」との認識を示し、経済関係を中心に積極的に関係強化を進めている。特に、2008年1月のシン首相訪中に際して、貿易額を2010年までに年間600億ドルに高めるとの意欲的な目標が掲げられたことが注目される。中印間の最大の懸案である国境画定問題については、2003年以降定期的に政府間の協議が実施されている。これまでに中国がインドのシッキム領有を容認し、インドがチベット自治区を中国の一部と再確認したが、国境画定に関する実質的な進展はみられていない。軍事面では、2003年に海軍同士による初の共同訓練が上海沖にて実施されたのに続き、2005年、2007年にも海軍間の共同訓練が実施された。また、2007年12月には初の陸軍間での共同訓練が実施された。
- ロシアとの関係
ロシアはインドにとって伝統的友好国であり、緊密な関係を維持している。2000年以降毎年首脳が相互訪問するなど要人往来も活発であり、2005年12月、2007年11月にシン首相が訪露し、ロシアからは2000年10月、2002年12月、2004年12月、2007年1月にプーチン大統領が訪印したほか、2008年12月にメドヴェージェフ大統領が訪印した。一方、経済関係は低調であり、2006年度の貿易額は約34億ドル(前年度比3%増)にとどまっている。エネルギー面では、ロシアはインド南部クダンクラムにおいて2基の原子力発電所建設に協力しているほか、2008年12月のメドヴェージェフ大統領訪印に際して、更に4基の原子力建設に合意した。軍事面では、インドは中国と並んでロシアにとっての主要な兵器輸出市場になっている。2003年に初の海軍共同訓練が実施され、2005年10月、2007年4月にも海軍間の共同訓練が実施された。また陸軍間の共同訓練も実施されている。
- 中印露3か国関係
近年、中印、露印の各二国間関係のほか、中印露3か国関係にも進展が見られる。2002年9月の国連総会に際して初の3か国外相会合が開催され、2006年7月のサンクトペテルブルク・サミットに際して初の3か国首脳会合が開催された。2008年5月にロシアのエカテリンブルグで開催された第8回中印露外相会合では、多極主義や国連中心主義等を謳った共同コミュニケが発出された。2005年8月の中露共同軍事演習にインドはオブザーバーを派遣した。また、2005年7月以降、インドは、「上海協力機構」にオブザーバー参加している。
- 欧州諸国との関係
2000年6月、インドはEU対話国となり、以降毎年首脳会議が開催されている。2008年9月には第9回インド・EU首脳会議が開催された。また、現在、インド・EU間の自由貿易協定交渉が行われている。英国との間では、ブレア英首相の訪印(2005年9月)、シン首相の訪英(2006年10月)、ブラウン首相の訪印(2008年1月)、フランスとの間では、シン首相の訪仏(2005年9月、2008年9月)、シラク仏大統領の訪印(2006年2月)、サルコジ大統領の訪印(2008年1月)、ドイツとの間では、シン首相の訪独(2006年4月)、メルケル首相の訪印(2007年10月)が行われるなど活発な要人往来が続いている。この他の欧州諸国との間でも活発な外交が行われている。
- ASEANとの関係(東アジア地域への関与)
1990年代中盤以降、インドは「ルック・イースト政策」を掲げ、ASEANを含む東アジア諸国との関係強化に努力している。2002年11月には初のインド・ASEAN首脳会合が開催され、2007年11月にはシンガポールにおいて第6回首脳会合が開催された。インドはASEAN諸国との経済連携の動きを強めており、シンガポールとの包括的経済協力協定(CECA)が2005年8月に発効したほか、タイとの間でも自由貿易協定(FTA)が2003年10月に締結され、2004年9月より早期関税引き下げ措置として82品目の関税引き下げが実施された。インドは、2003年10月に自由貿易協定(FTA)交渉を開始し、2008年8月に大筋合意に達した。また、インドは2005年に発足した東アジア首脳会議(EAS)に参加している。
