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最近のバングラデシュ情勢と日本・バングラデシュ関係
平成22年11月
1. バングラデシュ情勢
(1)内政
- 1971年12月にパキスタンからの独立達成後、二人の大統領の暗殺(ムジブル・ラーマン大統領(1975年)、ジアウル・ラーマン大統領(1981年))に続く軍事政権時代等の不安定な時代が続いたが、1990年12月にエルシャド大統領(退役陸軍中将)が2大政党(BNP、アワミ連盟)の退陣要求に応じた結果、平和裡に民主化に移行。1991年2月の総選挙以降、カレダ・ジア総裁率いるBNP(バングラデシュ民族主義党)とシェイク・ハシナ総裁率いるアワミ連盟の2大政党が、選挙を通じ、交互に政権を担当してきた(BNPは1991~1996年、2001~2006年、アワミ連盟は1996年~2001年、2009年1月から任期5年)。
- 2006年10月、カレダ・ジアBNP政権は任期満了で退陣し、憲法の規定に従い選挙管理内閣に移行。2007年1月の総選挙の準備が進められてきたが、選挙改革等を巡る主要政党間の対立が激化し、国内の社会・経済が混乱状態に陥ったため、2007年1月11日、イアジュッディン・アーメド大統領兼選挙管理内閣首席顧問(首相に相当)は全土に非常事態宣言を発令し、総選挙の延期を発表した。その後、ファクルッディン・アーメド元中央銀行総裁が選挙管理内閣首席顧問に就任し、同選挙管理内閣は、約2年間をかけ、ハシナ、ジア両元首相の逮捕(後日、釈放)を含む徹底した不正・汚職・治安対策、約8,100万人分の写真付き選挙人名簿の整備、選挙管理委員会の再編、政党との対話等、自由公正な選挙の実現に向けた種々の取り組みを精力的に実施した。2008年12月17日、非常事態宣言を解除し、2008年12月29日、日本を含む国際選挙監視団が注目する中、過去最高の87%の投票率で自由、公正かつ平和的な総選挙が実施され、BNP政権野党のアワミ連盟が総議席数の3分の2以上を獲得して大勝、2009年1月6日、ハシナ新首相(首相就任は2度目)の下にアワミ連盟内閣が発足した。
- ハシナ・アワミ連盟新政権は、マニュフェスト「ビジョン2021」に従い、2021年までの中所得国入りを目標に農業、教育、医療分野等への取り組みの他、汚職対策等でも一定の成果を上げてきている。経済面では世界的な経済危機の中であっても引き続き高い経済成長(09年度GDP成長率5.9%)を達成した。他方で、政治面では野党による国会審議の拒否等の与野党対立が続いている他、引き続く深刻な電力不足、ガス供給不足に加えて、独立戦争時の戦争犯罪人の裁判問題、チッタゴン丘陵での少数民族問題等、治安上の懸念もあり、課題は少なくない。
(2)外交
- 国連、非同盟グループ(NAM)、イスラム諸国会議機構(OIC)等を通じ、穏健且つ民主的なイスラム国家として、またLDCのスポークスマン的立場を自任し、活発な外交を展開しており、国連平和維持活動(PKO)にも積極的に貢献(PKO要員派遣実績は世界第1位(2010年8月現在)。また、1980年にジアウル・ラーマン大統領がSAARC(南アジア地域協力連合)の設立を提唱したほか、南アジア地域で最初にCTBTを批准(2000年3月)するなど、地域協力の強化及び地域の安定化に努めている。
- 前BNP政権時はルック・イースト政策を提唱し、東南アジア及び東アジア諸国との経済関係の強化に努めた。日本、韓国、中国、タイ、インドネシア、ミャンマー等、同地域諸国との要人往来が活発に行われてきた。現アワミ連盟政権はルック・イースト政策を継承し日本、中国、隣国ミャンマー等のアジア諸国との関係強化に務めつつも、インドとの経済、安全保障、地域協力等を中心とした協力関係を重視し長年の懸案解決に乗り出している。また、パキスタン、中東、欧米との関係維持に務めている。
- バングラデシュはサイクロン、洪水等の災害も多く、気候変動の影響を最も受けやすい国の一つと考えられており、気候変動問題に積極的に取り組んでいる。ハシナ首相は平成22年1月の気候変動枠組条約第15回締約国会議(COP15)に出席し、温室効果ガス削減のため法的枠組みの作成が必要との認識で、コペンハーゲン合意への支持を表明した他、途上国が気候変動対応に必要となる歳出を補填するために、先進諸国・国際社会からの補償基金設立を求めている。
(3)経済・社会
