平成20年度 あなたの目で見る国造りの現場 ODA民間モニター報告書 Official Development Assistance
チュニジア共和国 Republic of Tunisia
各モニターの全体報告
早田 文隆(団長) 早田 文隆(団長)
埼玉県 会社員
 チュニジア(準中産国)へのODA約218億円('06)は、ODA総額約1兆3022億円('06)の僅か1.7%であるが、円借款(返済義務)中心で、その効果も極めて高く、強化すべきである。 <支援意義>(1)非同盟中立な親日的アラブ国であり、日本の国際外交の良き理解・協力国である(安保理常任理事国入り支持、'02ワールドカップ支援等)。(2)アフリカ開発銀行本部や一時、PLO本部を擁し、“(チュニジア支援⇔中東・アフリカ支援)=(テロ抑止、エネルギー・資源外交、ビジネス活性化)”への強力な情報源である。(3)アフリカ髄一の技術力(世界では30位)を基礎に、伝統的農水産業の生き残りは元より、ハイテク産業導入を強化しており、ODA支援内容を自主展開出来、更に、(4)その成果を南南協力として、アフリカ全土に展開している。(5)アフリカでの人口爆発を抑止する性教育に注力しており(人口増加率<世界平均1.2%)、人口問題への解を持つ。 <有効性>(1)チュニジア政府のニーズと十分な整合が取れ、効果が出ている(政府中期計画等とODAプロジェクトが合致)。(2)橋梁・高速道路等の物流インフラ支援が、マグレブ・北アフリカ諸国経済圏の発達を加速させており、外資導入を誘発している。(3)マグレブ諸国・EUに開いたグローバル経済体制下での農水産セクター・中小企業の生き残り支援は、日本の中小企業グローバル化の先例ともなりうる。(4)事前・事後のチェック体制も機能している(課題の残るプロジェクトもあるが、走りながら修正する方法が、農水産業近代化、環境・障害者支援等の社会システム開発では重要)。 <意見>(1)ごみ問題、障害者支援等へのNGO・草の根支援や専門者派遣は、社会システム整備が遅れ気味のチュニジアでは必須で、予算を数倍増すべきである。(2)公開データが案件毎で、支援カテゴリー・分野別の経緯が判りにくいので広報の工夫をお願いしたい。(3)他国ドナーの状況や連携等、支援の全貌(アトラス的広報)も必要である。
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佐藤 正史(副団長) 佐藤 正史(副団長)
大分県 教員(高校)
 首都チュニジアの市街地を見る限り、この国はODAの対象ではないというのが第1印象でした。しかし、南に向かうにつれ砂漠の乾燥帯を目にした時、産業はおろか、人間自体住めるような所ではないように思えました。日本が経済成長しながらも他国からの有償資金援助でさらに発展したように、この国もまだまだ援助が必要なのだと認識しました。
 視察した10の案件は有償、無償、技術、草の根協力と多岐に渡るもので、全てこの国の人のニーズに合致し、無駄なものは無いことを実感しました。その背景には受益国の関係者と日本側の大使館・JBIC・JICA関係者の線密な検討により最善の策を講じてきたこと。各現場で活動する日本人の姿を見るたび、それが実証されました。
 円借款で建設される橋梁や高速道路などは国家の基盤となり、経済発展への必要不可欠なものです。日本人の技術者と現地の人たちとの共同作業による結果は雇用創出、友好関係・技術移転・人材育成など多大な効果をもたらします。また、各地域で活躍するシニア海外ボランティア(SV)の姿を拝見し、地場産業を発展させるんだという意気込みや情熱を感じました。地元の人と考え、行動し、意見を交えながら目標を達成する。そういう姿勢が地元の人同士、地元と行政との繋がりを強化なものにしていました。障害者支援に関しても無償資金協力のみならず、青年海外協力隊の直向きに活動する姿は同じ日本人として誇りに思い、応援せずにはいられません。
 チュニジアは、国民所得が1人3千ドルを超え途上国から中進国となり、近い将来にはODA卒業とも思える感があります。しかし、この国に対する我が国のODA戦略は、この国の発展に寄与することのみならず、アフリカにおける日本の外交政策のパートナーとしても有益であることです。この国をアフリカの一国として見るだけで無く、欧州諸国との繋がり、マグレブ諸国さらにアラブ諸国との繋がりが強い国という現状をも認識すべきです。日本がそれらの国々とより一層の関係強化を目指す為には、引き続きこの国へのODA継続が日本の国益に繋がると思いました。