- その他の地域との関係
インドはアフリカ地域との関係強化を積極的に進めており、2007年10月にはシン首相が南アフリカを訪問し、同年3月にはカラーム大統領(当時)がモーリシャスを訪問した。2008年4月にはニューデリーにおいて第1回インド・アフリカ首脳会議が開催された。また、インドはブラジル及び南アフリカとの3か国間の協力関係も推進している。インド・ブラジル・南アフリカ(IBSA)3か国は、2004年3月以降4回の閣僚会合を開催しているほか、2006年9月、2007年10月、2008年4月に首脳会合を開催している。
(4)インド・パキスタン関係
- 2001年12月のインド国会襲撃事件等を契機として、インド・パキスタン関係は極度に緊張が高まったが、その後徐々に緊張が緩和し、2002年10月以降、両国は国境付近に展開した兵力を縮小させた。2003年4月のバジパイ・インド首相(当時)がパキスタンとの対話再開を呼びかけたのをきっかけとして関係改善に向けた機運が高まり、大使の交換、カシミール管理ライン(LOC)付近での停戦等が実現した。
- 2004年1月、パキスタンの首都イスラマバードで行われたSAARC首脳会議に合わせ、2年半ぶりの印パ首脳会談が実現し、両国間の関係改善に向けて、信頼醸成措置、領土問題、通商問題、テロ・麻薬取引対策等を内容とする「複合的対話」を開始することが合意された。「複合的対話」はこれまでに第1ラウンド(2004年2月~同年8月)、第2ラウンド(2004年12月~2005年9月)、第3ラウンド(2006年1月~7月)、第4ラウンド(2007年3月~2008年5月)が行われ、2008年7月から第5ラウンドが開始されている。これまでの「複合的対話」を通じ、両国を結ぶ鉄道・バスの運行再開、弾道ミサイル発射実験の事前通報制度の確立等が実現した。
(5)核問題
- インドは、「核兵器不拡散条約(NPT)」は、核保有国が核を持ち続けることを保証する一方で、その他の国の核保有を規制する不平等な条約であると主張し、加盟していない。また、「包括的核実験禁止条約(CTBT)」については、その発効を妨げることはせず、CTBT発効まで核実験を行わない(核実験モラトリアムの継続)としている。
- 2003年1月、インドの安全保障閣僚会議は、核の先制不使用、非核保有国への核不使用、核兵器の究極的廃絶に向けた国際社会の取組への協力を継続すること等を内容とする核ドクトリンを発表。
- 2004年5月に成立したマンモハン・シン政権は、共通政策綱領において、軍装備の近代化へ向けた努力と信頼しうる核兵器プログラムの維持に言及する一方、近隣核保有国との間で実施可能且つ検証可能な信頼醸成措置を発展させること、世界的な核軍縮を推進し、核兵器のない世界の実現に向けて主導的役割を果たすことを明言している。
2.日印関係
(1)インドの重要性
1990年代以降、インドは経済自由化・改革を着実に進め、高い経済成長を達成している。特に高い教育を受けた豊富な若年層の存在を背景にIT産業は飛躍的に発展しており、インドの経済規模は世界第10位、アジア第3位になっている。外交面でも積極的に主要国との関係強化を進めており、国際的舞台での発言力を確実に増してきている。また、インドは日本と中東地域とを結ぶシーレーンに沿って長大な海岸線を有し、地政学的にも日本にとって極めて重要である。さらに、インドは10億人の人口を擁する世界最大の民主主義国家であり、日本とは民主主義、法の支配等の基本的価値観を共有している。
(2)最近の日印関係
