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平成23年11月
(ア)ソ連に次ぐ世界で2番目の社会主義国であったモンゴル人民共和国は、旧ソ連・東欧圏の改革に呼応する形で民主化・市場経済化を図り、1990年に複数政党制を導入、1992年には憲法を改正して新生「モンゴル国」が誕生した。
(イ)新憲法の下では、中央議会として一院制の「国家大会議」(定員76人、任期4年)が設置され、これまで5回行なわれた総選挙では、その結果によって毎回政権交代が行なわれてきた。第1回選挙から第5回までは以下のとおり。
バヤル首相は次回選挙までの4年間の長期安定政権を樹立するために、人民革命党が議席の過半数を獲得していながら、敢えて民主党との大連立内閣を組閣した。また、バヤル首相は同時に省庁再編にも着手、産業・通商省を解体し、同省の貿易・投資・経済協力部局を外務省へ移し「外交・貿易省」を発足させるとともに、鉱物資源部局を燃料・エネルギー省へ(燃料・エネルギー省は『鉱物資源・エネルギー省』と改称)、軽工業部局を食糧・農牧業省へ(食糧・農牧業省は『食糧・農牧業・軽工業省』と改称)にそれぞれ移管した。また、都市計画・建設省、道路・運輸・観光省及び自然環境省の3省を「道路・運輸・建設・都市計画省」及び「自然環境・観光省」の2省に再編した。
2009年5月24日、大統領選挙が行われ、現職のエンフバヤル大統領(人民革命党推薦)とエルベグドルジ元首相(民主党推薦)の一騎打ちとなった結果、当初の予測を覆してエルベグドルジ候補が当選、12年(3期)ぶりの非人民革命党出身の国家元首が誕生することとなった。就任式は6月18日にウランバートルで行われ、日本からは武部勤自民党日本モンゴル友好促進議員連盟会長が特派大使として参列した。
2009年10月26日、バヤル首相が自身の健康上の理由で辞職願を国家大会議に提出し、28日に承認された。人民革命党幹部会は、後任としてバトボルド外交・貿易大臣を指名し、10月29日国家大会議で正式に首班指名された。バトボルド首相はその後、11月12日に新内閣を組閣したが、内閣官房長官と外交・貿易大臣を除く閣僚はバヤル内閣のメンバーをそのまま引き継いだほか、バヤル前首相も人民革命党党首の座に留まることとなった。なお、後任の外交・貿易大臣としては、ザンダンシャタル議員(人民革命党)が就任した。
バトボルド内閣の構成は以下のとおり(下線が新入閣)。
2010年11月4日に開かれた人民革命党の第26回党大会で、党名を「人民党」に変更することが決議され、人民革命党は、1924年以来使用してきた党名を変更し、1920年の設立当初の名称に戻ることとなった。
中国・ロシアという二大国に南北をブロックされているという地政学的条件から、1994年に国家大会議で採択された「安全保障基本大綱」(2010年度改定)及び「外交政策基本大綱」(2011年度改定)に基づき、両隣国に対してどちらにも偏らないバランスの取れた態度を保持する一方で、「第三の隣国」という概念を掲げ、日本、米国、欧州等との関係強化を目指している。最近は、中東湾岸諸国重視の政策を新たに打ち出し、クウェートに同地域で初めての大使館実館を開設するなどしている。また、国連PKOへの参加を国策として明示的に掲げ、イラク、アフガニスタンやアフリカなどに積極的に派兵しているほか、モンゴル国内にPKO国際演習場を設置し、毎年夏に国際演習を実施している。
(ア)モンゴルの鉱物資源が改めて世界的な注目を集める中にあって、民主化以降、一時期関係が希薄化していたロシアのモンゴルへの再接近など、最近では南北両隣国の積極的なアプローチが目立っている。
