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ジョゼ・エドゥアルド・ドス・サントス
(H. E. Mr. José Eduardo dos SANTOS)
1942年8月28日
ルアンダ州ルアンダ
1969年 バクー(現アゼルバイジャン共和国首都)石油・ガス研究所卒(石油工学学士)
| 年月 | 職歴等 |
|---|---|
| 1961年 | アンゴラ解放人民運動(MPLA、現与党)に参加
国外追放となる 在レオポルドビル(現キンシャサ)MPLA青年部創設、副議長 在ブラザビルMPLA初代代表 |
| 1963年~1969年 | 旧ソ連留学 |
| 1970年 | 対ポルトガル解放戦争に参加 |
| 1974年 | カビンダ州軍管轄区通信局次長、MPLA中央委員会及び政治局メンバーとなる |
| 1975年 | アンゴラ人民共和国外務大臣就任 |
| 1977年~1979年 | 教育・文化・スポーツ中央委員会書記、経済開発・計画長官、第一副首相、計画大臣及び国家計画委員長を歴任 |
| 1979年 | アンゴラ人民共和国大統領、MPLA議長 |
| 1992年 | アンゴラ共和国大統領 |
アナ・パウラ夫人との間に子供3人
サッカー、バスケットボール、テニス、バレーボール
ポルトガル語(母国語)、仏語・露語に堪能、英語も理解
キリスト教(カトリック)
2001年1月(公式実務訪問賓客)
(1)かつてサッカー、バスケットボールの選手(アマチュア)であり非常に堪能。
(2)石油工学を勉強したことから、しばしば尊称として「技師」と呼ばれることがある。石油工学を学んだ後、1年間軍事通信技術も勉強した。
(3)性格は穏和で口調も柔らかではあるが、その話し振りからは、アンゴラの国政に対する確固たる意志が感じられる。