日印両国は1952年に国交を樹立。インド国内の強い親日感情にも支えられながら、友好関係を維持してきた。2000年8月の森総理訪印を契機として関係強化の機運が高まり、その後、2005年4月の小泉総理訪印、2006年12月のシン首相訪日、2007年8月の安倍総理訪印という毎年の首脳会談を通じて「戦略的グローバル・パートナーシップ」を確立し、着実に関係を強化してきた。2008年10月のシン首相訪日の際に、幅広い分野での協力を促進するための「戦略的グローバル・パートナーシップの前進に関する共同声明」及び安全保障分野での協力に関する「日印間の安全保障協力に関する共同宣言」を発出した。
「戦略的グローバル・パートナーシップの前進に関する共同声明」の主な要素
- 基本的価値を共有する日印両国の協力の重要性を確認し、「日印間の安全保障協力宣言」に基づき、安全保障協力に関する行動計画を作成することを確認。
- 経済連携協定(EPA)の実質的な進展を歓迎し、両国の経済界が二国間の貿易・投資拡大に果たす役割を評価。
- 貨物専用鉄道建設計画(DFC)、デリー・ムンバイ間産業大動脈構想(DMIC)などの経済協力の重要性と一層の協力を確認。
- 気候変動問題をはじめ、環境・エネルギー安全保障分野での二国間協力の促進の必要性を確認。
- 文化・学術交流、人の交流の重要性を強調し、インド工科大学(IIT)ハイデラバード校の設立に向けての協力を確認。
- 国際的な核軍縮・不拡散の取組強化の重要性を確認。
- 東アジア首脳会議(EAS)、国連安保理改革、テロ対策、世界経済、WTOドーハ・ラウンド交渉等における協力を確認。
(3)対インド基本政策
引き続き、政治・安全保障、経済、人・文化交流等の広範な分野におけるインドとの関係強化を進めていく。特に、経済関係については、2007年1月から経済連携協定(EPA)交渉を開始しており、早期締結を目指して交渉を行っていく。また、東アジア首脳会議(EAS)での協力や国連安保理改革、気候変動問題、テロ対策、海上安全保障等の地域的・国際的課題に対する協力を一層深めていく。
なお、日本はインドに対する最大の二国間ドナー国であるとともに、インドは2003年度以降5年連続で日本の最大の円借款受取国となっている(2004年度:約1,345億円、2005年度:約1,555億円、2006年度:約1,849億円、2007年度:2,251億円)。
(4)安全保障関係
- 安全保障分野では、2001年より日印安保対話が実施されている。2008年2月の第5回日印安保対話では、地域情勢、両国の安全保障政策、安保・防衛面での協力等について意見交換が行われた。2008年10月のシン首相訪日に際して、「日印間の安全保障協力に関する共同宣言」を発出した。
- 防衛当局間では、高官の往来などの交流が活発化しているほか、海上自衛隊とインド海軍の親善訓練が行われている(最近では、2007年4月にインド海軍艦船3隻が横須賀を訪問し、これに合わせて日米印3か国による海上親善訓練が実施された。また、2007年9月には米印両国が主催する多国間海軍共同訓練「マラバール」に海上自衛隊が参加した。)また、2006年5月のムカジー国防大臣の訪日に際して、防衛当局間の協力を促進するための共同ステートメントが発出された。
- 海上保安当局間では、2000年以降、双方の巡視船による連携訓練が毎年実施されている(最近では、2007年5月にインド沿岸警備艇「サガール」が名古屋を訪問し、第8回連携訓練を実施。)。また、2006年11月の石川海上保安庁長官訪印に際して、情報共有、海賊への共同対処等を内容とする協力覚書が交わされた。
(5)経済関係
- 最近の日印経済関係
近年、両国間の貿易は拡大傾向にある。2006年12月のシン首相訪日の際に、日印両首脳は経済連携協定(EPA)交渉を速やかに開始することを決定し、およそ2年のうちの可能な限り早期に交渉を実質的に終了させることを目指すことを確認した。2007年1月末から交渉が開始され、これまでに11回の会合が行われている。2007年7月には、経済分野での協力関係の進捗状況を全体として把握し、必要に応じて調整を行うための経済戦略会議がニューデリーにて第1回会合、2008年7月には東京にて第2回会合が行われた。
