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(1)1997年7月1日に中国に返還。中国の特別行政区(SAR: Special Administrative Region)として、外交・防衛の両分野を除き高度の自治権を有する。
英中共同声明(1985年5月発行)に基づき、返還前の諸制度を50年間維持することが保障されている。(「一国二制度」)
(2)初代行政長官の董建華は、2002年に再選され、2期目を務めていたが、2005年3月12日、健康の悪化を理由に辞職した。同日、董建華は全国政協副主席に就任し、曽蔭権(ドナルド・ツァン)政務長官が行政長官代行に就任、6月21日に新行政長官に就任した。2007年7月に再選された。
(3)返還後、「一国二制度」は基本的に順調に機能し、デモ行進等の諸活動も返還前と同様実施され、全体としての香港の状況は安定している。経済面については、1997年のアジア経済危機以来厳しい状況が続いていたが、2003年6月末SARS(新型肺炎)が終息して以降、中国本土から香港への個人旅行客解禁、「経済連携緊密化取決め(CEPA)」など、中央政府による香港経済てこ入れ策が奏功し、経済は急速に回復へ向かった。2008年秋の国際金融危機の影響を受け、2009年の通年実質GDP成長率はマイナスとなったが、中国経済の順調な回復に伴い、同年第4四半期からプラス成長に転じている。
(1)香港SAR政府は、「反逆」、「国家分裂」、「反乱扇動」、「中央人民政府転覆」、「国家機密窃取」の行為等を禁止する「国家安全条例」を2003年7月までに成立させることを目指していた。しかし、同法案は香港市民の自由・人権を脅かすとして反対論が高まり、2003年7月1日には50万人規模の反対デモが行われ、同法案は9月には廃案となった。
以来、民主派は民主化加速の訴えを強め、2007年の行政長官選挙・2008年の立法会選挙での全面普通選挙実施を要求した。しかし中央政府は、2004年4月には、2007年・2008年の選挙で全面普通選挙は実施しない旨の全人代常務委による「決定」を行い、民主派の要求を斥けた。2007年12月、全人代常務委員会は、2012年の行政長官選挙・立法会議員選挙での普通選挙の導入を再度否定するとともに、2017年の行政長官選挙及び2020年の立法会議員選挙での普通選挙の導入を可能とする「決定」を行った。2012年の二つの選挙(行政長官と立法会)については、2010年6月、立法会は、行政長官選挙委員会人数の800名から1200名への増加、立法会議席数の60から70への増加などを含む「香港基本法」改正案を採択した。
(2)2008年7月に第4回立法会選挙が行われ、民主派の獲得議席は60議席中23議席となり、引き続き選挙制度を巡る議論で否決権を有する三分の一以上の議席数を維持した。
(3)初代行政長官の董建華は、2002年に再選され、2期目を務めていたが、2005年3月12日、健康の悪化を理由に辞職した。同日、曽蔭権(ドナルド・ツァン)政務長官が行政長官代行に就任し、2007年3月に行われた行政長官選挙において曽蔭権は再選を果たした。同年7月1日、返還10周年記念式典及び第三期閣僚任命式が行われ第二次曽蔭権政権が成立し、同任命式に出席した胡錦濤国家主席は、「『一国二制度』は中央政府から授権されたものであり、早急な民主化ではなく漸進的民主化を望む」と強調。
(1)中国の改革開放後、香港は一貫して最大の対中投資元として、中国本土とりわけ広東省(珠江デルタ地域)との経済的結びつきを深めてきている。
(2)1997年のアジア通貨危機後、香港経済は、2000年IT景気で一時的に急成長を遂げたものの、その後は低迷を続けた。
(3)2003年6月末、SARS(新型肺炎)が終息して以降、中国本土から香港への個人旅行客解禁(この措置により、毎月約90~100万人規模の観光客が香港を訪問)、「経済連携緊密化取決め(CEPA)」など、中央政府による香港経済てこ入れ策が奏功し、経済は急速に回復に向かった。
(4)2004年に入ってからも成長は続き、実質GDP成長率については、2004年8.5%、2005年7.1%、2006年7.0%、2007年6.4%と高い成長率を示した。2008年秋の国際金融危機の影響が出始めた後は成長が急激に鈍化、2008年の実質GDP成長率は2.5%にとどまり、2009年にはマイナス成長にまで落ち込んだ。その後、中国経済の順調な回復に伴い、2009年第4四半期からプラス成長に転じている。
(5)中国のWTO加盟後、香港の優位性を確保すべく、香港は、中国との間で中国にとって初めてのEPAとなる「経済連携緊密化取り決め(CEPA)」を締結(2003年6月)、2004年1月より実施。その後、毎年連携範囲を拡大し、2010年5月にはCEPA第七次補充協定に調印し、35項目の市場開放措置の実施が決定されている。
(イ)日本は香港と極めて密接な経済関係を有していることから、香港の将来は日本にとって大きな関心事。
(ロ)香港の繁栄と安定は、中国のみならす日本を含むアジア太平洋地域の繁栄と発展に重要な役割を果たしていると認識しており、香港において引き続き自由で開かれた体制が維持され、香港に対する信頼感が確保されることが重要。
(ハ)日港関係は順調に発展。香港が高度の自治とダイナミックな経済活動を支える枠組み(低税率、自由貿易、少ない規制等のビジネスに適した環境、法の支配の徹底、優れた輸送インフラ、効率的な行政、優秀な人材等の存在)を維持すれば日港関係は引き続き発展するものと見込まれる。
(ニ)このような観点から、香港の開かれた諸制度が維持されると同時に、これまでの経済面を中心とした緊密な交流が維持・発展できるよう日本政府としても環境を整えるための努力を行ってきている(日港航空協定及び日港投資保護協定の締結、SAR旅券所持者の査証免除措置、ワーキング・ホリデー制度の導入等)。
2006年5月、竹中総務大臣、北側国土交通大臣が香港を訪問。同年12月、麻生外務大臣が香港を訪問。
2008年10月、梁振英香港行政会議召集人が訪日し、橋本外務副大臣等と会談。
2009年2月、曽蔭権(ドナルド・ツァン)行政長官が訪日し(外務省賓客)、麻生総理に表敬した他、中曽根外務大臣と会談。同年2月、橋本外務副大臣が香港を訪問し、曽蔭権(ドナルド・ツァン)行政長官を表敬した他、梁振英香港行政会議召集人等と会談。
(イ)香港にとり日本は中国本土、米国に次ぎ第3位の貿易相手先であり、輸入相手国先としては、中国本土に次いで第2位、再輸出先としては中国本土、米国に次いで第3位の貿易相手国(2008年香港側統計)。また、香港は日本の農林水産物にとって最大の輸出先であり、日本の食文化に対する人気は高い。
(ロ)香港に拠点を置く日系企業は2,100社を超えている(うち、香港日本商工会議所会員企業数は約600社)。
(ハ)在留邦人は21,210人(2009年10月)で、2008年の日本からの渡航者数は約132万人、香港からは約55万人に上る。
(ニ)日・香港刑事共助協定が2009年9月に発効。これにより、捜査、訴追などに関する刑事共助について、双方の中央当局間が直接連絡をとることが可能となった。
(ホ)2010年1月1日から、ワーキング・ホリデー制度が導入されている。18歳以上30歳以下で、1年間を限度に主として休暇を過ごすことを目的として渡航する者が対象。