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2012年4月現在
1万2,190平方キロメートル(新潟県とほぼ同じ大きさ)
約24万人(2010年、世界銀行)
ポートビラ
メラネシア系(93%)、その他中国系、ベトナム系及び英仏人が居住。
ビシュラマ語(ピジン英語)、英語、仏語(いずれも公用語)
主にキリスト教(プレスビタリアン、ローマ・カトリック、アングリカン、セブンス・デイ・アドベンティスト等)
| 年月 | 略史 |
|---|---|
| 1605年 | キロス(スペイン人探検家)が発見。 |
| 1906年 | 英仏の共同統治下に入る。 |
| 1980年7月30日 | 独立(英連邦の一員)、サント島反乱鎮圧 |
共和制
ヨル・ジョンソン・アビル・カニアピン(H.E. Iolu Johnson Abbil KANIAPNIN)大統領(2009年9月就任)
一院制、議員数52名、任期4年
(1)首相 サトー・キルマン(Sato KILMAN)(2011年6月就任)
(2)外務・貿易大臣 アルフレッド・カーロット(Alfred CARLOT)(2011年6月就任)
バヌアツはかつて英・仏が共同統治下を行ってきたことから英系と仏系の政党が政権争いを繰り返して内政は不安定な状態が続いてきた。
2004年11月にボオール首相(仏系)が単独で台湾を訪問し、台湾との外交関係樹立のコミュニケを発表したが、ほとんど全ての閣僚は「一つの中国」政策を維持すべきとの立場を表明したため、ボオール首相の内閣での立場が孤立し、結局同年12月に内閣不信任動議が提出、可決され、新首相にハム・リニ(英系)が選出された。
2008年9月に行われた総選挙では、エドワード・ナタペイ元首相率いるバヌアアク党(VP)が11議席、現職のリニ首相率いる国民連合党(NUP)が8議席をそれぞれ獲得。各党間の多数派工作の結果、ナタペイVP党首が首相に選出された。
2010年12月、ナタペイ首相に対する内閣不信任動議が可決され、サトー・キルマン副首相兼貿易大臣が首相に選出されたものの、2011年4月、キルマン首相に対する不信任決議が可決され、過去に3度首相を務めた経験があるボオール氏が4度目の首相に選出された。その後5月、議会がボオール首相を選出したことは違憲との控訴審判決がなされ、キルマン氏が首相に復権したが、6月にバヌアツ最高裁が2010年12月のナタペイ首相(当時)の排除及びその直後のキルマン首相選出は違憲と判断し、ナタペイ元首相が暫定首相に任命された。その後6月に行われた選挙によりキルマン氏が再び首相に選出された。
外交関係の多角化、南太平洋諸国、特にPNG、ソロモン等メラネシア諸国との連帯強化、非同盟主義の推進、各地(ニューカレドニア等)の独立運動支援、反核政策推進。
軍隊はない。
農業、観光業
6.6億米ドル(2010年、世界銀行)
2,760米ドル(2010年、世界銀行)
3.0%(2010年、世界銀行)
2.8%(2010年、世界銀行)
(1)輸出 207.1百万米ドル
(2)輸入 384.1百万米ドル
(2010年、アジア開発銀行)
(1)輸出 コプラ、木材、カヴァ、牛肉、ココア
(2)輸入 機械・輸送機器、食料品、日用品
(1)輸出 タイ、日本、カナダ
(2)輸入 豪州、日本、シンガポール
バツ(Vatu)
1バツ=0.9円(2011年8月)
コプラの生産と自給自足農業を基盤とするが、都市部と農村部では大きな格差がある。恒常的な輸入超過で、赤字を外国援助で補填。近年は農業の多様化と観光振興に力を入れている。また、1997年半ばよりADBの協力のもと大規模な行政・経済改革である「包括的改革計画」を実施しており、2003年には中期計画として「優先課題・行動計画」を策定した。2003年、2004年は前年のマイナス成長を脱し、プラス成長を記録した。
| 2010年度 | 2010年度までの累計 | |
|---|---|---|
| (1)有償資金協力 | なし | なし |
| (2)無償資金協力 | 4.61億円 | 110.60億円 |
| (3)技術協力 | 2.73億円 | 61.63億円 |
(1)豪州(42.23)、(2)米国(22.47)、(3)ニュージーランド(16.70)
(単位:百万米ドル、2009年度、DAC)
尚、2004年5月、米のミレニアム・チャレンジ・アカウント援助の16供与適格国の一つに認定された。
1980年7月 独立式典に秋田大助特派大使派遣
1981年1月 日・バヌアツ間に正式の外交関係開設
1993年11月 在京バヌアツ名誉領事館開設(2003年、閉館)
(1)貿易額(2010年度、財務省貿易統計)
(2)日本からの直接投資 49億円(2008年度)
(3)進出日本企業数 3社(2007年現在)
83名(2010年10月現在)
6名(2010年、法務省在留外国人統計)
| 年月 | 要人名 |
|---|---|
| 1980年 | 秋田特派大使 |
| 1985年 | 森下元晴議員 |
| 1986年 | 浦野外務政務次官 |
| 1987年 | 倉成外相 |
| 1991年 | 鈴木外務政務次官 |
| 2003年 | 矢野外務副大臣 |
| 2010年8月 | 西村外務大臣政務官 |
| 2011年10月 | 尾辻参議院副議長 |
| 年月 | 要人名 |
|---|---|
| 1982年 | ソペ外務次官(中堅指導者招待) |
| 1984年 | リニ首相(外務省賓客) |
| 1988年 | レゲンバヌ文部大臣 |
| 1989年 | ティマカタ大統領夫妻(大喪の礼) |
| 1990年 | リニ首相(花博賓客) |
| 1991年 | リニ首相(外務省賓客) |
| 1992年 | ボール外相 |
| 1995年 | コーマン首相 |
| 1997年 | ボオール首相(第1回太平洋・島サミット) |
| 2000年 | ソペ首相(第2回太平洋・島サミット) |
| 2001年 | イアティカ蔵相(税制に関する東京会合) |
| 2003年3月 | ティティク土地・環境・地質鉱山・水道大臣(水フォーラム) |
| 2003年5月 | ナタペイ首相(第3回太平洋・島サミット) |
| 2004年2月 | モリサ財務大臣 |
| 2005年6月 | リニ首相 |
| 2005年7月 | ブレ貿易・商業・観光大臣(博覧会賓客) |
| 2006年5月 | リニ首相(第4回太平洋・島サミット) |
| 2009年5月 | ナタペイ首相(第5回太平洋・島サミット) |
| 2010年10月 | ナタペイ首相(外務省賓客、太平洋・島サミット中間閣僚会合) ナツマン外務大臣(太平洋・島サミット中間閣僚会合) |
1987年 青年海外協力隊派遣取極
2006年 技術協力協定
(1)バヌアツ駐箚日本国大使
大嶋英一 駐フィジー大使が兼任。
(2)本邦駐箚バヌアツ大使
任命されていない。