(イ)2009年はノモンハン事件70周年にあたり、3月にプーチン首相、8月にメドベージェフ・ロシア大統領、9月にミロノフ連邦院議長がモンゴルを訪問、両国間で農業、鉄道、ウラン開発に関する協力に合意する等、ロシアがモンゴルに対する積極的な外交を展開した。また、2010年には、5月にエルベグドルジ大統領、12月にバトボルド首相がそれぞれロシアを訪問するなど、両国の緊密なハイレベル外交が行われた。特に、12月に行われたバトボルド首相の訪ロでは、ロシア側から追加的に要求されていたソ連時代の債務(1億6,200万米ドル)について、98%のライトオフを取り付けるとともに、ドルノド県のウラン開発のための合弁企業「ドルノド・ウラン」社の設立、モンゴルからの輸出産品等のロシア国内通過にかかる優遇条件の整備などの成果を得た。2011年5〜6月にかけて、エルベグドルジ大統領がロシアを公式訪問、メドヴェージェフ大統領、プーチン首相等と会談を行い、鉱物資源開発等の経済案件等について協議を行い、共同声明を発表した他、4の協力文書に署名が行われた。
(ウ)2010年4月〜5月にかけて,エルベグドルジ大統領が胡錦濤中国国家主席の招待により中国を訪問、翌6月には1994年の李鵬首相以来16年ぶりに温家宝首相がモンゴルを公式訪問した。当該訪問は、タバン・トルゴイ鉱床の権益をめぐる各国の働きかけが活発化する中で実施されたもので、モンゴル・中国両国の間でインフラ整備やエネルギー開発での協力に関する協議が行われ、中国側より5億米ドルの借款の追加供与や今後5年間で2,000人の留学生受け入れの表明がなされたほか、個別分野における無償資金協力を含む9の協力文書に署名が行われた。2011年2月、楊潔箎(よう・けつち)外交部長がモンゴルを訪問、ザンダンシャタル外交・貿易大臣との間で行われた外相会談では、両国の互恵的協力関係を拡大・発展させるべく、モンゴルと中国の関係を「戦略的パートナーシップ」に発展させる方向で原則合意した。2011年6月13日〜16日、バトボルド首相は中国を公式訪問、温家宝首相との間で行われた首脳会談では、両国関係をそれまでの善隣友好協力関係から、「戦略的パートナーシップ」に格上げすることで一致し、右成果を含む共同声明を発出したほか、6つの協力文書に署名がなされた。
(ア)モンゴル経済は、2004年に経済成長率が前年比10.6%と1990年の市場経済化以降初めて2桁の伸びを記録したのに続き、2005年は7.3%、2006年は8.6%、2007年は10.2%と推移し、1人当たりGDPは2004年から2007年までの3年間で約2倍に急増する等大幅に拡大した。しかしながら、モンゴルの主要輸出品は一次産品に依存したままである中で、製造業の未発達、第二経済の蔓延(海外出稼ぎ者からの送金等)、消費者金融の連鎖破綻に端を発する金融不安、食糧・燃料等の価格上昇などの課題を抱えていたところに、2008年の世界的な金融危機や輸出主要産品である銅の価格暴落の直撃を受けた結果、深刻な経済危機に見舞われ、2009年の実質成長率は、2008年の前年比8.9%増から一気に同1.3%減まで落ち込むこととなった。その後、2010年に入り、鉱物資源分野の順調な発展に加え、鉱物資源の国際相場の回復が内需の拡大を後押ししたことにより、2010年の経済成長率は6.1%(速報値)となり、モンゴル経済は着実に回復しつつある。
(イ)モンゴル経済起死回生のカギとして政府が期待しているのが鉱物資源で、特に「タバン・トルゴイ炭田」※1及び「オヨー・トルゴイ鉱区」※2の外資による本格的な開発に向けた動きが順次開始され、期待が高まっている。
※1 良質な石炭鉱区で埋蔵量は64億トン(コークス炭は18億トン)と世界一の規模になると言われている。
※2 銅・金鉱山。銅が約3,600万トン、金が約1,200〜1,300トン)という世界的規模の埋蔵量が見込まれている。
オヨー・トルゴイ鉱区に関しては、投資企業(カナダのアイヴァンホー・マインズ社)とモンゴル政府との協議の結果、紆余曲折を経て、モンゴル政府の株式保有率を34%とすること、将来の利益の「前払い金」として2億5,000万米ドルをモンゴル政府に納付すること、などを定めた投資契約が2009年10月6日に署名された。これにより、2013年頃から年間銅約45万トン、金約10トンの採掘が開始される見込みであり、モンゴル経済の大幅な押し上げにつながることが期待されている。
