欧州(NIS諸国を含む)

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スロベニア共和国国旗

国名:スロベニア共和国
Republic of Slovenia

2012年2月現在

一般事情

1.面積

2万273平方キロメートル(四国とほぼ同じ)

2.人口

約200万人

3.首都

リュブリャナ(人口28万人)

4.言語

スロベニア語

5.宗教

カトリック 57.8%、イスラム教 2.4%、セルビア正教 2.3%、プロテスタント 0.8%、その他 37.7%

6.略史

年月 略史
6世紀末 スラヴ人(スロベニア人)定住開始。アヴァール王国等異民族による支配が続く。
1282年 ハプスブルグ家の所領となる。以後1918年までハプスブルグ帝国領
1918年 セルビア人・クロアチア人・スロベニア人王国
1945年 ユーゴ構成共和国の一つとして発足
1991年6月 独立と主権を宣言
1992年1月
1992年5月
EU各国等が国家承認
国連加盟
2004年3月
2004年5月
NATO加盟
EU加盟
2007年1月
2007年12月
ユーロ参加
シェンゲン領域加入
2008年1月~6月 EU議長国
2010年7月 OECD加盟

政治体制・内政

1.政体

共和制

2.元首

ダニーロ・トゥルク大統領(2007年12月就任、任期5年)

3.議会

2院制

4.政府

民主党を中心とした中道右派政権

ヤネス・ヤンシャ首相(2012年2月就任)

カルル・エリヤヴェツ外相(2012年2月就任)

5.内政

1990年に旧ユーゴ内スロベニア共和国において初の複数政党制による選挙が実施され、その結果、民族主義的色彩の濃い民主連合政権が成立。1991年6月、独立を宣言、これに伴い旧ユーゴ連邦軍との間で10日間の武力衝突が発生。ECの調停により停戦が成立し、EC諸国は、1992年1月以降国家承認した。

1992年12月新憲法の下で初の大統領及び議会選挙が実施され、クーチャン大統領が当選、自由民主党を中心とする4政党からなる大連立内閣が成立。1996年11月第2回目の議会選挙では自由民主党、人民党、年金者党による連立内閣が成立。2000年4月人民党が連立を離脱、人民党閣僚を解任した改造内閣が信任されず政治の空白が2ヶ月続いた後、6月人民党、社民党を中心とする新たな連立内閣が発足した。

2000年10月に第3回目の議会選挙が行われ、自由民主党が第一党になり、社民連合リスト、人民党及びキリスト教民主党が結成した新党、年金者党と共に中道・左派の連立政権を発足させた。

2004年10月に行われた総選挙では自由民主党を中心とした連立与党が敗北、野党であった民主党が勝利を収め、新スロベニア、人民党、年金生活者党と連立協定に調印、過半数を獲得し、ヤンシャ党首が首相に就任し、ルーペル外相も返り咲いた。

2007年10月、任期満了に伴う大統領選挙が実施され、11月の決選投票の結果、ダニーロ・トゥルク元国連事務次長補が大統領に選出され、12月に就任した。

2008年9月に行われた総選挙では、野党であった社会民主党が躍進し第一党となり、11月、ザレス、年金者党、自由民主党とともに、中道左派政権を発足させ、パホル社会民主党党首が首相に就任した(2011年5月、年金者党は、連立与党を離脱し、社会民主党、ザレス、自由民主党の連立は、少数派与党となった。)。しかし、独立後初めての経済危機に直面する中、対応策となる改革法案が野党や労組のイニシアティブによる国民投票によって否決され、さらに、2011年5月以降に年金者党及びザレス党が相次いで連立を離脱し、連立与党の議席数は90議席中33議席となり政権は弱体化した。早期選挙を求める声が強まった為、2011年9月パホル首相は政府信任投票を提出したが、反対51票で否決された。これを受け、トゥルク大統領は国民議会を解散し、早期総選挙を公示した。

2011年12月に実施された選挙では、ヤンコヴィッチ・リュブリャナ市長(当時)率いる新党「積極的なスロベニア」が第1党、民主党が2議席差で第2党となり、パホル首相の社会民主党は議席を大幅に減らす結果となった。当初は「積極的なスロベニア」を中心とした連立交渉が試みられ、ヤンコヴィッチ党首はトゥルク大統領により首相候補に指名されたが、同党首の首相選出は国民議会において否決された。これを受けて、第2党となった民主党を中心とした連立交渉が開始、1月28日に国民議会においてヤンシャ民主党党首が新首相に選出され、2月10日に全閣僚が国民議会において承認され、新内閣が正式に発足した。

外交・国防

1.外交方針

EU加盟を外交の最重要目標とし、1996年6月EUとの欧州協定を署名、1999年2月発効。1998年3月EUとの加盟交渉が開始され、2004年5月EU加盟を果たした。また1992年3月にOSCE(2005年議長国)に、同年5月に国連に加盟。1998年1月より安保理非常任理事国(2年間)。隣接地域安定の観点から、南東欧安定化プロセスに積極的に協力。2008年1月にEU新規加盟国として初めてEU議長国に就任(同年6月末まで)。2010年7月にはOECDに加盟した。

2.軍事力

(1)予算 4億6242万ユーロ(2011年)

(2)兵力 約7,570人(注:予備役などは除く)(2011年)

2004年3月、NATO加盟。

経済

1.主要産業

自動車等輸送機械、電気機器、医薬品、金属加工、観光

2.GDP

359.7億ユーロ(2010年(IMF))