- 2009年度(2008年7月~2009年6月)のバングラデシュ経済は、2008年度秋以降の世界金融危機による影響をそれほど大きく受けず、一人当たりGDPは、2008年度の559ドルから安定的に伸長して620ドルに達し、5.7%の経済成長率を達成した。この背景には、縫製品の海外輸出が引き続き好調なこと、海外労働者送金が安定的に伸長していること、及び外資規制の厳しい金融市場が安定していることが挙げられる。このような安定した高い経済成長を背景に、2005年にゴールドマン・サックス社はバングラデシュをBRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)に次ぐ「ネクスト11」の新興経済国の一つに位置づけた。
- しかし、バングラデシュ経済は、縫製品輸出や海外労働者送金に依存するところが大きく構造的に脆弱であるため、輸出産業ならびに輸出先の多角化や、道路・港湾・電力等の基礎的インフラ整備が依然として課題となっている。
(4)軍事
- 経常予算に占める国防費の比率は、近年、約9%弱で推移。軍は自然災害の復旧活動や国連平和維持活動(2010年9月現在、世界最大の派遣人数となる10,736人を派遣)にも重要な役割を担っている。
- 2008年3月、アーメド陸軍参謀長(当時)が、「バ」参謀長としては初めて訪印し、軍事訓練、テロ対策等につき協議した。2010年3月、ムビン陸軍参謀長が訪印し、アントニー印国防相やカプール印陸軍参謀長等と安全保障、軍事協力の将来的な可能性等について協議した模様。
2. 日・バングラデシュ関係
(1)基本的考え
- 日本とバングラデシュは、その独立以来経済協力を中心に良好な関係を維持している。2005年7月ジア元首相が訪日した他、2006年7月には麻生外相(当時)がバングラデシュを訪問、2007年2月にはチョードリー外務担当顧問(外相に相当)が訪日した。また、2009年1月16日には、麻生総理と就任間もないハシナ首相との間で電話会談を行った他、2009年2月に橋本外務副大臣がバングラデシュを訪問、また同年6月バングラデシュからマームド首相特使(外務担当国務大臣)が訪日した等、要人往来も活発である。バングラデシュ独立後の1972年、日本は米、中等に先駆けて国家承認を早期に行った経緯もあり、同国は1994年に南アジア諸国で初めて日本の国連安保理常任理事国入りに支持を表明した等、親日的な国である。
- 近年、同国は安定的な経済成長を続けており、日本の民間企業の対バングラデシュ進出の機運が高まっている。2009年ダッカにて日「バ」双方の約50社の参加を得て第15回日本バングラデシュ商業・経済協力合同委員会会議が開催され、対「バ」投資拡大のため投資阻害要因への対処をハシナ首相に求める等、民間における経済関係の強化の機運が高まっている。
(2)日・バングラデシュ関係全般
(イ)経済関係
(ロ)経済協力関係
- 日本はバングラデシュに対する最大援助国の一つ。2009年度までの累計供与実績(E/Nベース累計)は、円借款約7,193.04億円、無償資金協力4,672.56億円、技術協力561.34億円(2008年度までのJICA経費実績ベース。2009年度は集計中。)。
- 日本の対バングラデシュ国別援助計画の重点分野は、経済成長、社会開発と人間の安全保障、ガバナンス。
「日本・バングラデシュ技術協力協定」が2002年12月に署名され即日発効。
(ハ)安全保障
特になし。
3. データ(政府統計局、中銀資料等)
(1)人口:1億4,660万人(2009年7月暫定値、バングラデシュ統計局)
(2)人口増加率:1.38%(2009年世銀)
(3)人口密度:966人/平方キロ(2007年推定値、バングラデシュ統計局)
(4)識字率:53.5%(2009年、Human Development Report)
(5)通貨:タカ(1ドル=68.80タカ)(2008-2009年平均値)
(6)GDP(実質):893.8億ドル(2009年度、世銀)
(7)GDP成長率:5.74%(2009年度)
(8)一人当たりGDP:684ドル(2010年度暫定値)
(9)消費者物価上昇率:6.7%(2009年度)
(10)輸出:15,565百万ドル FOB(2009年度)
(11)輸入:22,507百万ドルFOB(2009年度)
(12)経常収支:2,536百万ドル(2009年度)(暫定値)
(13)対日輸出:203百万ドル(2009年度)
(14)対日輸入:1,015百万ドル(2009年度)
(15)対日貿易収支:-812百万ドル(2009年度)
(16)外貨準備高:7,471百万ドル(2009年度)(暫定値)
(17)在留邦人数:499人(2010年10月1日現在、日本大使館)
(18)日系企業数:97社(2010年10月1日現在、JETRO)
出所:(5)、(8)、(9)、(12)及び(16)はバングラデシュ中央銀行資料、(7)及び(10)~(11)はバングラデシュ財務省"Bangladesh Economic Review"、(13)~(15)はJETRO資料。2009年度のバングラデシュの会計年度は2008年7月~2009年6月。