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福本 桂子(副団長) 福本 桂子(副団長)
京都府 会社員
 今回の訪問先であるチュニジア共和国は、アフリカ大陸にありながら地中海やイスラム諸国と境界を成すため、三つの顔を持つと言われている。アフリカ・中近東・そしてヨーロッパである。実際に首都チュニスに降り立った時、そこはODAが必要な開発途上国のイメージから大きく離れていた。高いビル群、発達した車社会、陽気にカフェで寛ぐ人々など、文化的で平和な町並みが私の目前に広がっていた。事前説明会で仕入れたチュニジアの情報といえば、国民所得が比較的高く、教養・学歴ともアフリカでは高水準を維持している、私はこのフレーズを思い出し何度も納得しながら車窓を眺めていた。そういえばチュニジアの視察案件は、どれも施設や建造物などハード面と技術協力が多かった。すでにこの国では教育や医療など人に関わるベースの部分はほとんどクリアされているようだ。ならばODAはもう必要ないのでは?その疑問は視察を重ねるうち徐々に解消されてきた。路地を埋め尽くす大量の迷惑駐車、幹線道路の大渋滞、ゴミのポイ捨て、早朝から失業者がたむろするカフェテラス、整然と佇む高級住宅地から一歩入った裏通りのあばら家などなど、まさに私が見たのはチュニジアの光と闇であった。二日目以降南部の都市トズールからガベス、そしてケルアンからケリビアと行程を進めるうち、様々なチュニジアの顔が見え隠れした。どの視察案件も事業に携わる関係者と現地スタッフは常に熱意に溢れ、精力的に活動する様子を目にするのは実に気分のいいものであった。日本のODAに対する感謝の意を前面に出し、自らの活動を熱く語られていた。彼等の意気揚々とした表情・態度を見るにつけ、ODAが間違いなく国際貢献の一役を担っていると確信した。在チュニジア日本大使館・JICA・JBICそれぞれが独自の役割を担い、ある時は三者がしっかり手を携えて、今後も国際協力の継続を願っている。そして私の任務といえば、今回の貴重な経験をより多くの仲間に伝え、昨今風当たりの強いODAへの理解を促すことではないかと考えている。
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下川床 泉 下川床 泉
鹿児島県 市議会議員
 5日間で10個の案件を見させて頂き、どの案件も、青年・シニア・NGOの方々も一生懸命に取り組んでいました。
 橋や高速道路の建設については、雇用が多く、失業者対策にもなり、併せて、その事業終了後も市街地活性化やウォーターフロント計画があり、また、リビア、アルジェリアへの高速道路延長など長期的な全体的な計画、構想がある。
 漁業での技術協力プロジェクトでは、子ども達が稚魚の放流をしており、日本の海洋少年団も同じようなことをしているので、是非交流をして欲しいと感じた。
 また、資源ゴミの回収では、子ども達がゴミで工作をし、ポスター作成をして、環境に取り組んでいた。日本の環境省が子どもエコクラブを結成しているので、交流して欲しいと感じた。将来のその地域を、その国を担っていく子ども達にいろいろな体験・経験をしてもらうことが大事だと考えます。
乾燥地帯でのオアシス灌漑については気温45度の体験をしましたが、水のありがたさ、環境の大事さを考えさせられました。
 南南協力の説明を受けて、正にこの事業がチュニジアを通して、アフリカ諸国の発展を促進するよい事業だと感じた。また、チュニジアがアフリカのリーダーとしての立場を確立する事業だと感じた。この南南協力は、もう少し予算を増やすべきだと思った。
 今回参加する前、ODA予算は、使い過ぎではないか、国内の福祉や教育予算に回すべきだと思っていたが、世界の中での日本の立場、役割を考えると、急激な削減ではなく、徐々に削減しながら、自立できる国づくりや組織づくりが大切だと感じた。
 チュニジアはアフリカの中では比較的先進国なので、自前でできる体制づくり・組織づくりの協力をしながら、南南協力予算を増やして、アフリカ全体の向上に寄与していただきたいと感じた。
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久保山 和哉 久保山 和哉
千葉県 大学生
