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平成23年3月
(1)経緯
(イ)1991年4月の訪日の際、ゴルバチョフ大統領から、日本国民と北方四島住民の間の交流の拡大、日本国民による四島訪問の無査証の枠組みを設定することが提案されました。
(ロ)これを受け、同年10月、日ソ外相間の往復書簡により、「領土問題解決までの間、相互理解の増進を図り、領土問題の解決に寄与すること」を目的として、「日本国民」と「継続的にかつ現に諸島(歯舞群島、色丹島、国後島び択捉島)に居住するソ連邦国民」との間の旅券・査証なしによる相互訪問の枠組みとして設定されたものです。
(2)対象者
(イ)1991年及び1998年の閣議了解により、日本国民の対象者を、当面、以下の者で総務庁長官及び外務大臣が適当と認めるものに限定しています。
1)北方領土に居住していた者、その子及び孫並びにそれらの者の配偶者
2)北方領土返還要求運動関係者
3)報道関係者
4)この訪問の目的に資する活動を行う専門家(1998年以降)
(ロ)1995年4月に、1回の訪問につき2名まで国会議員が参加することが可能になりました。
(3)実績
1992年以来、現在までに日本側訪問団延べ9,962名(242回)、四島側訪問団延べ7,336名(168回)、合計17,298名(410回)が参加しました。また、現在までに延べ93名の国会議員が参加しました。
(1)経緯
(イ)1998年11月に署名されたモスクワ宣言において、日露両首脳は、人道的見地から、元島民及びその家族たる日本国民による北方領土への最大限に簡易化されたいわゆる「自由訪問」を実施することにつき原則的に合意しました。
(ロ)これを受け、1999年日露間の口上書により、自由訪問の枠組みが設定されました。
(2)対象者
北方四島に居住していた日本国民並びにその配偶者及び子が対象です。(2008年4月に行われた日露外相会談において、元島民の子の配偶者、孫及び孫の配偶者、複数の医師、看護士の同行を可能にすることで一致しました。)
(3)実績
1999年9月に第1陣が歯舞群島を訪問して以来、現在までに延べ2,085人が参加しています。
(4)四島交流との相違点
(イ)身分証明書及び挿入紙が数次使用可能であること、(ロ)元島民の故郷であれば、現在ロシア人が居住していないところへも訪問することが可能であること(四島交流は交流が目的のため、ロシア人が居住していないところへは原則訪問できない)、等の違いがあります。
(1)経緯
(イ)人道的観点から1964年より開始され、身分証明書による入域という特別の方式により断続的に実施されました。
(ロ)1976年にソ連側が旅券・査証の取得を要求したため、同年から1985年までの間は中断されました。
(ハ)1986年7月、査証なしで身分証明書により北方四島に入域する枠組みが口上書の交換により設定され、再開されました。
(2)対象者
元島民及びその家族が対象です。
(3)実績
1964年から現在までに4,065名が参加しました。北方四島には、52か所に日本人墓地があり、墓参の際には慰霊祭や墓碑の建立も行われています。