また、タバン・トルゴイ炭田については、2010年7月中旬、同鉱区を東西に2分割し、両鉱区をそれぞれ国内資本と外資により開発する趣旨の開発大綱案が国会で可決されたことを受け、モンゴル政府が西鉱区の開発業者を選考する国際入札を実施、2011年1月末で締め切られ、15陣営が応札した。第1次選考により、我が国の4商社(伊藤忠商事、双日、丸紅、住友商事)・韓国・ロシア連合、三井物産・中国神華集団連合の他、米国、ブラジル、オーストラリア、ルクセンブルグ企業の6陣営に絞り込みされた。7月4日、モンゴル政府は、落札者を「神華集団」(中国)、ピーボディ社(米国)及び「ロシア・モンゴル合弁コンソーシアム」とする政府案を閣議決定したが、9月9日、右政府案は国家安全保障評議会で不承認とされた。これを受け、モンゴル政府は政府案を再検討することとなり、今後の動向が注目される。
(ア)1990年にモンゴルが民主化・市場経済化への移行を始めてから現在に至るまで、日本はモンゴルの最大援助供与国であり、二国間関係は幅広い分野で着実に発展している。2004年11月に在モンゴル日本国大使館が実施した世論調査では、「日本に親しみを感じる」と答えた回答が7割を超えたほか、「最も親しくすべき国」として第1位になるなど、現在のモンゴル国はきわめて良好な対日感情を有する国となっている。両国は、「戦略的パートナーシップ」の構築を二国間の共通目標とすることで合意し、地域・国際場裡における協力も含むさまざまな取り組みを強化している。
(イ)2009年7月、バヤル首相が訪日し、麻生総理との首脳会談において、3月に開催された支援国会合で、金融・財政危機に直面するモンゴルに対して日本がトップドナーとして率先して積極的な支援を発表したことに謝意が表明された。会談終了後、両首脳の立ち会いのもと、「ダルハン市給水施設改善計画」(無償資金協力)の交換公文及び両国関係当局間の「原子力エネルギー及びウラン資源に関する協力覚書」への署名が行われた。また、日本国政府とモンゴル国政府との共同新聞発表を発出した。
(ウ)2009年12月、11月に就任したばかりのザンダンシャタル外交・貿易大臣が初めての外遊として訪日し、岡田大臣との間で外相会談を行った。会談では、日モンゴル関係を一貫して重視する立場に変更はないことを確認するとともに、経済連携協定(EPA)締結に関する官民共同研究の立ち上げを検討するため、EPAの日モンゴル両国に対する経済的便益を確認するための政府間の実務レベル協議を開催することで一致した。
【2010年の二国間関係】
(エ)モンゴル政府は3月24日の閣議において、日本国の旅券(外交、公用及び一般旅券)を所持する者に対し、4月1日より、30日以内の短期滞在であれば、渡航の目的を問わず一律に査証を免除することを決定した。
(オ)7月22日、ASEAN関連外相会議出席の機会を利用し、ベトナム・ハノイにおいて、岡田大臣はザンダンシャタル・モンゴル外交・貿易大臣との間で外相会談を行った。会談では、モンゴルの鉱物資源開発における両国協力の意義、EPA官民共同共同研究の報告も踏まえつつEPA交渉の開始に向けた検討を行うこと、また、安保理改革等国際場裡における両国間の協力を緊密に行っていくことで一致した。
(カ)7月29日〜8月3日の日程で外務省の招へいにより訪日したゾリグト・鉱物資源・エネルギー大臣は、滞在期間中に仙谷内閣官房長官、岡田大臣、直嶋経産大臣と会談。ゾリグト大臣は、世界最大規模となるタバン・トルゴイ炭田を始めとするモンゴルの鉱物資源開発において、モンゴルの「第三の隣国」であり、先端的な技術を有する日本との間で互恵的な関係を築くために、日本企業参入を政策的に支持していく方針に変更はない旨述べるなど、当該分野における両国協力関係の発展に期待を表明した。同大臣は本邦滞在中に、レアメタル共同調査についての石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)・産業技術総合研究所及びモンゴル鉱物資源・エネルギー省との間の協力覚書に署名した。
(キ)8月29日〜30日の日程で、岡田外務大臣は、外務大臣として6年ぶりにモンゴルを訪問し、ザンダンシャタル外交・貿易大臣との間で外相会談を行った他、エルベグドルジ大統領及びバトボルド首相を表敬した。モンゴル要人との会見、会談において、本年中のエルベグドルジ大統領の来日を含むハイレベル交流の一層の促進、資源・エネルギー、日・モンゴルEPA等の経済関係の強化、地域・国際場裡での協力の推進などで一致した。