 チュニジアはアフリカのなかで最も豊かな国の1つであり、最貧国向けではない低中所得国向けの援助のありかたや援助を行う意義について考えさせられる視察であった。国際援助というとやはり無償資金協力がイメージされがちであり、例えば教育であれば学校建設や青年海外協力隊やシニア海外ボランティアによる教員の派遣などがあるだろう。しかし、チュニジアはほぼ100%に近い初等教育普及率に加え、識字率も約75%と途上国のなかでは非常に高い教育水準を誇っているため、いわゆる一般的にイメージされる援助は行われない。水資源についても同様で、安全な水へのアクセスではなく有効活用するための灌漑設備整備のための円借款であった。ODA実績の額が減少していくなか、「チュニジアのようにわりと発展している国よりも、もっと貧しい援助を必要とする国を援助した方がよいのではないか」という声はあるであろうし、そのように考える人がいるのは当たり前のことだと思う。しかし、では何故国民の血税であるODAを投入してまでチュニジアのような国を支援するのか。友好的な外交を取りはからう外交戦略的な目的や経済発展を後押しする形での円借款プロジェクト、その国を介して他国を援助する三角協力など理由はいくつもあると思うし、それらについて考えるよいきっかけになった。
 また、日本のODA事業というと「本当に現地の人々の役にたっているのか」といったように、批判の的に晒されることがしばしば見られる。しかし今回の訪問を通じて感じたことは「本当にそこまで叩かれるような事業ばかりなのか」という逆の疑問である。もちろんすべての案件が100%うまくいっているとは思わないが、日本のODAに対する国際的な評価も決して低くはなく、マスコミや文献によって過度にフォーカスされているような印象も受けた。私たち民間モニターの役割は、一市民の視点による利害関係に捕らわれない平等なODA視察であり、専門家評価ではない。今後は自らの目で見て持ち帰って来たODAの現状や自分の考えについて、より多くの人に伝えていきたいと思う。
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長縄 雄一郎 長縄 雄一郎
京都府 大学院生
 正直なところ、私がこれまでODAに対してかなりネガティブなイメージを持っていた。しかし同時に、そのイメージは、新聞やテレビ、インターネット上での批判を真に受けているためであり、自らの目で確かめて得た結論ではないことも承知していた。そんな折に偶然見つけたのが、このODA民間モニター募集のポスターであった。
 実際に視察に参加してみて、私はODAのことをよく知りもせず、盲目的に批判していた自らの態度を深く恥じた。使い古された言葉ではあるが、まさに「百聞は一見に如かず」である。額に汗しながら現地のワーカーを指揮しておられた日本の建設会社の社員の方、祖国を離れ地場産業の活性化を推し進めておられたシニア・海外ボランティアの夫婦、高い志を持って祖国を離れた青年海外協力隊の方々。金銭面のみの援助であると報道される傾向の強いODAであるが、その背景にはいつだって「人」の姿があった。ODAに対するステレオタイプな観念を排除し、この点に気付くことができただけでも、今回の視察は非常に有意義であったと言えるだろう。
 しかし、日程を経るにつれ、ODAに対しての問題点も見えるようになった。ODAは途上国への資金・技術面での援助が主体であるため、どうしてもハード面の整備に用途が制限されがちである。自身が大学で土木を学んでいるため、国の発展にインフラ整備が不可欠であることは分かっているものの、ソフト面に口を出すことのできない原状を歯痒く思うことが幾度となくあった。
 また、途上国に先進国の価値観を導入することの是非についても、今一度考えなおさねばならないだろう。「沿岸水産資源の持続的利用計画」に見られるように、現地の人々が築きあげてきた生活スタイルを保ちつつ、持続可能な産業のあり方を提示していくことこそが、ODAに最も求められる姿勢だと私は考える。援助をする側とされる側が、「途上国のスタンスに合った発展」とは何かを常に自問自答し、その将来像を実現するための手段としてのODAであってほしいと強く思う。
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関 英理子 関 英理子
福島県 会社員
 「百聞は一見に如かず」私達は普段、ニュースや教えられた情報、与えられた知識の中からしかODAについて知る事が出来ない。それは自分と現場との間にワンクッション置かれた状態での理解である。今回、民間モニターとして実際に現場を歩き、目の前に広がる「現実としてのODA」に直面し、向き合うことが出来たのは、一人の納税者としても非常に有意義な経験であった。