- 貿易
日印間の貿易は近年増加傾向にあり、2007年の貿易額は前年度比約22%増の約103億ドルとなった。主な貿易品目としては、インドから日本への主な輸出品は宝石(15.4%)、石油製品(15.2%)、鉄鉱石(11.7%)となっており、日本からインドへの主な輸出は一般機械(26.4%)、電気機器(12.0%)、鉄鋼(10.7%)となっている。しかしながら、日印間の貿易関係は未だ限られており、インドの貿易額に占める日本との貿易の割合は約2.6%(第10位、2005年度)、日本の貿易額に占めるインドの割合は約0.8%(第27位、2007年度)となっている。
- 投資
2000年から2007年末までの日本からインドへの直接投資額(実行ベース)の累計は約19.5億ドルであり、米国、モーリシャス、英国等に次いで第6位となっている。2007年の日本の対インド直接投資額は約1,782億円となっており、前年(約597億円)に比べ大幅に増加している。日本からインドには、2008年10月時点で約840社の日系企業が進出している(過去3年間で倍増)。
(6)人・文化の交流
- 人の交流
日印間の人の交流は未だ限定的である。インドから日本への留学生数は2000年度の203人から2006年度には525人へと増加しているが、中国からの約7.5万人、韓国からの約1万6000人に比べると極端に少なく、日本への留学生総数に占める割合は約0.3%に過ぎない。また、旅行者等の訪問者数も少なく、2005年の日本からインドへの訪問者数は約10万3000人(日本人海外訪問者数の約0.6%)、インドから日本への訪問者数は約5万8600人(日本への訪問者数全体の約0.9%)となっている。人の交流拡大は二国間関係の基礎をより強固にするものであり、2005年4月の小泉総理訪印に際して、インドにおける日本語教育拡充に向けて協力していくこと、JETプログラム等を活用し、若い世代の交流を奨励していくこと等が合意された。また、2006年1月の麻生外務大臣訪印に際して、日本語、技術、若者等の分野で3年間に4,000人の交流を目指す「麻生プログラム」が発表された。2006年12月のマンモハン・シン首相訪日の際に、3年間で5,000人の若者等の交流を目指して「麻生プログラム」を拡充すること、インドにおける日本語教育の促進、JETプログラムの拡大等を内容とする「未来への投資イニシアティブ」が発表された。また、2007年8月の安倍総理訪印に際して、今後5年間に年間500人程度のインド人青少年(うち100人は日本語学習者、若手日本語教師)を日本に招聘することが合意された。
- 地方自治体の交流
これまで日印間の姉妹都市は横浜市とムンバイ市のみであったが、日本の地方自治体もインドとの協力関係構築に関心を示しており、2005年以降、岡山県、福岡県、福岡市が大規模なミッションをインドに派遣した。この結果、岡山県とマハラシュトラ州プーネ市、マハラシュトラ州ピンプリチンチワッド市との間で新たな姉妹都市提携が結ばれた。また、2006年7月には広島県三次市とIT新興都市として注目を集めているハイデラバード市の間で姉妹都市提携が結ばれた。2007年3月には福岡県とデリー準州が友好交流協定に署名した。
- 文化の交流
2007年は日印文化協力協定締結50周年であり、これを記念し、2007年を通じて「インドにおける日本年」、「日本におけるインド祭」の各種事業が実施された。
(7)科学技術協力
- 科学技術分野での協力は、1998年のインドの核実験等の影響もありしばらく低調であったが、2005年11月、6年振りに日印科学技術合同委員会が開催され、二国間の科学技術分野における協力について意見交換が行われた。2006年10月に開催された日印科学技術イニシアティブ会合では、バイオテクノロジー、ナノテクノロジー、ICTの分野で共同プロジェクトの開始を模索することが合意された。