3.1人当たりGDP

17,286ユーロ(2010年(統計局))

4.経済成長率

1.2%(2010年(統計局))

5.物価上昇率

1.8%(2010年(IMF))

6.失業率

8.1%(2011年平均値(EUROSTAT))

7.貿易額・貿易品目

(2010年(スロベニア商工会議所、統計局))

(1)輸出 228.66億ユーロ(自動車等輸送機械、電気機械類、医薬品)

(対日輸出(1,602万ユーロ)は、スロベニアの総輸出の約0.07%)

(2)輸入 226.77億ユーロ(自動車等輸送機械、鉄鋼、電気機械類)

(対日輸入(5,148万ユーロ)は、スロベニアの総輸入の約0.23%)

8.貿易相手国

ドイツ、イタリア、オーストリア、フランス、クロアチア等

9.通貨

ユーロ(2007年1月に参加)

10.為替レート

1ユーロ=約103円

11.経済概況

スロベニアは旧ユーゴの先進工業地域であり、基本的に経済的基盤は整っていた。1992年のユーゴ紛争による市場喪失からマイナス成長に陥ったが、その後市場経済化、西欧諸国との関係強化に力を注ぎ、1993年より成長率はプラスに転じた。

2010年の1人当たりのGDPは17,286ユーロであり、EU新規加盟国の中で最高水準にある。1994年10月にGATT、1996年1月にCEFTAに加盟し、2010年7月にOECDに加盟した。対EU貿易が3分の2を占める。

2007年1月にユーロ参加。

2008年の金融危機の影響を受け輸出の激減、金融機関の資金不足、企業の投資鈍化により2009年のGDP成長率は-8.1%にまで落ちこんだ。2011第2四半期のGDP成長率は、前年同期比2.2%と、6四半期ぶりにプラス成長を記録したが、2011年第3四半期には、ユーロ圏債務危機とそれに伴う輸出への影響、及び長引く金融引き締め政策により前年同期比-0.5%と景気後退をもたらしている。

経済協力

1.日本の援助実績

技術協力実績 4.72億円(2004年度末まで)

(1)研修員受け入れ 92名
(2)専門家派遣 7名
(3)調査団派遣 40名
(4)機材供与 853万円
(5)開発調査 1件

2.主要援助国

EU

二国間関係

1.政治関係

日本は、1992年3月17日にスロベニアを国家承認し、同年10月12日に外交関係を開設した。その後、1993年7月より在オーストリア大使館がスロベニアを兼轄していたが、2006年1月在スロベニア大使館を開設した。一方、スロベニアは、1993年2月在京大使館を設置し、1995年12月初代在京大使が信任状を捧呈した。

日本では1996年日本・スロベニア友好議員連盟が発足。スロベニアでは1995年スロベニア・日本友好議員連盟を結成。

2.経済関係

日・スロベニア貿易額・品目(2011年、財務省貿易統計)

対スロベニア輸出 66億5千万円(自動車、非鉄金属、二輪自動車等)
対スロベニア輸入 44億3千万円(有機化合物、家具、衣類等)

3.文化関係

(1)1995年秋にリュブリャナ大学に日本語コースが開設。

(2)平成8年度より国費留学生の受け入れ開始

(3)1994年12月、仙台市中心の日・ス友好協会が設立され、2001年4月、全国規模の日・ス友好協会(会長:相沢英之元議員)が発足した。

4.在留邦人数

123人(2012年2月現在)

5.在日スロベニア人

50人(2009年12月現在)

6.要人往来

(1)往
年月 要人名
1997年10月 経団連ミッション(樋口経団連副会長)
2000年10月 清子内親王殿下
2001年9月 原田友好議連会長
2004年9月 荒井外務政務官
2005年12月 塩崎外務副大臣
2006年1月 山中外務大臣政務官
保岡友好議連会長
相沢友好協会会長
2006年7月 中野厚生労働副大臣
2006年8月 北側国土交通大臣
2006年11月 武見厚生労働副大臣
2007年7月 松島外務大臣政務官
2008年7月 横路衆議院副議長
2009年 今井最高裁判所判事
(2)来
年月 要人名
1992年2月 ルーペル外相
1992年6月 タンツィグ科技相
1993年10月 クラチューン副首相兼経済相
1994年4月 ターレル議会外交委員長
1996年4月 ウメック科技相
1996年10月 デジェラク経済関係開発相
1997年10月 ドラゴニャ経済相
1998年9月 フルレッツ外相
1998年12月 マリンチェック科技相
1999年2月 シュピレティッチ友好議連会長
1999年3月 スモルコリ農林相
2000年3月 ポドブニク国民議会議長、ペトリン経済相
2004年2月 カチン国民議会外交委員長
2006年8月 ズヴェル教育スポーツ相
2006年12月 コカル友好議連会長
2008年4月 ヤンシャ首相、(ヴィズャク経済相同行)
2008年5月 ポドブニク環境・空間計画相
2008年6月 バユク財務相、ルーペル外相
2010年10月 ジャルニッチ環境・空間計画相

7.二国間条約・取極

1994年2月、旧ユーゴ政府との間で締結された通商航海条約、科学技術協力協定、文化協定、査証免除取極等の承継を確認するための口上書交換。

8.外交使節

スロベニア駐箚日本大使 石榑利光(いしぐれ としみつ) 特命全権大使

日本駐箚スロベニア大使 ヘレーナ・ドルノウシェク・ゾルコ 特命全権大使

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