 「ODAは必要か」世間ではしばしばその是非が問われ、賛否両論あるものの、概ね無関心か批判的かに二極化されている印象を受ける。現場が遠いために活動が見えにくく、生の声が聞こえない。情報は精彩さを欠き憶測が生まれる。実際私が見た現場には、間違いなく日本の援助を必要としている開発途上国があり、そのニーズを汲み取り奮闘する日本人と、日本の援助があった。私が視察した10案件に無駄はなく、効果に即効性があるか否かは別として全て有効だったと言える。援助を心から感謝する人々との出会い、援助から学ぼうとする国の姿には、長期的視野でその国を育て自立させる価値を見出す事が出来た。
 チュニジアは資源の乏しい国だが、アフリカ諸国の中では教育制度、所得水準は安定しており、ヨーロッパにも近く地理的に恵まれた国である。今まで発展途上だったのは、決してポテンシャルが低いからではなく、その機会がなかったのだ。国を開く意識が高いことから、人材育成・人材力強化に重点を置いた援助が求められる。
 「国際協力」や「国際貢献」というと、小難しく敷居の高い分野のように感じてしまうが、実は国民の一人一人がODAを通して国際問題に取り組んでいることになる。国民の血税が使われている以上、政府にはODAの説明責任があるし、私たち国民にも知る権利がある。もっと身近で開かれたODAとなることを望む。
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山内 ます子 山内 ます子
大阪府 主婦
 視察案件が多く、移動にも時間がかかり、大変でしたが「百聞は一見にしかず」メディアの目を通さず、自分の目でODAの現場を見られた事は、大変有意義でした。ODAについていかに知らなかったかがわかった一週間でした。どの案件も「一緒に苦労して目的に向かってがんばろう、自分でやって出来なければ、手助けする」の主旨が一貫していていた案件ばかりでした。モニターになるまでは、ODAについて知る努力もせず、メディアから与えられた情報を鵜呑みにして、批判的な色眼鏡で見ていたことの反省しきりです。現在のODAがすべて是というわけでは無く疑問点もあるのですが、少なくとも白紙の状態で判断する態度は身に付けたいと思います。
 視察した案件は現地では必要で、有益なものでした。携わっていた人達も、風土、習慣の違う地で持てる能力を活用して精一杯活動していました。もちろん、ODAは国民の税金で行われているので、ヒューマニズムだけで実施するわけにはゆきませんが、地球規模で物事がなされる現在では、自国が平和で安心した生活を送るためには、他の国が貧困にあえいでいたり、不穏であったりした場合は必ず自国に影響してくることは、自明の理です。そういう状況下に暮らしている私達にはやはり、ODAは必要であると実感しました。私達が平和を享受する為には、他国も平和で、豊かになることが必要です。チュニジアという日本から距離的にも文化的にも遠く離れ、資源もない小国にODAで援助することが国益に繋がってゆく連鎖が視察案件を重ねるごとに見えてきました。それにしても、駆け足で回った案件を含め、ODAについてもっと知らなくてはならないと痛感しました。税金を基に庶民にとっては、気の遠くなるような大金を使って行われるODAに深く関心を持ち、理解し判断したいものです。
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上口 希実子 上口 希実子
広島県 大学生
 私はODAというのは経済インフラ整備がほとんどだと思っていた。そして、そのような“もの”の援助に対して疑問を抱いていた。しかし、今日の視察を通してそのイメージは変わった。まず、ODAはハード面の援助だけではないという事である。円借款に関しては確かにインフラ整備事業が行われていたが、無償資金協力や技術協力においては、障害者支援などソフト面の協力が行われていた。そして、“もの”による協力に関しても「ただ“もの”があるのではなく、そこには必ず“人”がいる」ということを実感した。全ての案件には立案から実施の過程で多くの人が関わっていて、それらの人々のつながりがあって成り立っている、“もの”だけの協力などないのだと感じた。
 それでもやはり、整備後の運営方法の指導や設備にアクセスできない住民への支援など、ソフト面でのフォローも不可欠だと思う。ODAにはODAの役割があり、ハード・ソフトの全てを求めることは無理だと思うが、無償資金協力によるNGO支援など、他の国際協力のアクターとの連携をさらに強めることで、ODAに出来る事、ODAの可能性を広げていってほしい。
 ODA事業は歴史や文化の異なる国との間で行われるため、必ずしも日本のやり方でうまくいくとは限らない。しかし、日本の発展モデルが唯一絶対ではない。お互いの経験や価値感をぶつけることでよりよい発展のあり方が見えてくるのではないだろうか。押し付けではない、相手国を尊重し、あくまでもその国独自の発展のあり方に日本の技術、経験を生かしていく、という姿勢を大事にしていただきたい。