(ク)9月24日、国連総会出席のために訪問中のニューヨークで、菅総理大臣はバトボルド首相と会談を行った。双方は、両国関係を「戦略的パートナーシップ」を目指した関係へとより一層拡充・発展させていくために努力していくことで一致。バトボルド首相より、モンゴルにおけるレアメタル資源の開発に際して日本と協力していきたいと述べたのを受け、菅総理より、モンゴル政府の方針を歓迎し、石炭、銅、ウラン及びレアメタル等の共同開発における日本企業の参入実現への期待を表明。また、日・モンゴル経済連携協定(EPA)のプロセスを引き続き活性化させていくことで一致。
(ケ)10月2日、菅総理大臣は、モンゴルの鉱物資源開発に関心を有する日本企業トップとともに、非公式に訪日したバトボルド首相との懇談会に出席した。懇談会では、菅総理より、ニューヨークでの首脳会談において、バトボルド首相からモンゴルのレアメタル資源の開発に際して日本との協力を推進していきたい旨発言があったことに言及しつつ、モンゴルの鉱物資源の開発は、日・モンゴル両国の国益に適うものであり、これから日本の資源外交を本格化させていきたいと表明した。これを受け、バトボルド首相は、本年7月のレアメタル共同調査についての石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)・産業技術総合研究所・モンゴル鉱物資源・エネルギー省との間で結ばれた協力覚書に言及しつつ、日本の民間企業の優れた技術に対する期待が大きいこと、モンゴル政府が日本企業からの投資を政策的に支援していることにつき述べた。民間企業側からは、モンゴルのタバン・トルゴイ炭田、ウラン、レアアース等の鉱物資源開発や、輸送を含めた関連インフラ整備に関する日本経済界の関心についての発言があった。
(コ)11月15日〜19日、エルベグドルジ大統領が公式実務訪問賓客として訪日し、天皇皇后両陛下による御会見及び宮中午餐、国会演説、菅総理大臣との日モンゴル首脳会談などの公式日程を始めとする多くの日程を精力的にこなした。特に、19日に行われた首脳会談では、これまで「総合的パートナーシップ」の下で発展してきた両国関係を、今後、1)ハイレベル対話促進、2)経済関係の促進、3)人的交流・文化交流の活性化、4)地域・グローバルな課題への取組での連携強化の4つを柱とする「戦略的パートナーシップ」の構築に向けて発展させていくことで一致し、「『戦略的パートナーシップ』構築に向けた日・モンゴル共同声明」への署名が行われた。
【2011年の二国間関係】
(サ)2011年1月、玄葉国家戦略担当大臣が、就任後初の外遊先としてモンゴルを訪問し、エルベグドルジ大統領、ザンダンシャタル外交・貿易大臣を始めとするモンゴル側要人と会談し、日モンゴルEPAのプロセスの推進や、レアアースの共同開発を始めとする鉱物資源開発における両国の協力などについて意見交換を行った。
(シ)7月18日〜22日の日程で外務省の招へいにより訪日したバトトルガ道路・運輸・建設・都市計画大臣は、滞在期間中に玄葉国家戦略担当大臣、大畠国土交通大臣、伴野副大臣等と会談した。同大臣は、大畠国土交通大臣との会談後、国土交通省と道路・運輸・建設・都市計画省との協力覚書に署名した。同大臣は、本邦滞在中の会談や意見交換の場において、モンゴルの鉱物資源開発等に関連するインフラ整備に対する日本の民間企業の参入に強い期待を表明した。また、同大臣は本邦滞在中に、宮城県名取市を訪問し、被災地の復興の状況について視察を行った。
(ス)7月23日、ASEAN関連外相会議出席の機会を利用し、インドネシア・バリにおいて、松本大臣はザンダンシャタル・モンゴル外交・貿易大臣との間で外相会談を行った。会談において、松本大臣から、東日本大震災に際するモンゴル政府及び国民からの物心両面にわたる支援に謝意を表明した。また、双方は「戦略的パートナーシップ」の構築の具体化に向けて、幅広い分野での協力を拡大させることで一致した。松本大臣から、現在開発企業の選定プロセスが進行中のタバン・トルゴイ炭田開発について、本件開発への日本企業の参画が実現することを強く期待する旨述べたのに対し、ザンダンシャタル大臣から、引き続き検討していきたい旨述べた。双方は、EPAについて交渉開始に向けた準備を着実に進めて行くことで一致した他、地域協力、民主主義国家間の協力、原子力協力について意見交換した。
(ア)日本とモンゴルとの貿易額は、159.8億円であり、うちモンゴルへの輸出は139.71億円(自動車、一般機械、建設・鉱山用機械等)で、モンゴルからの輸入は20.09億円(鉱物資源(石炭、ほたる石)、繊維製品、一般機械等)となっており、日本側の大幅な出超(119.61億円)となっている(数値はいずれも2010年の日本側統計による)。
(イ)日本からの投資は2010年末までの投資合計総額1億3,856万米ドルで、これは各国中6位※である。2011年6月現在、駐在事務所開設の日系企業25社、現地法人化した日系企業373社となっているが、そのほとんどは中小・零細な規模である。なお、両国間には日本・モンゴル投資協定が2002年3月から発効している。
※ 第1位中国(24億6,823万米ドル)、第2位カナダ(4億米ドル)、第3位オランダ(2億9,408万米ドル)、第4位韓国(2億5,581万米ドル)、第5位英領バージン諸島(2億2,246万米ドル)。
(ウ)日・モンゴル間には、貿易・投資促進及び鉱物資源開発に関する官民合同協議会が、2007年から開催されており、2010年12月に、官民合同協議会の第4回会合がそれぞれウランバートルで開催され、両国経済関係促進にかかる闊達な意見交換が行われた。貿易・投資協議会では、官側共同議長として松下経済産業副大臣及び城所駐モンゴル大使、民側議長として小林栄三・日本モンゴル経済委員会会長(伊藤忠商事代表取締役会長)をはじめ、官民関係者約100名が参加し、両国民間ビジネスベースの経済関係強化について話し合われた。鉱物資源開発協議会では、官民関係者約110名の参加の下、モンゴルの鉱物資源開発のための今後の協力の方策等について協議が行われた。
(エ)2010年1月、前月の外相会談での合意に基づき、EPAにかかる政府間実務レベル協議がウランバートルで行われた。その後、日本・モンゴル両国政府は、EPAに係る官民共同研究を開始することで合意し、日本・モンゴル双方の産官学界関係者の出席のもと、ウランバートルで第1回会合(6月24日・25日)、東京で第2回会合(11月4日)、第3回会合(2011年3月21日・22日)がウランバートルで開催され、3月末、両国首脳に対して速やかな交渉開始を提言する内容の官民共同研究報告書が作成された。
(ア)3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震に対し、モンゴル政府は翌12日に臨時閣議を開き、日本に対する各種支援を閣議決定した。これに基づき、モンゴルから初となる緊急援助隊12名が我が国に派遣され宮城県で活動を行ったほか、支援物資として毛布(約2,500枚)、セーター等防寒衣(約800枚)が宮城県登米市に提供され、また、義捐金100万米ドル(モンゴルの他国への災害義捐金として過去最高額)が寄付された。さらに、モンゴル政府の日本支援に対する呼びかけに、モンゴルの国家公務員全員が1日分の給与の寄付を決定したほか、一般市民や企業からも多くの義捐金が寄せられている。なお、モンゴル政府は2004年の新潟県中越地震及び1995年の阪神・淡路大震災においても、毛布等の支援物資による支援を実施した。
(イ)大相撲では、東西両横綱を筆頭に多くのモンゴル人力士が活躍していたが、2010年の初場所終了後に横綱・朝青龍関が突然引退し、日本・モンゴル両国で相撲ファンの物議を醸した。2011年11月場所現在、モンゴル出身力士は合計28名(横綱1、大関1、その他幕内6、十両2、幕下11、三段目6、序の口1)であり、依然として角界の最大勢力の一つとなっている。なお、2010年10月3日に元横綱・朝青龍の引退断髪式が行われた際には、非公式に訪日したバトボルド首相及び同行の閣僚らモンゴル政府関係者が多数参加した。