 最後に、視察全体を通して案件の実施サイドによる、数値を用いた説明が多かったように思う。ODAによって具体的に生活がどのように変化したのか、ODAをどう思っているのかという受益者の声きくことができれば、よりODAの意義を実感できたのではないだろうか。
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鈴尾 洋子 鈴尾 洋子
茨城県 教員(中学校)
 日本から1万キロ離れたチュニジアは、日本の5分の2ほどの面積に約1000万人が暮らしており、平成の時代と昭和30年代が混在している国であった。
 第2次世界大戦後の日本が復興し、高度成長を遂げた昭和の時代の陰には、世界銀行などからの国際的支援・融資があり、その中で「自助努力」の精神を持って国の再建を図ったという事実がある。世界を見渡しても、わずか数十年でここまで再生され発展した国はそうあるものではない。
 チュニジアを訪問し、まさに高度成長期の日本と同じような国だと感じた。都市部と遠く離れた村落との格差や、貧困層の存在は、車窓からも見て取れた。
 日本のODAは、戦後日本が復興した時と同じように、逆の立場に立って、チュニジアに対し、資金協力・技術協力を通して支援している事を、今回の視察を通して強く実感することが出来た。「お互い様」という言葉のように、支え・支えられる対象は異なっても、今それを実践し、現地でも有効に受け止められていることを確認できた。
 また、日本ODAの理念でもある「自助努力」の一端もうかがい知ることが出来た。単に上からの資金援助・技術援助でない、現地の文化・宗教・気象条件・土地などの実情に合った、しかも現地の人々の士気を駆り立てる実践である。まず、案件のプロジェクトはあくまで現地の援助を受ける側が中心となって進めている。さらに技術協力では、現地に根ざした活動で、そこでの現況に見合う方法を工夫・開発している。そうすることによって、現地でも受け入れ、その流れを活かして工夫し、自分たちのものとして実践していこうという士気が育っていることを感じ取ることができた。特に、青年海外協力隊の隊員や、シニア海外ボランティアの人達が、生き生きと、とことん頑張っている姿は、現地の人々に大きな影響を与えているに違いない。
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菊田 育子 菊田 育子
岐阜県 教員(高校)
 視察を通して、そして外務省の方と話をして発見した一番大きなことは、ODAが外交に不可欠であるということ、そして見えないところにこそ、ODAの活躍があるということだ。その国の人の心に灯をともし、ゆとりをもたらしているのは、ODAの数値として結果も表れない草の根的な支援であることがわかった。
 今回、視察中に最初に抱いた疑問は、なぜ比較的発展しているチュニジアに援助が必要なのかである。その答えは外交である。日本は資源が少なく、海外に頼るしかない。その際、親日国を増やしていくことで、自国を存続していくことができる。
 もし、石油の採れるアラブ諸国の一つであるチュニジアとの友好関係が築き上げられれば、チュニジアを介して、アラブ諸国から日本に優先的な資源の供給をお願いできる。
 内容は異なるがそれを外務省は全世界の国々で行っている。ODAはその点で、日本を守っていくために必要なことである。難しい外交を日本のために批判を受けながらも、必死に頑張ってみえる方々に感謝したいと思った。
 現在、高校で英語を教えている私にとって、現地通訳の方との出会いは衝撃的であった。案件ごとに現地の方々と会議を開くのだが、フランス語、アラビア語、英語、日本語が飛び交っているのだ。正直、それに感動し、内容を聞き忘れたこともあった。
 外国語を話せるということは、人と人とを近づけ、国と国とを結び、平和をもたらすカギとなる。もし、外国語を学ぶ人がいなかったら、人の命が救えなかったかもしれない。外国語を学び、教える者の一人として、それを体験することができて良かった。
 私が出来ることは、子供たちに自分の体験を通して、彼らを啓発し、様々な分野に興味を持たせ、必要とされる人間に育てていくことだと思った。
 モニターを通し、今まで知らなかった世界に足を踏み入れたことによって、学校の先生達と環境やODAについて議論し合えるようになったことは、一番の財産である。
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平成20年度 ODA民間モニター事業について 日本のODAについて